第4話 『朽ち果つ廃墟の片隅で 第二巻』”数寄屋C”より抜粋

テレビ番組オーソドックスは、第三回から第七回という四週にも渡って、義一達が今も奔走しているFTA問題について重点を置いた特集番組が組まれた。

だが、内容としては、出演者にしても、武史と経済ジャーナリストである島谷が出ていたというのも含めて、過去に散々琴音の目の前でなされてきたのと、言い回しなどの表現方法の違いを除けば大方被っていたので、ここでは番組の代わりにというか、以前に本編『朽ち果つ廃墟の片隅で』の第二巻に収録されている、『数奇屋C』にて繰り広げられた議論の内容を、改めて載せてみたいと思う。


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義一「…さて、早速今回のお題に沿って議論を展開していきたいと思います…」


島谷「あ、義一くん、その前に良いかな?それについて議論をする前に、まずこの二冊について触れなくてはね」


浜岡(文芸批評家にして、義一の一つ前の雑誌編集長。今は神谷が務めていた顧問という立場になっている)

「…あ、そうだ、手始めにというか、例の全国ネットの番組に出た時の話でも、イントロダクションとして聞きましょうか」


武史「えぇー、アレをですか?」


島谷「あははは」


神谷「そうだね。せっかくだから二人とも頼むよ。読者の皆も気になってるところだろうし、それに…全く触れないというのも変だからね」


武史「まぁ…先生がそうおっしゃるなら…なぁ?」


義一「うん。そうですねぇ…って、別に此れといって話す内容も無いんですけれど…まぁ、私自身も実際の放送を見たんですが…感想としては、『あ、意外と思ったよりもカットされてなかったな』ってものでした」


武史「そうだなぁ。でもまぁ、番組の後半はずっと賛成派の人らの意見ばっかが取り上げられて、私らはずっと苦笑いをしているのみの映像だけだったからな」


義一「あはは、そうだったね」


浜岡「まぁそんなもんですよねぇ」


義一「まぁなんでしょうねぇー…先ほど『思ったよりも』と言いましたが、何故そう思ったのかを説明しますと、んー…収録前にスタッフの皆さんと打ち合わせをしたんですが、あ、意外と若い人でやってるんだというのに驚きました。僕は今三十代半ばですが、スタッフさん達もそれくらいって感じでした。あ、いや、それでですね、その打ち合わせの時に色々と話していく中で、純粋に驚いてしまったのが…番組を作っている彼ら自身が、全くこのFTAについての知識を身に付けていない、全く理解していなかったという点でした」


武史「そうそう。まぁよく知らないし、彼らを弁護する訳でも無いけれど、彼らはまぁ彼らなりに時間の制約の中で頑張って番組を作ってはいるんだろう…けれども、やはりバラエティーとはいえ評論番組、それなりの政治色強めの番組なのに、自分たちの報道なりなんなりしている物事について、何も知らないで制作しているのを、まぁ何となく予測はしていたものの、実際に目の当たりにすると…愕然したのと同時に、空恐ろしく思いましたね。『なんて状況にあるんだ…この国の世論は』と」


義一「うんうん」


神谷「まぁそうだねぇー…。私の時ですらというか、私の場合は二十年くらい前の話になるけれど、テレビ局のスタッフは何も知らなかった、少なくとも私の言ってることが理解できていなかった様に見えたねぇ」

島谷「でも先生?テレビ局などのマスコミ内部周辺はそうなんでしょうが、あの放送以降、二人への反響は大きいんですよ。例のネット通販大手の内部のランキングを見ると、まぁ以前からそうだと言えばそうなんですが、それ以降もまた順位が上がっていってですね、義一くんの本、そして武史くんの本が、何と”ビジネス・経済”という枠内でのランキングで、トップテン入りを果たしているんですから」


神谷「ふふ、私も君からそんな話を聞いてはいたけれど、そうらしいね。ただ…ふふ、私はこの手のことにはほとほと疎くて、それが何を意味するのかまでは分析出来ないんだけれども」


武史「あはは」


義一「まぁそれなりに…全国ネットの場にのこのこと出ていった甲斐は、あったのかも知れませんね。…あ、いや、そういえば、その話の繋がりで、ある事を思い出しましたよ。

それはですねぇ…僕は島谷さんからではなく、まず一番初めはある女性(琴音のこと)に教えられて、その後で自分でも見てみたのですが、あれはえぇっと…レビューって言うんですかね?まぁ色々な本についての感想が書かれていまして、それこそ十人十色、評価もバラバラではありましたが、その中でふと、ある一つの文章に目が止まったんです。見て読んだ瞬間、ついつい嬉しくて一人微笑んでしまったんですが…それはこんなのでした。『要はこの作者は、ごく当たり前の事を話しているのに過ぎないんだ』と」

武史「あぁー」


義一「その感想も良かったんですけれど、何よりも嬉しかったのは、その感想を書いてくれて、尚且つ星を…あ、評価するんで五段階の基準があるんですが、それでその人は一番評価の高い五つ星をくれたんです。これは嬉しかった。

僕らは…って、武史はまぁ学者だけれど、僕は何者でも無いわけですが、それでもこうして小難しい本を出した以上、心掛けなければいけないと、まぁー…これは特に神谷先生が普段から、昔から言い続けられていた事ですけれど、いわゆる”常識”、それもフラフラと風向き次第でどこにでも流れていってしまう様な流行などではなく、昔からずっと変わらずに残ってきたその国民の感覚、感性、それらを常識と言うならば、その常識に準じて生きている人々から

『それって常識と違うな。普通じゃ無いな』

と言われる様な、疑問にもたれる様な言説は、出さない様にしなければならない…もししてしまって、それを指摘されたなら恥ずかしいと思わなければならない、というか実際に恥ずかしい…とまぁ、そんな考えでいたので、その様なレビューをくれたのがとても嬉しかったんです」


武史「そうだよなぁ。ここ最近…って、もうそれこそ二十年以上も改革騒ぎをし続けてきて、それがまた現在進行形な訳だけれど、改革するその根拠というのが、その常識が欠落した学者…”曲学阿世の徒”どもが、何やら頭の中での夢想から生み出した、理論とも言えない理論によって断行されてきた訳だけれども…本当に世間に常識というものがまだ残っているならば、ここまでのクダラナイ騒ぎは続かなかったはずだけれども、んー…今時の世間というのは、”某有名何々大学の何々学部教授”だとか、そんな肩書きをチラつかせられると、一瞬その理論を聞いた時には違和感を覚えつつも、『そんな先生が言うんだったらそうなのかなぁー?』だなんて思っちゃうんだよねぇ…困ったもんで」


島谷「あはは、本当に困ったもんだよねぇ。

でもー…あはは、武史くん、まぁ義一くんもだけれど、君たち二人はあの番組内で、日本最高学府の”自称”経済学者の人相手に、ズバズバと反論を言ってのけて、それを見た…特に二、三十代らしいけれど、そんな若者たちを中心に喝采を起こしたっていうんだから、日本もまだまだ捨てたものでは無い”かも”知れないですねぇ」


武史「いやぁー、でもあの教授…本当に酷かったですよ。当然の様にカットされてましたが、放映されてない部分で、義一と一緒に何度もあの”おっさん”相手に攻めまくったんですが…」


神谷「…ふふ、武史くん」


武史「あはは、すみません。まぁー…それでですね、本当にほとほと嫌になった…というか、これが発端だったんですけれど、これは”何故か”放映されていたので読者の方々も分かると思うんですが…というのもですね?あのおっさ…あ、いや、”大先生”がですね、何かにつけて国際法だなんだとのたまうので、それでついついからかい気味に反論してしまったんですよ。

