血を吸う鬼と護身刀 12

(確かにこれじゃあ、静の手には負えないか)

 憑依した体が使い物にならなくなった時。まともな人外なら、脆弱な人の体と心中など御免だとそれを捨てるか他へ乗り換えるかするものだ。

 私自身、九朗も当然そうするだろうと考えていて。憑依していた期間が長い分、体のダメージが多少なり霊体に影響を及ぼしはするだろうが、せいぜいしばらくの間身動きが取れなくなる程度。まかり間違っても死ぬようなことにはならないだろうと、真当な人の子であれば間違いなく死ぬような呪詛をしかけて放置した。

 まさか。その危険性を一番わかっているはずの人外当人が、霊体がすっかり定着してしまうほど体を使い続けているとは思ってもみなかったのだ。


 押し込められた体をそれ自体の血で真赤に染め、ひゅうひゅうと苦しげに喉を鳴らしながら地面に転がっている。下手な襤褸雑巾より酷い有様の九朗は、見るからに死にかけていた。血の気の失せた体からは、まともな人の子であればとっくに死んでいなければおかしいだけの血がとうに流れ出してしまっている。

(どうしたものかな)

 今も体の命が続いているのは、中にいる九朗がめいっぱいの霊力を注ぎ込んでいるからだろう。それは穴の開いたバケツに水を注ぐようなもので、きりがない。霊力が尽きればそれまでだとわかっているのにそうすることしかできないというのは、どれほど絶望的な気分だろう。

 目の前でどんどん弱々しくなっていく九朗の気配に急かされるよう、私は護身刀の柄に手をかけた。

「これ以上血を流すと、お前がもたないよ」

「自分の限界はわかってる」

 これくらいで死にはしないと嘯いて、抜き出した刃を叶が掴む。

 強く握れば手の指くらい簡単に落とせるはずの白刃は、ぴくりとも動かせないくらいの力で掴まれているくせ、叶の薄皮一枚傷付けられている様子がなかった。

「私に命令して」

「――はなせ」

「お前がどうしたいのか教えてくれれば、私にはなんだってしてやれるだけの力があるんだよ」

 随分と都合のいい耳を持っているらしい叶に、埒が明かないと見切りをつけて。柄を手放した護身刀は、間をおかず見慣れた少年の姿に転じた。

「遮那」

「いけません、あるじさま!」

 ここにおいでと、開いて見せた手の中へ戻るはずの護身刀は、何故か少年姿で叶の向こうに立ったまま。主人ではない鬼の味方をするようなことを口走る。

「いつもよりたくさんつかいすぎてます。鬼王のちのせいで、かんかくがおかしくなってるんですよ!」

 その可能性には、もちろん気がついていた。もっと言えば、叶に飲まされた血肉の恩恵がそろそろ失われそうなことにも。

「わかってるなら、あんまり苛つかせないで」

 今にも息絶えてしまいそうな九朗と、ここぞというチャンスのために力の加減ができない状態で無茶をした私。

 どちらが先に力尽きてもおかしくない状況だからこそ、いつになく焦っているというのに。

「かなで」

「あるじさま!」

 二人がかりで止められると、まるで私の方が間違っているような気にさせられるから厄介だ。

(嗚呼、苛々する)

 血が足りない。そのせいで判断能力が落ちてしまっているのだろう。自分ではまだ大丈夫だと思っていたが。いい加減、まともに考えられる状態ではなくなっているのかもしれない。

 そうでなければ、主人に忠実であることを信条とする護身刀が、こうも声高に異論を唱えてみせるはずもない。

「だいじょうぶです。鬼王にやらせても九朗はたすけられます。遮那をしんじてください」

 空っぽの利き手に、刀ではない遮那の指先が触れて。きつく手を握り、間違っても二心などないことを証明しようとでもするよう、真摯な眼差しを向けてくる。

「あるじさま」

 嫌な調子だ。


「叶」


 観念した私が一声呼ぶと、さっきまでの不機嫌そうな様子はどこへやら。どこまでも気遣わしげに身を寄せてきた叶はふらつく体を易々と抱き上げ、着込んだ上着に手をかけてくる。

 なんの抵抗もなく引き伸ばされ、ジャケットからマントのような長さに丈を増した黒衣はすっぽりと私の体を覆い尽くした。

 被せられたフードで視界に影が落ち、周囲の様子が見えなくなった、その拍子。ついうっかり力を抜いてしまった体からは、ぞっとするほどの早さで感覚が抜け落ちていく。

「どうすればいい?」

「しなせ、ないで」

 結局、先に限界を迎えたのは私の方だった。

「仰せのままに」

 漲る力をこれ幸いと、身の丈に合わない力の使い方をした反動が一気に押し寄せて。叶の応えを聞き届けるのが精一杯。

 飲み込まされた血の効力が切れた途端。電源を落とすよう、私の意識はふつりと途切れた。

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