第5話 作家
大物
僕は何時の間にかそう呼ばれるようになった。
僕が最初に執筆したのは中学の時、ただ書きたいことを書いていた。
高校に入ってからも、時間がある時は書いたりしていた。書くだけで人に見せたりはしていなかったが……
唯一僕の小説を見てくれたというか、無理やり見られたことはあったが。
それから時間は経ち、高校3年になった頃、僕のネットの投稿画面にある一通のメールが来ていた。それが枡谷との出会いだった。
そこからはトントンと話は進み、ついにデビューするまでになった。デビューする時は僕のプロフィールは一切公表せず、謎の小説家としてデビューした。
僕の処女作である『零れ落ちる雫』は10万部を超え、あっという間に人気となった。二作目の『広がる雲』も売れ、世間では大物ルーキーとして認識されるようになった。
***
「は……すいません。話し過ぎました」
紅葉は恥ずかしさから耳まで赤く染める。
「いえ……こんなに僕の事を知って頂けて光栄です」
僕はなんと返したらよいか分からず、とりあえず言葉を発する。
「……」
紅葉は茹で上がるのではないかというほどの羞恥に駆られ、この場から今すぐ消えたいと思った。普段から何かに熱しやすい紅葉は龍崎虹空という作家に出会い、のめりこんだ。それは紅葉の周りが呆れるほどだ。
紅葉がこうやって人に説明するのはいつもの事であり、紅葉を知っている者からしたらめずらしいものではなかった。今回はたまたま相手が本人だったという訳だ。
二人の間には気まずい空気が流れる。
「おぎゃ~おぎゃ~」
すると、唐突にその空気を破壊する音が聞こえてくる。赤ちゃんが泣きだしたのだ。
僕はナイスタイミングだと心の中で赤ちゃんに称賛を送りながら、紅葉に話しかける。
「あの、お腹空いたので何か頼みませんか?」
そんなに空いたわけではなかったが、切り出す一言としては妥当なところではないかと思う。
「そうですね。ちょうどお昼時ですし、頼みましょう」
紅葉も便乗してくれた。
「すいません、このオムライスをください」
僕はメニュー表を見ながら店員に注文する。目線を紅葉に向け注文を促す。
「ええと、このトマトのピザとクリームパスタ、それからこのサンドウィッチとあとカレーライス、最後にジャンボパフェください」
「……」
僕はかろうじで顔に出すことは免れたが、内心ではかなり驚いた。紅葉は当たり前のように注文をし、店員も当たり前のように注文を聞き戻っていく。
「この店、よく来るんですか?」
「いいえ?初めてです」
僕は言葉もなかった。紅葉の見た目はやせ型であるため、ここまで食べるようには見えない。大食いのような雰囲気は皆無だ。そんな雰囲気など見分けられないが。
そんな紅葉の注文に驚かない人は居るのだろうか。いやいないだろう。実際にあの店員は普通の顔をしていたが……
すごいプロ根性だ
僕は顔に出さないあの店員を心の中で褒める。
やがて料理が来る。そんなに大きくない二人分の机は料理で埋まる。
「「いただきます」」
――料理はとてもおいしかった。紅葉はすべてぺろりと食べてしまった。その細い体にこの量がどうやって入っているのだろうか。中はブラックホールになってるのではないかと本気で思ってしまう。
「美味しかったですね」
紅葉は満足そうな顔で言う。その表情にはまばゆい光が差しそうだ。色が視えないはずなのに、幻視できそうである。
「先生に取材の話が来ております。」
ご飯も食べ終わ僕たちは仕事の打ち合わせの話になる。
「わかりました。いつですか?」
「ええと、来週の15日です」
「大丈夫です」
取材の話が来ていた。初めて取材を受けたのが大学1年の時。デビューしてすぐにも話は来ていたが高校生ということもあり断っていた。しかし、大学に入り心境の変化もあり、受けることにした。それからはもう10回近くは取材を受け、今では慣れたものである。
僕たちの顔合わせプラス打ち合わせも終わり店を出て帰路に就く。
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