あの時も確か、あの先生に対して『ただの無知な馬鹿なのか、それともなきゃ知ってて言ってる確信犯なのか?』的な話をしたと思うんですが…」


一同「あはは」


武史「あの時は時間の関係上話せなかったんですが、具体的に話したかったのはこういう事だったんです。そもそもあの先生…いや、あの場に出ていた賛成派の人全員が、何やらアメリカが今まで国際法を守ってきた体で話していたのですが、少しでも記憶力があれば、ほんの十年と少し前に何があったか、思い出せるはずです」


琴音「あぁ、イラク戦争の事ね…って、あ」


武史「あはは。そうそう、そのイラク戦争。あれは確か…あの時の国連の事務総長をしていたアナンが、アメリカのイラク侵攻について『これは間違いなく、アメリカのイラクに対する侵略だ』と堂々と非難をしたんだが、それでもアメリカはケロっと何処吹く風といった感じで、その後も何年にも渡って侵略を続けたんだ」


琴音「侵略…。侵略って…何をもって侵略としたの?そのー…アナンって人は」


武史「あぁ、それはね、一応国際法には厳密な定義は書かれていないんだけれど…」


琴音「あ、番組内でも言ってたことだね?」


武史「そう。そもそも国際法というのは厳密には定義…というか、記すこと自体がまず無理なんだ。というのもね、世の中の情勢というのは今こうしている間にも、刻一刻と移り変わっていってるだろう?それに対応する様な明確な文章なんぞは、到底作れない」


琴音「…うん、それはそうだね」


武史「そう。だから法律文章としては”これが正しい””こうしなさい”みたいな、いわゆるポジティブリスト的な文章なんぞは書けっこない。どうしても”あれはしてはいけない””これはしてはいけない”という、ネガティブリストにならざるを得ないんだ」


義一「横から入る様で悪いけど…今武史が言った通りだよ。琴音ちゃん、昔から法律というのは、わざわざモンテスキューを取り上げるまでもなく、というかそれ以前から、法律というのは”禁止の体系”だっていうのは分かられてきたことなんだ」


琴音「禁止の体系か…なるほどね」


義一「ふふ、そうなんだよ…って、これ以上深入りすると、議題からどんどん逸れていっちゃうから、ここで本論に戻しましょう」


武史「あはは、ごめんなさい”編集長”。

えぇっと…あ、そうそう、それで言いたかったのはね、そもそもアメリカという国は、さっき取り上げた事も含めて、おおっぴらに堂々と国際法違反をし続けてきたわけだよ。それをだね…『国際法ではこう決まってるから大丈夫』だなんて、そんな無意味な言葉で飾られても、その偽善にただただ虫唾が走るって事なんだ」





義一「さてと…順序が前後してしまいましたが、ここでまず、毎度恒例の様に、ご出席の皆さんから、今回の議題についての自分の考えを軽く述べて貰うところから始めたいと思います。では先生…」


神谷「…あ、私?」


義一「えぇ、お願いします」


神谷「いやぁ…前号でも言ったように、私はもう引退した身と思ってるからねぇー…さっきの議論もそうだけれど、これからは若い皆で頑張って頂きたいと思っているし、それをただ面白く傍観してたい身ではあるんだけれど…」


武史「あはは、またまたー。まだまだ喋り足りないのに、何を言っちゃってるんですかぁ?」


島谷「あははは、そうですよ。こんなにまだまだ元気が有り余ってるんですから」


神谷「いやぁ…元気はもう無いんだけれど…ま、それは置いといて、今回のFTA…ねぇ…。

私は今回、義一くん、武史くんと二人が表立って頑張ってるから、遅ればせながら何となく考えてみた…それを話してみようと思います。

具体的な内容自体は、この二人から逐一細かく聞いていて、考えれば考えるほどに、ダメなものだというのは分かったんです。なので、先ほども言った様に黙っていても良いんですけれど、折角のご指名なので、私からは今回の協定自体というよりも、その周辺事情について話そうと思います。

今回の協定が、”第三の開国”か”第四の開国”か、そんな事はどうでも良いんですけれど、この馬鹿騒ぎは今に始まった事では無いんですね。

元を辿れば数十年、いや、明治維新にまで遡れるんですが、そこまで行くと話が広がり過ぎるので、近々に限って言いますと、今の元号に入ったあたり、これが特に顕著だった訳ですが、”構造改革”だなんだとあの時も騒いだわけですが、あの時の政府に対する国民の支持が八割もあって、賛成の大合唱をしたというのを忘れられないんですよ。

んー…ちょっとだけ脇道に逸れますが、そもそも”構造改革”という言葉は、昔イタリア共産党の指導者、パルミーロ・トリアッティから出てきてるんですね。

要は、共産主義の言葉なわけです。口先では自分たちが保守政党だと言ってる党の指導者の口から構造改革の声が出るというのは、どんなブラックジョークだと思いましたが…」


一同「あはは、確かに」


神谷「まぁ私は小学生の頃から”世論”というものを信用した事など一度も無いのですが、それはさておき、読者の皆さんは覚えておられるか、昔土光敏夫って人がいて、この人が昭和の末期に『民間活力だ』とか言いはじめて、それが元号が変わった辺りから、エコノミストどもが中心になって、

『”マーケットメカニズム”つまり市場をどんどん広げてオープンにすればするほど、その国民には”活力”が生まれてくるんだ』

『政府は余計な介入をするな。小さい政府がいいんだ』

『市場に任せよ。自由に開放しろ』

などと、前世紀末から今世紀初めに入って、そして今の今も変わらずに言い張り続けているわけです。

これは勿論日本だけの話ではなく、全世界的にそうなんですが、特に日本は顕著でした。でもそんな話も、今世紀に入ってすぐ辺りに証券バブルがクラッシュして、約百年前の世界恐慌が再び訪れた…というのに、今だに我が国では自由化万歳を繰り返している訳です。

さて、先ほど他の国も事情が同じと言いましたが、必ずしもそう言い切れない。というのも、少なくとも欧州、それにアメリカまでもが、行き過ぎた自由化、行き過ぎたグローバリズム、それに対して反省…少なくともしようとしているというのにも関わらず、我が日本では一切その様な声が上がらない訳です。

何度もエコノミストの出してくる、空想だか何だか知らないけれども、それにまた易々とこの国民は一斉に流されていく。

勿論エコノミストどもは、自分の言った言葉に対して何の責任も取ろうとしない、そんな人非人、人品骨柄の卑しい輩が殆どだというのは周知の事実…いや、我らの雑誌の読者諸君からしたらそうだろうけれども、でもまた国民自身も、一切反省する事なくまた騙され様としている。

私から見ると、嬉々として進んでって風に。

『自由貿易?全ての関税の撤廃?まぁ…自由ってイイものだよな。しがらみは全て無くした方が良いんだよな』

っていう漠たる雰囲気…雰囲気といっても、この漠たるものが戦後から今まで延々と続いてきたものですからね、病膏肓に入るにも程があるんですが、そういうものがベースにあって、今回の馬鹿げた話が急浮上してきたわけです。

…毎度の通り話過ぎで悪いですが、具体的な話、普段もう情報もロクに取らなくなった私ですら、今回の協定に入ることによって、日本の農業の競争力が強まるだなどという話を聞きました。

でもおかしいと思いませんか?”競争”…例えば、受験競争に晒されて、何となく自分の行きたい所に合格の目処が立ちそうな人は頑張るんでしょうが、『え?競争?自分の過去現在を見る限り、とてもじゃないけれど進学校になんぞいけない、他の人に勝てるわけなんかないわ』といって、早々に競争を自らリタイアする人なんて大勢いる訳です」


