第2話 日常

 意識が戻ってくると、聞こえてくるアラーム。鼓膜に直接突き刺さるような音が、僕の意識をはっきりとさせてくる。薄くしか開かないまぶたを何とかこじ開け、アラームが鳴り続くスマホを探し、アラームを解除する。

 アラームを止めた後は、心の中で10カウントを数える。10になるまでに寝ぼけている体を起こし立ち上がる。毎朝が眠気という強敵との闘いであり、ダウンさせられて起き上がれるかという、一方的な試合である。その試合に負けると、僕のこれからの1日の予定が狂ってしまう。そういう闘いである。

 試合に勝った僕は部屋のカーテンを開けると、そこに広がるのは、まぶしい太陽でもなく、美しい青空でもなく、ただ白と黒の広がったモノクロの世界である。

「いつも通りか」無機質につぶやいた言葉はそのまま空気の中に消えていく。

 すでにこの生活に諦めと恭順を覚えながら、都内の通っている大学に向かう。


「よう!快斗かいと久しぶり」


 大学の教室で僕に話しかけてきたのは同級生の高木健一たかぎけんいちだった。新学期になり、久しぶりに会う。

 健一の見た目はチャラく、耳にピアスをしておりまさに今時のチャラ男を表していた。

「おはよ」

「なんか暗めだな」

「朝から嫌な夢を見たんだよ」

「へえ~どんな?」

「……うじうじした暗い夢だ」

 快斗の顔にほんの少し影が差す。 

「ふ~ん」

 健一は僕の言葉に何かを感じたようだったが、それ以上何も聞いてはこなかった。


「なあ、今日の課題やった?」

 健一は少し焦り気味で僕に聞いてくる。

「もちろん」

 僕は何を言われるかすぐに見当がつきつつ、健一に答えた。

「見せてくんね?」

 健一は僕の前に手を合わせながらお願いをしてくる。健一のルックスは悪くなく、むしろ良いため、女子の前でやれば効果は覿面てきめんだろう。僕は男のため、効果はいまいちである。

「いや~昨日やろうとしたら、彼女から電話が来てさ~そのまま寝ちゃったんだよね」

 健一は他大学のあかりという子と付き合っている。僕は会ったことはないが、健一はその女の子の写真を僕に見せてきて自慢してくるため、全く知らないという訳では無かった。


「はあ~わかったよ」

 僕はため息を吐きながら健一に課題を渡す。僕の中で健一に見せないという選択肢は浮かんでこなかった。

「いや~すまん!飯奢るから許してくれ」

 両手を合わせて僕に言うこいつを何だかんだ僕は憎めない。僕が話すことができる数少ない人物であり、この大学で唯一僕が話す人物であった。


 講義が終わり、スーパーで今日のお弁当を買う。自炊はあまりしない。大体お弁当を買うか、外食をしていた。

 1人暮らしのアパートに帰り、寝るまでの間にネタを考え執筆する。そんな僕の目に色が灯ることはない。

 ある日までは普通に色が見えており、病気でこうなったわけではなく、治る可能性はあると医者にも言われた。

 僕は毎日に空虚感とむなしさが僕の胸を締め付け、僕の体と心に重くのしかかってくる。

 それはまるで僕だけの違う空間を生きているようである。こんな日々に嫌気をさして色が視えなくなった当初は自暴自棄になり、周りにも当たり散らしていた。それは誰もかれもであり、警察のお世話になったこともあった。まさにあの頃の僕はガラスそのものだった。相手を傷つける鋭さと壊れそうな脆さである。そんな僕が立ち直れたのは、それこそ周りのおかげだった。

 そして、心機一転地元を離れ、一人暮らしをすることにしたわけだ。

 その一人暮らしも今では慣れたものであり、落ち着いて暮らせる。

 それでもたまに無いと分かっていても、あれは幻であり、もしかするとがあの日までのように現れ、僕に世界の美しさを教えてくれる。僕に生きる実感を与えてくれる。そんな物語が現実でも起きるかもしれないという期待を、ほんの少し胸に宿す。

 なぜならこの世界には不思議がたくさんあり、解明されてないこともたくさんある。そのため、一見あり得ないことも現実になることは100%ないとも言い切れないと僕は思う。

 人は1人では生きていけない弱い生き物である。

 1人で生きているように見え、誰しもが人に助けてもらう。

 人は弱い生き物だからこそ、何かにすがる。

 それが僕がここ数年で気づいたことだった。

 それは僕も例外ではなく、それを痛感させられた。

 だからこそ、今を出来るだけ大切にしようと思えるようになった。


 それが、僕の日常である。


 

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