血を吸う鬼と護身刀 10
それでなくともぴったりと寄せた体を、隙あらば手の平に押しつけようとしてくる。
そんな毛皮の誘惑を、徹底無視でかわしながら。鍵を取り替えるため社務所に寄って、それ以外では道草を食うことも油を売ることもなく、元いた拝殿までまっすぐ戻ってきてみれば。
「かぜがかわりました。あめがふりますよ」
後始末のため一人残った遮那は「おそうじなんてとっくです」とでも言わんばかり、余裕たっぷりの態度で
「雨かぁ……」
その下をすり抜け、今度はきちんと靴を脱いでから階に足をかける。
足跡がつくから上がらないよう指示した叶は結局、人型に変わってついてきた。
屋根の上から下りてきた遮那も、わざわざ下駄を脱ぎ落とし階の上までやってくる。
「今日の天気予報おぼえてる?」
「しりません」
ひとまず首だけで覗き込んだ拝殿の中は、すっかり元通りに片付けられていた。
刀剣の付喪なのに証拠隠滅スキル高すぎやしないかと、藪蛇になりそうな感想を胸の奥にしまいながら。本殿奥の格子戸に宝物殿から取ってきた錠前をかけ、壊されたものを回収する。
拝殿の戸締まりを終えて靴を履き直す頃には、東の空がぼんやりと明るくなりはじめていた。
「――手伝ってくれてありがとう」
「これくらい、おやすいごようです。遮那はあるじさまのふところがたなですからね!」
誇らしげに胸を張った少年の姿が掻き消えて、腰元に護身刀の重みが戻る。
柄の位置を確かめてから。最後の仕上げに、柏手を打って境内の結界を張り直した。
「もう一仕事残ってるから、背中に乗せて」
使えるものは、たとえ昨日まで仕えていた神だろうと使う主義。せっかく上等な
「なんでイヌ?」
「ネコだとあんまり長くは走れないから」
変なところで現実的なんだなと、その程度の感慨で下げられた背中へ跨る。
「どっちに行けばいい?」
「式を飛ばして先導する」
引き抜いた髪で舌を切り、「体の一部」と「体液」とで仕立てた即席の式を吐息で飛ばす。
飛び立った式は黒い鳥型。そのあとを追って駆け出す獣はしっかりとした足取りのわりに、何やら不満気で。それが与えもしない血を流したせいだと気がついたのは、獣道もないような
気がついたからといって、こればっかりはどうすることもできないが。
「結界があるよ」
しばらくの間、私が飛ばす式のあとをつかず離れず追いかけていた獣がそう声をかけてきたのは、じきに鬼王神社の杜を抜けようかという頃。
その先は、この辺りの大地主として名の通った
「穴を開けるから、飛び込んで。そのあとは道なりにまっすぐよ」
「中にいるのは?」
「無視していい」
蝶野の家には家と血筋についた屋敷神がいる。単純に防犯目的で張り巡らされた結界はそれほど強力なものでもないが、一度も中へ招かれたことのない叶のことは拒むだろう。
ほどなく見えてきた、常緑樹ばかりの杜と竹林の境。柵のない木戸の真上に、道案内をさせていた鳥型の式をぶちあてる。
「混ざれ。混ざれ。混ざれ。混ざれ。――混ざって、砕けろ」
屋敷神が張った結界に前言通りの穴が開いたのは、獣が飛び込むぎりぎりのタイミング。
「正気か!?」
私が言えたことではないが、本当に正気を疑いたくなるほどの思い切りの良さだった。
「冗談でこんなことできるはずないでしょう――」
結界に開いた大穴を軽い一躍で飛び抜けた獣は私が言いつけておいたとおり、木戸の向こう側にいた屋敷神の
そんな獣の上から後ろを振り返り、私は顔見知りの神使に対して渾身の
「
叶のように「誰のものでも」というわけにはいかないが。鬼王に仕える私にも、幾つかの条件が揃えば他人の血を操ることができる。
訳あって人の体に間借りしている神使――九朗――の物理的な身体は、その「条件」を満たす数少ない血の主のものだ。
結果として。長く使い込んで霊的に癒着した体をそうそう離れられない九朗は、私の招きに応える形で体の外へ飛び出そうとする
そうなってしまえば、こっちのものだ。
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