琴音「うんうん」


神谷「さて、何が言いたいかというと、競争の場を広げただけでは”活力”なんか出ないんですね。

活力が出る様にするためには、競争に参加する人間たちが、将来の展望とか、環境なりの先の見通しがつく、もし市場に合わせて考えても、国際市場に丸裸で晒されるのではなく、どんな国家理念、どんな国策体系に基づいて進路が決まっているのか、”財”だけではなく”政”も”官”も、それら三つが合わさってベストミックスが何処にあるのかを探りつつ、時には自由だけではなく”保護”の事も視野に入れて考えながら行かなくてはいけないんですね。

市場を安定させるためにも、政府は公共事業なりなんなり、いわゆるインフラストラクチャー、インフラって言葉の意味は元々”下部構造”って意味ですが、その反対のスープラストラクチャー、つまり”上部構造”、この場合で言うと市場ってことになるわけですが、市場を支えるインフラがしっかりしてなくては、安定なんて見込めるわけがないのです。

将来に対するビジョン、見通しが立てば、

『よし、そっちの方向にいくのか。そのためにこれだけ準備をしてくれたのか。じゃあ私も少し頑張ってみようかな?』

って思うものなんですね。これが活力なわけです。

それを一切の見通しもビジョンも示さないくせに、本来の意味でいう自由ではなく、ただの”放任”のくせして、自由貿易というたわごと、これのみに従ってきたのが今の元号における流れな訳です。

しかし、先ほども言った様に、急にこんなおバカさんが大量に出てきて始まった事ではなく、戦争に負けて以来、『アメリカンフリーダムだ 』

『アメリカンデモクラシーだ』

などというのを天下の社会正義の様に思い込んで、モノを考え方針を出すというのを半世紀以上に亘って繰り返してきた訳ですが、んー…

普段だったらここでズバッと言ってのけるんですが…今回は訳あってちょっと言うのを躊躇うんですけれども…まぁ、誤解が無いだろうと信じているのでそれでもズバッと言わせて頂くと、ここにいる私に信頼している皆さん、特に義一くん、武史くん、この二人がいくら頑張っても、今回のFTA交渉を諦めて貰うのは…無理でしょうね」


一同「あははは」


義一「先生、ありがとうございました。…ふふ、先程中山さんなり島谷さんなりが言われた様に、まだまだこれだけ元気が有り余っているというのを見せつけて貰いました。…あはは。さて、次に島谷さん、よろしくお願いします」


島谷「あはは、はい。確かに今神谷先生が言われた様に、義一くん、武史くん、それに僕も陰ながら頑張ったとしても、恐らくどうにもならないでしょう。でも、それでも何とか足掻いてみたい。…ふふ、先生、それは先生自身が今までずっとしてきた事ですよね?だから、僕らも同じ様に足掻いてみたいと思います。

…さて、僕はジャーナリストなんで、ジャーナリストらしい切り口から行きたいと思うんですが、まずいきなり今回の自由貿易協定について触れる前に、恐らく皆さんも変だと思うニュースが飛び込んできたと思われた方もおられると思うので、それについて軽く触れようと思います。

これも全く違う問題の様で、実は根底では繋がっているからであります。

というのは、郵政とですね、アメリカに本社を置くガン保険会社の『アフラック』が”仲良く”やるという話なんですね。今まで実は既に一千局辺りでこのガン保険を取り扱っていたんですが、僕はこの件について色んな本を出してきたので知ってるんですが、実はあまり上手くいってなかったんですね。

ところがここに来ていきなり二万件もの局でですね、このアメリカ製のガン保険を扱うことにしましたって言うんです。で、この発表をした社長が何を言うかというと、『えー、ちゃんと保険会社様と話し合って、お互いに良い道を選ぶことにしました』…嘘言うんじゃないっての」


一同「あはは」


島谷「嘘つきですねー?昨年の五月だったでしょうか、アメリカからカトラーっていうオバサンがやって来まして、この人はUSTR、アメリカ通商代表部の次席代表かなんかなんですが、この人が何しに日本に来たかというと、当時日本側の日本郵政社長は独自にガン保険に進出したいと思ってたんですが、それを潰しに来たんですねー。

で、その時の大手新聞社の一面に載ってましたが、そこになんて書いてあったかというと、

『今協議中のFTAを前提として、えー…”配慮する”』

ということなんですが、これまた全くの嘘です。

僕が取材した限りでは、カトラーと、日本側の郵政社長、それから外務省の高官、それと総務省の高官が膝を突き合わしたんですが、この時にカトラーオバサンがギシギシと攻めまくりまして、

『それでは”凍結”と良いことでどうでしょう?』

という話になった、これは永田町で知らぬものなど無い事実であります。

何が言いたいかというと、今回もその様な圧力を掛けられて、とうとう屈して受け入れることになったって話です。つまりですね、まだFTAの本交渉の前の時点で既に、日米の関係の元、事前協議でですね、めちゃくちゃ負けてるわけですよ。

今の首相、まぁ先生や僕たちともそれなりに付き合いのある方ですが、彼がなんて言ったか、

『日本には外交力があるから大丈夫です』

って言ったんですね。なんか…僕の個人的な気持ちを述べれば、言ってることが全然違う…総理には今すぐにでも退陣してくれって言いたいところなんですが、それは今は置いときます。取り敢えずはこれで…」


義一「あはは。はい、ありがとうございました。では武史…あ、いや、中山さん、お願いします」


武史「ふふ…あ、はい、中山です。えー…私は京都の片田舎でひっそりと暮らしておったのですが、ひょんなことから…そう、ここにおられる編集長様に触発されまして、ついついノコノコと出て来てしまったという次第です」


一同「あははは」


武史「で、ですねぇ、今の神谷先生と島谷さんの話に絡むんですが、細かい情報も大事なんですけれど、もう何というかー…”気分”で動いている、その胡散臭さ、その軽薄さ加減が、ズバッと言えば気に入らないんですね。

何が恐ろしいって、政府、財界も皆して賛成していて、政府批判の大好きなマスコミまで、右から左まで足並み揃えて賛成している、この不気味さがとても気持ちが悪いんですね。

で、実際調べてみると、今島谷さんが仰られていたのも含めて話にならないんですが、何でこの”開国”だとか、”改革”だとかっていう中身のないフレーズに騙されるのかなぁと思うわけですよね。

で、話が変わる様ですが、よく『未来に禍根を残すな!』『将来にツケを残すな!』ってな具合な事を良く聞くわけですね。

でもですよ、今回の様な馬鹿げた騒ぎ、いや、これに限らず神谷先生が仰られた様に幾度もこの手の馬鹿騒ぎを続けてきた訳ですが、それを五十年後とかの子孫がこの事について歴史として勉強するんですよ。

我々が幕末明治の開国なんかを勉強した様に。この馬鹿げた内容…これをどうやって将来教えるんだろう?と。

勿論、私も神谷先生やこの雑誌に集う皆さんと同じで、やり方などを含めて明治維新それ自体に対して懐疑的なんですが、それでも、それなりに当時の人間たちというのは、持てる力で死に物狂いで懸命に頑張ってた訳ですよ。

でもここ数十年みたいな、思いつきでチャラけてふざけ通してきた今の時代を過ごしてしまって、それをバトンタッチしてしまう事に対して、同時代人として将来の人間たちに申し訳なくて恥ずかしいのも良いところってのが、まぁ…今の気持ちです」






神谷「まぁ皆さんの言う通りで、何度も言うことも無いとは思いますが、私からは何も付け加える事なんて一つも無いんです。でもまぁ、私が最も大嫌いで軽蔑している”経済学”の問題からあえて入りたいんですけど」


