血を吸う鬼と護身刀 13
気がつくと。何かにもたれかかる体の半分ほどが、触り心地のたまらない毛皮に埋もれていた。
(きもちいい)
寝起き特有のぼんやりと霞がかったような思考で、衝動的に動かした手の平。その下で、穏やかに息を継いでいた獣がごろごろと喉を震わせる。
(ねこ……?)
私が上半身をすっかり預けてしまえるほどの大猫。
そんなものが大型肉食獣以外にいるものかと。微妙にずれた驚愕にがばりと起こした体は、勢い余って後ろへ倒れ――
「危ないよ」
そのまま、どこかへぶつけてしまうようなことにはならなかった。
間一髪。畳敷きの床すれすれで私の体を抱きとめ、そっと下ろしてくれたのは、妙に黒々として薄っぺらい
(なんだろう、これ)
まるで地面に張りついていた影を無理矢理引き剥がしでもしたかのような見た目に、気味の悪さを覚えるよりも抗い難い好奇心に駆られて。離れていく影の腕へ、追いすがるよう手を伸ばす。
すんなり掴むことのできた腕の感触は、意外と柔らかかった。
厚みなんてないはずなのに、力を込めた指がぐにぐに沈む。脳が混乱しそうでいて、妙に癖になる感触をしばらく無心で弄んでいると。もう一本、どこからか伸ばされてきた腕が目と鼻の先でひらひらと振られた。
条件反射で伸ばした手はするりとかわされてしまう。
「
訝しげにその名を呼ばれてようやく、
(――寝惚けて、た)
まさかそんなと、畳から引き剥がして起こした体は見慣れた寝間着姿。盛大に着崩れた浴衣の下からは、近頃になってようやくそれらしい丸みを帯びてきた少女の肢体が覗いている。
そこここに残った傷痕が肌の白さと相俟って、なんとも痛々しい。それはこの十五年、私の無茶に振り回され続けてきた深山かなでの体に違いなかった。
「大丈夫?」
自己嫌悪よりも「どうして」と、信じられない気持ちが強くて。しばらく俯いたまま動けないでいた私の視界へ、とんでもない大ネコが、その一抱えほどもあろうかという首を差し入れてくる。
「叶」
「うん?」
宵闇の中で酷く蠱惑的な輝きを宿して見えた双眸は、障子越しに部屋へと差し込む陽光の下では見る影もなくくすんでしまっていた。
「あれから、どれくらい経ったの? 九朗は……」
「ちゃんと助けたよ。あの男は大丈夫。何も心配いらない」
まるで、花の蕾が綻ぶように。纏っていた擬態、黒豹に似せて形作っていた姿をふわりと解いて。その下から現れた細身の男は壊れ物でも扱うかのよう慎重に、古傷だらけの私へ触れた。
「だから、もう少し休もう?」
暗に休息が必要なのだと告げられた途端、いつにない体の怠さを自覚する。
「それとも、また私の血を飲んで誤魔化す?」
泥の中に体を沈められているような心地。不快な重さに自然と皺の寄った眉間を、指先で解すようつつきながら。やけに色気たっぷりの声音で囁いてくる叶は、真当な人でなどなくなってしまえと、あからさかに私のことを誘惑していた。
「いらない……」
それでいて、拒絶されたところで残念がる素振りも見せない。
「なら、ちゃんと休まないとね」
睡魔を帯びた指先に、下ろした髪を梳き流されて。とろとろ落としてしまった瞼はもう、張りついたよう持ち上がらなかった。
眠ることは、何かを強制されることと同じくらい嫌なのに。ついさっき目覚めたばかりの体からは、抗いたい意思に反してみるみる力が抜けていく。
「おやすみ」
くたりと預けた体を大切そうに抱き直した叶の囁く声が、止めだった。
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