血を吸う鬼と護身刀 14

 叶の膝に囲うよう抱え込まれ、眠りに落ちたはずの体は、次に目覚めてみるときちんと布団の上で横になっていた。

「なんじ……?」

 閉め切られた障子越しに伺える外は、日が暮れかけているのか仄暗い。

 どれくらい眠っていたのだろうと無意識のうち手を伸ばした枕元に、目当ての時計は見つからなかった。

「夕方、かな。時間まではわからないけど。もうすぐ日が沈むよ」

 そもそも私の部屋に、外の明るさが分かるような窓に面した障子戸などない。

「今時季の日没か何時かわかってないでしょ、お前……」

 ちゃっかり同衾していた人型の叶を押し退け、起こした体にこれといった不調は感じられなかった。

 ぐるりと巡らせた視線で、離れの座敷にいることを確認して。いつもより少しだけ遠くに置かれているのを見つけた護身刀を、ずるずる手元に引き寄せる。

 それから、寝起きの回らない頭で次の行動を思案することしばし。

「かなで?」

 とりあえずシャワーが浴びたい。


「お前もおいで」

 のあってないような叶をこの家で一人にしておくわけにもいかないだろうと、欠伸混じりに声をかけながら。するりと開けた障子の向こう。裸足のまま出た廊下からは、しとしとと雨に降られる庭がよく見えた。

「この雨、いつから降ってるの?」

「お前が外で気を失う前には降り出してたよ」

 気がついていなかったのかと、叶から向けられる物言いたげな視線を何食わぬ顔でシカトして。そそくさと脱衣所へ。

「遮那。悪いけど、サクラに着替え出してもらってきてくれる?」

「――しかたのないあるじさまですね!」

 本性の刀からいつもの少年姿に転じた遮那が、軽快にたったか駆け去っていくのを見送る。

「お前は、濡れても後始末が簡単な生き物に化けるか、そこで待ってるかして」

 そう言って私が叶に示したのは、脱衣所と隣接する台所に置かれたテーブルセット。

 入口の引き戸を開けておけば、脱衣所からの出入りを万に一つも見逃す心配のない場所。ある程度の物音は浴室まで届くから、私以外の家人と何かあった時も対応しやすい。

「後始末って?」

「毛皮は水を吸うでしょう」

「あぁ……」

 もっとも。そんな気遣いも、叶に受けるつもりがなければまったく無意味なのものでしかないのだが。

「それなら、これはどう?」

 隙間なくぴったりと寄せられていた体が、ほんの僅かに離されて。次の瞬間には、砂の城が打ち寄せる波に崩されるような勢いで体積を減らした叶のが、ちょこんと私の肩に乗っていた。

 艶々と黒い鱗の爬虫類。

 強いて言うなら、それは四本で。有り体に言ってしまえば、小さなそのままの姿をしている。

「及第点……かな?」

 風呂上がりの始末のしやすさ的には、とりあえず問題のない形ではあった。

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