一同「あはは」


神谷「経済学者から財界人まで誤解しているのが、市場というものなんですね。

私はもう今更小難しい本を読むほどの体力も忍耐も無くなってしまってるので、時折思い出した様に漢和辞典を引いたりするんですけれどね、今の中国人はロクでも無いのが多いみたいですけれど、昔の中国人…いや、細かく言うと、あの中国大陸にいた昔の人々は立派だったみたいで、”市場”の”市”って字がありますよね?あれを引いてみると面白いですよ。なんて書いてあるかというと、

『公正な価格で取引される場所』

とあるんですね。

まぁ当たり前の事なんですけれど…良いですか、月に賃金で二十万ほど貰っても、次の月になったらその給料で米も買えない、そうなった途端にどんな企業も勤労組織も崩壊するなどという事は見当がつきますよね?…って、これは確認の為も含めて読者向けに話してるんですが、まぁ一口に言えば”デフレ”って事で、本当はもっと根本的にはデフレのほうが怖いんですが、今はそれは置いといて、勿論マーケット、市場というのは上がり下がりが当然起こるものです。

が、しかし、価格の変化の度合いが、まぁまぁ予測以内、想定範囲内に収まるという、そういう見通しが無ければ、いつ何時風船が破裂する様に機能不全に堕ちる可能性があるわけです。

問題は、ではどうすれば安定する事が出来るのか…?これはマーケット自身ではどうにも出来ない事なんです。

そこで改めて”保護”の問題が出てくるんですね。これは世間に行き渡っている雰囲気ですが、

『え、保護?自由の反対だから悪いんじゃないの?』

と脊髄反射的に反対してきますがね、保護というのは”防衛”と同じ意味なんですよ。

英語で言うと“Defend””Protection”、どちらも英語圏でその様な意味合いでも使われています。

当たり前ですよね。防衛と聞くと、軍事の事ばかりが取り沙汰されますが、国家は国民の生活の安全、安寧、それに安定を考えて舵取りしなければならない…この安定というのは、当然国民生活、つまりは経済、市場も含まれているわけです。

その安定がなければ、昔の中国大陸人が言った様な”公正”な取引なんか出来るわけが無いじゃないですか。

勿論、昔の共産圏の様に雁字搦めがいいだなんて極論を言ってるんでは無いですよ?ただその時代時代の程よいバランスが何処かにあるはずで、自由がいいんだと全部規制を取っ払っちゃうとか、保護が大事だと規制まみれにしちゃうとか、この幼稚な二元論の議論が戦後日本では延々とされてきたわけです。ほとほとウンザリしますね」


一同「うんー…」


神谷「…ふふ。いや、それは置いといて、こんな今まで話した様な事は、初めの方で中山君たちも言ってた事だけれど、ある意味なんの変哲もないコモンセンス、常識的な話ですよね?こんな事は、十九、二十歳を過ぎたくらいになったら常識として分かってなければならない事ですよ」


一同「うんうん」


神谷「…ふふ、もう引退した身だし、良い機会だからと老人の特権として好き勝手に言わせてもらえれば、今回に限らないという事は話しましたが、今までだってそうでしたが、一々議論するのが嫌になっちゃうのがですね、根本的にこの常識というのを失くして既に何十年が過ぎてしまったわけですよ。

そういうことの帰結として、またぞろこんなFTA騒ぎが沸き上がると。

…さて、ちょっと話が変わるけど、今人生における私の唯一の幸せな事というのはですね…孫がいない事なんですよ。

…ふふ、もし孫がいる読者の方がいたら、アレですよ、自分はもう墓に入ってお終いですけれど、やっぱり孫子の世代になった時に、さっきこれも中山君が話していた事と繋がるけれど、今の日本の現状を考えると…背筋が寒くなるし、もっと言えば…往生際が悪くなりますよ。

…って、これまた続けると収拾が付かなくなるからこの辺にしときますがね、今回のも含めてこんな馬鹿げた事を旗揚げてこれまで続けてきたのは、財界の馬鹿者たちですよ。人間も歴史も国家も国民も公共活動も一切考えない、考える脳がない連中…。自分の企業の収益…いや、自分が社長でいる間だけの事しか考えてない様な、利己的なことしか考えない財界人たちが、その場の都合で圧力を掛けて、それをバカな新聞記者が取材して、それを大きく膨らませて報道してるという…ってまぁ、また長々と話してしまいましたが、結論としてはやはりダメでしょうね」


一同「あははは」


義一「そうですねぇ…ふふ、まぁ先ほど神谷先生が言われた通りで、これは負け戦ですよね」


琴音「ん…」


義一「もう多勢に無勢で、マスコミも所謂左派から右派まで諸手を挙げて賛成している訳ですが、政府が賛成して財界が賛成してっていう状況…これを未だ嘗て引っくり返したっていうのは記憶に無いですよ。

でー…これはよく中山さんと話しているんですが、何でそもそも僕が表に立って、しかも経済に関する様な、興味がないというか…ふふ、先生みたいに忌み嫌っていたものに関して声を上げるべく腰を上げなくてはいけないのかと…」


琴音「ふふ」


義一「…ふふ、思うんですよねぇ。僕個人でいえば、僕みたいな何処の馬の骨とも分からない奴が出る前に、肩書き立派な先生がたくさんいらっしゃるんだから、先生方がよろしくお願いしますよぉ…って気持ちがあるんです。

…って愚痴から初めて申し訳ないですが、まぁ何なんでしょうねぇー…。確かにここにおられる中山さん、そして島谷さん、このお二方は綿密に今回の協定の内容について調べられていて、一般の人はそんな時間が無いのもあって知れるはずが無い…無いのは事実なんですが、ここで重要なのは、先ほど先生が言われた”常識”の事なんです」


琴音「うん」


義一「例えばですね、ここにおられるお二方のおっしゃっている、

『今回のFTAと日米関係における国防の問題というのは関係が無い』

という点なんですが、仮に日米の軍事同盟が大事だとしましょう。では今回の協定に参加しないからって、軍事同盟に支障をきたすのかというと、僕はそうは思わない訳ですね。

もし本当に大事にして重要なのだとしたら、アメリカの東アジア戦略において固有の意義があるからしてる訳ですよね?これも常識で考えると簡単でして、もし仮に自分が一国の指導者だとして、自国の軍隊、兵士に対してですね、『農業市場だとか金融市場だとか食い物にしたいから、君たち悪いけど命をかけて、外国なんだけどあの国を守ってやってくれないか?』…こんなの、説得出来る訳ないじゃないですか」


一同「うんうん」


義一「僕も戦後だいぶ経っての生まれなんで、戦争がどんなものだとか詳しく身体的には知らないですけど、常識を持って考えればですよ、命をかけて戦うっていうのは、祖国を守る為だとか、その根底にある祖国に対する愛着、愛国心が無ければ出来ない事な訳ですよ。アメリカ側は勿論口先では言いますよ。

アメリカは日本の事なんか、ここ何十年間変わらずにナメきってますからね。まぁ…そのナメられる原因は百パーセント日本にあり非があるんで、僕はそれについてアメリカに何か言いたい事なんか何も無いんですが…。

それはさておき、

『もし協定を結んでくれれば、軍事同盟をもっと強化してあげるよ』

などと…まぁ僕は、というか、この雑誌に集う方々の共通の認識としては、軍事同盟を強化するのが果たして良いのか?ってところもあるんですが、それはひとまず置いといて、それもあくまで口先であって、これも中山さんが言われた事ですが、アメリカは今までも平気で他国との約束を何度も反故にしてきた”実績”のある国な訳ですよ。それをそんな口車にまんまと乗せられてはいけない」


一同「うん」


義一「で、ですね、話を戻すと、そんな小銭を稼ぎたいからって口実では、一国の指導者は軍人に向かって『死んでくれ』だなんて言えない、こんな事すら想像する事すらが出来なくなっているっていうのは、先生の話ですが、相当に常識というものが痛んでいるんじゃないかと思います。

えぇっと…少し話が逸れますが、これはアメリカ在住の、この雑誌にはお馴染みの佐藤寛治さんからの情報提供で、実際に過去に寄稿して頂いた内容ですが、今の様にアメリカが世界で覇権を握る、これを打ち出したのは世界大戦直後からなんですね。

その当時はどの国も戦争で疲弊していて、アメリカが一国だけ経済的に有利に立っていた訳です。なんせ、当時の世界のGDP、その時の指標はGNPですが、世界の五十パーセントをアメリカ一国が占めていたんです。その国が軍事費を支出して覇権に乗り出そうというのは、まぁ正当か正義か道徳的にどうとかは別にして、よく分かる事ではあるんですね。

しかし、アイゼンハワー大統領…因みに僕、佐藤さんなんかは、戦後のアメリカの大統領で唯一といって良いくらいに好きな人なんですが、彼の時で既に三十パーセント台、石油ショックなどの時のニクソン政権時で三十パーセントを割り、IMFや世界銀行などによると、今既にアメリカの占める世界のGDPシェアというのは十六、七パーセントにまで衰退している訳ですよ。

しかしそれでも今だに世界に覇権をと、”パクス・アメリカーナ”の考えを捨てずにいるんですが、どう考えても昔、GDPシェアが世界の半分だった時に打ち出した政策を、二十パーセントを割ってしまった現在も手放さないという、無理を断行している現状な訳です。

そんな訳で、勿論他の国々はそんなアメリカの内部が矛盾してる事など分かってますから、いくらアメリカが覇権を唱えても内心では相手にしてないんですが、何故か日本一国のみが今だに盲目的にアメリカに追従しているんですねぇ…。

って、何が言いたいかといいますと、そんな衰退してしまっているんですから、いくらFTAに参加しようと何しようと、いざという時にアメリカが日本を助けてくれるはずがないんですね。これも今の話を聞けば、小学生にすら分かる話です。これも常識の問題な訳ですがー…って、先生方はともかく、よく僕自身、常識があるのかと疑われてしまうタチなので、説得力は皆無だと思いますが…」


琴音「…ふふ」


義一「ふふ、んー…コホン、まぁそんな僕ですら分かる様な事が世間が分からないという現状が、イカレてるというのが一つですね。で、ですね、もう一つ言いたいのは、そもそも議論の仕方が気にくわないんですね」


琴音「うん」


義一「今回のFTAの問題というのは農業だけでは無いというのが、ここにおられる中山さん、島谷さん、そして僕の意見なんですが、仮に農業の問題だとしましょう。

農業が自由化によって競争が激化して大変になる訳ですよね?神谷先生も言われた様に、別に単純に競争の場を広げたって、活力も生まれないし良いことなんか一つもない訳ですよ。確かにうまく順応した農家は生き残るかも知れない。でもですよ、非効率な所は潰れて廃業したりする訳ですよね?これも常識で考えれば、そんな事が良い事だなんて思わないはずなんですよ。

だって、色々な計算方法があるんで一概には言えませんが、よく日本の食料自給力が低いだの何だのという訳ですよ。でもですよ、それを片方で言いながら、もう片方では平気で自由化がどうのといってる訳ですよ。

もう…頭がクラクラとするようなフザケタ議論ばかりが繰り返されてきて、そしてまた繰り返されようとしているんですが、また話がそれるようですが、他の国はではどうしているかというと、一つ例にあげたいと思います。

それはフランスです。フランス含めたヨーロッパ諸国というのは、皆さんご存知の通り”EU”という、ある意味グローバリズムをあの域内でやってる訳ですね。人、物、金などが自由に行き交い取引されています。が、しかし、では国ごとで”どっかの国”みたいに何もしないで指を咥えているだけかというと、そうではないんですね。勿論、ヨーロッパと一口に言っても、何十カ国とあの地域には国があるわけで、各国各様の言語、文化、歴史を持っているんです。経済も例外ではなく、今言ったような”インフラ”のもとで、それぞれの経済を運営してる訳ですから、国家間で経済力の差があるわけです。イギリスや、ポーランド、チェコなどの中央ヨーロッパの国々は”賢く”もユーロに加盟はしませんでしたが、フランスは加盟してしまいました。その事によって、他の物価の安い国々から安い物品が入ってくるようになる、当然人々は安いからってそれらの物品を買うようになるんですが、そうすると、地場産業の物だとか食品などが買われなくなってしまい、終いには衰退してしまう。それを恐れた政府は、関税や国境の壁が取り払われた後で、慌てて農家などの第一次産業に対して補助金を、今までも付けてはいたんですが、それ以上に付けるようになりました。

読者の皆さん、それがどの程度だと思われますか?…なんと、一農家の収入の九割近くが補助金だという程なんです。もうここまで来ると、公務員と言っても過言ではないでしょう。因みに僕個人は、農家だとかの第一次産業というのは、国民の胃袋なりなんなりを支える生命維持装置の一つなんですから、公務員化して良いじゃないかと考えます」


一同「うんうん」


義一「まぁでも、こんなことを言うと『お前は共産主義者か』とレッテルを貼られそうですが、それは別にどうでも良いことです。

さて、これもついでですが、アメリカ自体も、それぞれ州ごと、食品ごとに違いますが、大体三十から四十パーセントくらい補助金を出していますが、日本は色々と過去に補助金の事で農家を叩いたりしてきましたが、それでもせいぜい一五、六パーセント程度なんですね。しかも生産量から見ても、言うまでもなく広大な土地で組織的な耕作をしている国と、山ばかりの国土で、数少ない平野を使って細々と営んでいる日本の農家、その両方が競争なんて、そもそも出来るわけが無いのは火を見るよりも明らかです」


一同「うん」


義一「また話が逸れ過ぎたので話を戻すと、非効率な所は淘汰されるでしょう。これは近代経済学の考えからすると、肯定されます。”自己責任”だとか何だとかと言って。過剰な競争によって外食産業にも皺寄せがきて、コストカットするために失業者も増えると。

自由が大事だ規制緩和だとかでタクシー業界なんか酷い事になりましたよね?要は新規参入が無駄に増えて飽和状態になるわけです。一応企業が増えるので就職が出来ると、失業した人々がそのような労働市場になだれ込むわけですが、今のようなデフレ化において、そのような労働者が増えると、勿論今あるパイを皆で分け合うって事で、賃金はますます下がっていく、つまりはデフレ化が進行していくわけです。

要は、このような無思慮に自由化だ規制緩和だと進めれば、国民全体で不幸になるわけですよ。で、ですね…少し話しすぎで悪いですが…」


一同「ふふ、どうぞ」


義一「ふふ、すみません…。

また一つ気に食わない点を言わせて頂くとですね、そのー…日本人一般、取り分けですね、製造業、輸出企業…つまりは外資ですね、その労働者、勤労者の方々ってですよ、単純に言えば農業を犠牲にすれば輸出が伸びるかも知れないって思ってるわけですよ。

つまり、他人が苦しんで痛みを伴って自分が楽できると考えてるわけですよね?これって、ここ二十年ばかり続けてきた構造改革の思想の延長線上にあるわけですよ。何でもかんでも既存の規制分野を悪者に仕立てて、皆してそれらをぶっ叩く…」


一同「…」


義一「土建屋が悪いだとか、公共事業はもういらないんだとか、具体例を挙げればキリがないくらいにあります。『誰かが甘い蜜を吸ってる”かも知れない”』

そんな自分で本気で調べたわけでも無いくせに、周囲の、世間の空気に流されてまんまと乗っかって、それによって叩かれた側に失業者が出て路頭に迷う人々が出ても、

『企業努力が足りなかったんだ』

『効率性が低いから淘汰されて当然なんだ』

『非効率な奴らはただの邪魔者。足を引っ張るだけのものは排除しなくちゃ』

って、こんな論理で今まで来たわけですよね?」


琴音「うん…」


義一「これはまず道徳の問題からして不道徳なんですけど、それ以前にですね、そんな事をやり続けると必ず”報い”が来るんですよ。つまり”デフレ”。

会社自体もそうなんですが、今回のような農業などの第一次産業を犠牲にして自分が楽になりたいが為にFTAに賛成したような勤労者たちは、実際には日本国内で生活してるわけで、デフレの影響をモロに受けて、賃金は下がる一方、次に今回のFTA 話の流れで沸き上がって来た議論ですが移民を入れようって話、移民が入ってくれば、そのように自由だ規制緩和だとかを賛成した人々は、その移民たちに職を奪われ、賃金もますます下げられ、貧困を深めていくと言うのは目に見えてるわけです。だから…他人を潰して、自分だけ楽になろうとした報いは必ず来るんですよ」


琴音「うんうん」


義一「こんな事を言うのはアレですが…ザマァみろと。

つまりこれも常識の問題で、こんなゲスな考えをしてはいけないって昔はそんなの当たり前のこととして周知されていたはずなんですが、『そんな古臭い考えは嫌だ』っていう風な子供っぽい、堪え性のない幼稚な、体ばかりが大きくなって歳だけ無駄に食っている大人たちが、こんなフザケタ事を恥もなくのたまうのが今の現状です。

もっと言えばですよ、何で…何でたかが非効率ってだけで淘汰されて路頭に迷わなくてはいけないんだと。オカシイでしょうと」


琴音「うんうん」


義一「読者の皆さんだって、周りを見渡せば言うまでもなく皆働いてるのが分かるでしょう。けれど、デフレで色々とあるし、能力の問題もあるから一生懸命に働いたって効率性なんか上がらないですよ。非効率だけれども、マジメに働いて家族を養って生活してるわけですよ。

繰り返しますけど…何でそんな人らが路頭に迷わなければいけないんだと」


琴音「うんうん!」


義一「おそらく僕の今の、今までの発言は、この雑誌の読者の方々には受け入れてくれるものと信じてますが、反論してこない事をいいことに、このような論理で立場の弱い誰かを叩き続けてきたわけです。

オカシイでしょうと。…って、これ以上話すとまた長くなってしまうので、これくらいにしておきます」


浜岡「あはは、ありがとうございました」




島谷「あははは、いやぁー、流石義一くん…いや、編集長というか、本当に心に染み渡るような演説を聞かせて頂きました。

…あははは。えぇっとー…そうですね、僕からはそうだなぁ…、今の発言を受けて、それに僕なりに具体例をまた付け加えさせて頂くって体で発言させて頂きましょう。

っと、その前に…えぇーっと、あは、我々の間では悪名高い経済”音痴”新聞系雑誌に、何と我らが編集長の出した本についての書評が載っていますんで、それをまず紹介したいと思います。

わざわざ”高名な”経済学者の先生に、こんなにページを割いて評して頂いた、編集長、今の率直な感想をお聞かせくれますか?」


義一「…ふふ、島谷さん?今は僕じゃなくて、あなたの番だと思うんですが?」


島谷「あはは。いやぁ、ほら、僕はジャーナリストでしょ?どうしても野次馬根性があるんでねぇ…。当人は、この記事を読んでどう思ったのか、ぜひ直接聞きたいなって思ったんですよ」


義一「ふふ、人が悪いですねぇ…。まぁ、いいですよ。そうだなぁー…感想ねぇ…んー…まぁ、これは浜岡さんに送られてきた、僕の本に対する批評が書かれている雑誌の中の一つにあったんで、勿論読みはしましたが、多すぎてどれがどうとかまでは覚えていません…ので、今こうして読み返してますが…ふふ、まぁー…この記事に書かれている”大先生”の、僕に対する”お叱り”の言葉を一つ今そのまま引用しますと、

『自由貿易で輸入品の値段が下がったりしたら、それがデフレ圧力になり、ますます深めてしまうという望月氏』

、ふふ、これは勿論僕のことですね。

『望月氏の議論に至っては、デフレと相対価格の変化を混同するものだ。輸入品の価格が下がる事は、消費者の利益であり、”貨幣現象”に過ぎないデフレとは無関係である』

…ふふ、とまぁ、そう書かれていますね」


島谷「あはは。で、編集長、こう書かれているんですが、これにはどう反論しますか?」


義一「んー…ふふ、どう反論…ですか?どう反論って言われても…あまりにも間違い過ぎて、大先生には悪いですけど、その気にもなりませんね」


一同「あはは」


義一「んー…でもまぁ敢えて反論しろって言われるならば…根本的に間違ってるんじゃないですかね?

ええっと…何でしたっけ?…あ、あぁ、勿論安い輸入品がたくさん入ってきたからって、それがデフレの原因だなんて言うつもりは無いんですが、デフレの時に安い物が入ってくると、ますますデフレが進んじゃうって事なんですよね。

そもそも経済には需要と供給の二つのサイドがあるわけですけど、デフレというのは供給過剰の状態の事を指すんですよね。…その経済学における”権威”さんが、あくまで貨幣現象だと言い張りたいみたいですけど」


一同「あはは」


義一「でー…ですね、要は世の人々がお金を使わない、これが需要不足って事で、それによって物が売れずに倉庫にブタ積みになってたりする、これを供給過剰と、簡単に言ってしまえばこういう事で、これがデフレの正体の大きな一側面なわけです。

で、ですよ?こんな物が余って困ってるという社会状態なのに、その時に自由貿易で外からどんどん入ってくるようになったら、ますます物余りになって、それがデフレ圧力に拍車をかける…んー、こんな事は、経済学だなんて事を知らなくても、いや、知らなくて良いんですが、知らなくてもすぐに分かる事ですよね?」


琴音「うんうん」


義一「で、ですね…また別の観点から言いますと、確か最近の経済財政白書にも書かれてましたけど、

『外から安いものがたくさん入ってくると、競争が激化する。そうすると生産性が上がる』

とあるんですね。でー…、デフレというのは今申したように、生産品が過剰になってるって側面があるわけですよね?需要に対して供給が大きいので、ますますその差、いわゆる”デフレギャップ”が広がっていくって事になるわけです。ですから経済白書は自分で

『自由貿易をやると、デフレになる』

と言ってるんですね。これはまぁ今までの話を聞かれた読者の方々なら、すんなりと納得いっていただけると思います」


琴音「うん」


義一「自由貿易をすると、競争が激化すると言いましたが、そうなると当然他社よりも安く商品を提供しようという、そのような競争に入るわけですが、どの会社もまず何を削減するかというと、当然人件費なわけです。もしくは、競争に負けたせいでその会社自体が潰れるとか、そのような事態になると。

失業者が増えますと。また章句品産業に限っていっても、安く済まそうと考えると、高い国産のを使うよりも、安い輸入品を使うようになるんで、それで国内の農家なども打撃を受けて、失業するなり自主的に辞めるようになってしまうと。

で、失業者は当然ロクに消費が出来ませんから、今まで関係ないと思われていた、思っていた他分野の企業にまで影響が及び、遅かれ早かれ同じような事態に追い込まれると。

先程の、えぇっと…名前は知らないですが、ナントカって大先生は、『消費者の利益になる』だとか何とか”ほざかれて”ましたが」


琴音「ふふ」


義一「今までの単純な論理から考えてみても、中長期的には利益になるどころか、不利益、悪影響にしかなってない事がお分かりになられたと思います。

当たり前ですよね?だって…経済、世の中というのは全てが繋がっていて、例外など一つもないんですから。これも、普段生活していれば、肌感覚で分かる、もしくは神谷先生の言葉を借りれば、分かってなくちゃいけない常識ですよ。消費者というのは労働者でもあるわけですから」


武史「フォーディズムだな。自動車会社のフォードの創業者、その名もヘンリー・フォード。

この人は自分の社員たちの給料をなるべく下げないように、むしろ上げるようにしていた訳だが、それを見た周りが

『何でそんなに社員達に給料を配ってるんだ?人件費は下げた方が会社の利益になるじゃないか?』

と言うんだが、それに対してフォードはこう返すんだ。

『勿論短期的に見れば、コストになるかも知れないが、キチンと平均以上の給与を与えれば、この社員達が今度は消費者側に回って、我が社の車を購入するかも知れないだろう?』とね」

琴音「なるほどー」


義一「ふふ、そう。今中山さんが良い具体例を述べてくれたけど、それを今の日本…いや、何も日本に限った事じゃないけど、社員を今や”人材”つまり、”材料”や”資材”程度にしか見てない、コストとしか見てないような、少なくとも大企業はそういう考えに染まってしまっていますね」


浜岡「グローバル人材とかね?」


神谷「グローバル人材ねぇ。

グローバル人材…普段もうテレビも何も見なくなってしまった私ですら、よくこの様な話を聞く様になったけれど…今の日本は、ありとあらゆる価値観を喪失してしまっていますが、それで最後に行き着いた価値観が”グローバル”…。

ふふ、悪い冗談を言う様ですが、そもそもグローバルというのは、”グローブ”、つまり地球、球形の意味でしかないんですが、要は今の日本人の最後の価値観は『地球人になりたい』っていうんですからねぇ」


一同「あはは」


武史「色んな大学でも今うるさいですよ。グローバル何々学科だとか」


義一「ふふ、たけ…中山さん、あなたの所の大学も、格式のある歴史ある旧帝大というのに、なんかその風潮があるみたいじゃないですか?」


武史「はぁー…そうなんだ…あ、そうなんですよ。『グローバル人材を育成する、グローバル大学を目指す』だなんてホザ…あ、いや、”ほざかれてる”んだから」


琴音「ふふ」


神谷「そもそも”人材”だなんて無粋な言葉…琴音ちゃん?」


琴音「ふふ…え、あ、はい?」


神谷「今世間では、人材活用の一環として”女性活用”だとかそんな話で盛り上がってるんだけど、これについてはどう思うかな?」


琴音「…え?ん、んー…そ、そうですねぇ…も、勿論、私はまだ社会に出る様な年齢ではなく、むしろまだ守られている側ではありますが、それでも、そんな私でも、皆さんの話ではないですが、この議論の持っていかれ方、その仕方に大きな違和感を覚えます。

それはもう単純と言いますか、今までの議論で散々出てきたことですけど、”人材”だとか、”活用”…私もよく普段からテレビや雑誌、もっと言えばネットすらよく見ないんですけれど、それでも耳に入ってくるのは、活用って言われて、世の女性達は、本心からかどうかはともかく、喜んでいるって話なんです」


神谷「うん」


琴音「これは…正直驚くと同時に…引きました。同じ女として。

だって…”活用”ですよ?まず私が思ったのは、

『何でそんなに上から言われなければならないんだ?』

って事だったんです。だってそうですよね?

『活用してやる』

って、主に男側から言われてるんですから。何なんですかね…?世の女達は、口では

『今まで男に差別されてきた。下に見られて見くびられてきた。これからは男女平等でなくてはいけない』

などと言うくせに、それで代わりに何を出だすかと思えば、大昔からあった”男の社会”に入りたいが為に、わざわざ自分を”人間”ではなく、ただの物か道具程度に卑下して、

『どうかお願いですから、私たちを使ってください』

って頼み込んでるのが、今の現状な訳です。

…んー、こう言うと、本人達からは違うと反論されそうですが、少なくとも私にはそう見えます。というか…そうとしか見えません」


義一「琴音ちゃん、今君が言った事には大賛成だよ。えぇっと…”奴”って漢字がありますよね?これも読者の皆さん向けに話すんですが、”奴”…この漢字というのは辞書を引くと『人を卑しめていうとき、無遠慮にいうときに用いる』とあります。もしくは、『奴隷の様に地位の低いさま。能力の劣ったさま』とあったり、『女性が自分をへりくだっていう言葉』とあります」


琴音「うん」


義一「で、ですね、そもそも元々はと言うと、この字は”女”と”又”の二つに分けられるわけですが、これが何を意味してるか?それは…『手で労働する女の奴隷』って事なんです」


琴音「うん」


義一「ふふ、もうお分かりでしょう?

つまりですね…ふふ、今この場には女性が一人しかいないんですが、その彼女が自分の口でズバッと言ってのけてくれたので言いやすいんですが、そもそも昔の女性というのは、自分から男の社会である”仕事”、外に出て仕事するというのを卑しいものと認識していたって事なんですね。だってそうでしょう?読んで字の如くで」


琴音「うんうん」


義一「ふふ、ありがとう。またこうして彼女が力強く同意してくれたので、また話し易いのですが、今では死語になってしまってますが、ついこないだ、数十年前までよく奥様同士で話されてたはずですよ。

『全くウチの亭主ときたら、仕事仕事ってこればかりなんだから。そんなに外で仕事をしてる、それだけで偉いのかしらねぇ?全く…家事しかしないって主婦を馬鹿にしてるんだから。誰が家を守ってると思ってるのかしらね?私がいなければ何も出来ないくせに』と」

神谷「あははは、そうだねぇ。

今時、まぁ世の風潮のせいもあるんだろうけれど、そんな”常識”的な事を言う女性も少なくなったねぇ…。

まぁ琴音ちゃん、そして勇気を持って話してくれた義一くんに乗っかる様だけれど、年寄りの特権を乱用させてもらって、それに沿う形で一つ、ある人の言葉を思い出したから述べさせて貰うね?」


琴音「…ふふ」


神谷「これは勿論、義一くん、それに武史くんなど他の皆も知ってる話だけれど…私の好きな人でチェスタートンっていう、十九世紀から二十世紀にかけて活躍した、推理小説家にして偉大な保守思想家がいるけれども、こんな事を言ってたね。

『今の女性たち、主に男たちが沢山いる会社などの中で働いている、いわゆるOLたちというのは、どこか家事をしている専業主婦をしている女性たちを見下しているフシがある。”何さ、あの主婦という連中は。毎日毎日家事をしてるだけで、同じ事を繰り返してさ。よく飽きないものだね”

と。それが見下す一つの点らしいが、私の考えは全く違う。主婦の方々は活力がないから同じ事を繰り返しているのでは無い。活力が有り余ってるから、倦む事なく毎日同じ事を繰り返せるのだ』」


琴音「うんうん」


神谷「『子供を見てみればいい。子供というのは、毎日毎日同じ遊びを何度も繰り返しても、それでも飽きずに明るくはしゃいで見せているではないか。子供は活力が当然、一般的な大人たちなんかよりも有り余ってるから、ああして何度も同じ事を繰り返せるのだ。それに引き換え、大人になった男ども、それに最近では”男の真似事”に精出している女性たちはどうだ?活力を失ってるが為に、どこか刺激が無いと落ち着かないというので、家の中に留まる事が出来ずに、仕事と称して新奇なもの、退屈を紛らわせてくれるものを求めてさまよい歩いているではないか?これが果たして、子供、主婦と比べて優れているだなんて言えるのだろうか?』とね」


琴音「うんうん!」


島谷「でも先生、その主婦の方々もすっかり様変わりしてしまったというか、自信を喪失してしまってる様で、ここ最近ずっと出ている事なんですが、主婦たちに自信を持たせる為に、何と、家事というのが時給に換算するといくらなるかだなんて指標を出してたりしてるんですよ」


一同「へぇ」


武史「はぁ、やれやれ…。そんな無粋な事をやるなんてねぇ…。これでまた、主婦から目に見えた表立った反発が無いっていうのが、もう…イかれてますね」


一同「あははは」






義一「…さて、話を戻して、まぁ付け足すこともこれと言ってないんですが…さっきの雑誌の中で、何で自由貿易を進めても、デフレ圧力にはならないって言ってるんでしたっけ?そのー…誰だっけ?」


一同「あははは」


琴音「ふふ」


島谷「あはは。デフレと相対価格の変化を混同してると。デフレと市場競争は別なんだって言ってるんですねぇ」


義一「ふふ。でも、今説明した…というか、整理した様に、どこが別なんだか分かりませんよねぇ?」


琴音「ふふ、うん」


武史「そいつの中では別かも知れないけれど、世の中では一緒何だけれど…あ、すみません」


琴音「ふふ」


義一「ふふ。まぁでもー…分かりませんよ?”そいつ”さんは経済学者の大先生で、僕はただの人ですから」


琴音「ふふ」


義一「僕は経済学の事なんてよく知らないですし…。ふふ、もしくはー…もしその先生が経済学では正しいのだとしたら、そもそも経済学自体が間違っているのでしょう」






義一「せっかくこの場に島谷さんがいらっしゃるので、先ほどチラッと触れておられた、アフラックの話をもう少し詳しく聞きたいなと思うのですけれど…」


島谷「あはは!はい」


義一「あれはー…ヒドい話だと思うんですよね。日本は今回のFTA交渉を上手く取り纏めるためって言い訳をしつつ、アメリカのとの事前協議で既に沢山の分野で譲歩してるんですよね?今回の保険話もその一環な訳ですけれど、アレは元々国が管理していたというのもあって、今だに筆頭株主は日本政府で、要は税金を使って株を持ってるって現状です。

さっき島谷さんがおっしゃってた様に、アメリカ側は新たなガン保険の様なものを日本側が作るのは罷りならんと思っているし、実際に公式に公に

『仮に作ったとしても、日本政府がこれを認可するのは許さない』

と高官が話している訳です。これって…おかしいですよね?主に日本側がって意味ですが…」


島谷「んー…ふふ、そう、今編集長が言われましたけれど、アメリカにとっては何もおかしくないんですね。当たり前ですけれどね。

思い出すのは九四年から九六年に掛けて”日米保険協議”というものがありましたよね?この中で日本側とアメリカ側であるUSTRの担当官とで話し合って、話がまとまりだしたその時、アメリカ最大の保険会社”AIG”の代表が日本に乗り込んできてですね、で、どっかのホテルをワンフロア貸し切ったと言われてますが、貸し切っていきなり指揮をとってですね、ギシギシと日本政府に圧力をかけていったんですね。今までの交渉を後から来たくせにご破算にしてしまったんです。

で、自分たちのやっているガン保険をですね、もう数年独占させてもらう様に要求しまして、それで今日があるわけです。

今回も全く同じ轍を踏んでるんですが、とある国内最大手の経済新聞の記者が

『今回のこのガン保険の話は、FTA交渉に影響があるんでしょうか?』

と聞いたところ、アメリカのUSTR側は

『全くありません。これからも今まで通り日本側の保険なりを含む金融の解放を求めていく』

と答えてるんですね。日本は”これまで通り”ますますガタガタとやられていく事になるかと思います」


義一「いやぁー、具体的なお話をありがとうございました。で、ですね、ついでと言っては何ですが、もう一つ聞きたいことがありましてー…」


島谷「あはは!何でしょう?」


義一「ふふ、それはですねぇ…いや、私たちは普段から付き合いがあるので知ってる、もしくは知ってるつもりなんですが、今こんな事態ですから改めてお聞きしたいと思って聞くのですが…九十年代、バブルが弾けた後ですね、世の中で”グローバルスタンダード”という話が出始めて、もうそこかしこでこの単語が連呼されてました。

そんな風に、右も左も盛り上がっているそんな時に、もうその時に島谷さんは”グローバルスタンダード”に対する批判本を書かれてまして、この胡散臭さについて誰よりも真っ先に書かれていたと思うんです。

で、ですね、遅ればせながら僕や中山さん、まだそんな日が経って無いのもあって、自分たちで言うのは恥ずかしいのですが、そこそこに同意してくれる、その様な本を書いてもキチンと読んでくれる人々が、細々とはいえ増えては来ているのですけど、九十年代の後半というのは、本当に島谷さんと、後はここにおられる中では神谷先生くらいしかそういうことを言ってなかったと思うんですね。

で、ですね、何故島谷さんはそういった問題意識、関心を抱けたんでしょうか?」


島谷「んー…あはは!えぇーっと…ふふ、今編集長が触れられた様に、僕以外にも神谷先生が批判されていたので、僕なんかに聞くよりも先生が話される方が有益だと思いますが…あはは、あ、そうですか?ではお言葉に甘えて…。

んー…しつこい様ですが、そもそも僕は神谷先生との付き合いがもう結構長いので、その間で色々と勉強させて頂いたから問題意識を持てたというのが一つあります。

九十年代どころか、七十年代辺りから、それこそ味方がほとんどいない中で言論を張り続けておられたのは、神谷先生、そしてその周囲の人々のみだったんですね。

ですからその質問に僕が勝手に答えるのは、ちょっと…難しいというのは分かってくださいね?読者の皆さん。…ぷ、あははは!

さて、その上で話させて頂きますが、そうですねぇー…そもそもですね、僕みたいなフリーのジャーナリストに聞くべき質問では無いんですね。たまたま当たったんですよ。

あるビジネス誌からですね

『お前、ちょっと今世間を賑わしているグローバルスタンダードってヤツを、取材してこいや』

と言われましてね、アハ、取材をしたり話を直接聞いたりしたら、なんかー…しつこい様ですけれど、神谷先生との普段の付き合いもあったのかも知れませんが、当時報道されている事とまったく違うなって印象を持ったんです。

それは何故かと言うと、

『この世の中にはグローバルスタンダードってものがあって、それを日本が採用してこなかったから、バブル崩壊後の経済の低迷を招いたんだ。だから今こそグローバルスタンダードを日本社会に取り入れなければならないんだ』

ってな話を、政、官、財と皆して繰り返し一生懸命に言っていました。

読者の皆さん、これは年齢にもよるでしょうが、お忘れかも知れませんが九十八年、正月の大企業の社長による年頭挨拶、その殆どの社長達が『グローバルスタンダードが云々カンヌン…』って喋ってたんですね。…バカみたいでした、ハッキリ言って」


琴音「はぁー…その頃からなんですね…」


島谷「アハ、そうなんだよぉー。んー…で、ですね、この一年後には、このグローバルスタンダードについて、グレン福島っていう日系人でUSTRの中の人によって暴露されまして…和製英語だったんです」


琴音「…え?」


島谷「あはは、つまりグローバルスタンダードっていうのは、全く”グローバル”には通用していない、通用しない考え方だったんです。

で、その後で僕はコレについての本を書き始めたんですが、もう当時はなんでも書けそうな気がしました。…あまりにも胡散臭くて。

えぇー…アメリカというのはですね、それまでですね“de facto”って言われてたんです。まぁこれはラテン語でして、要は”事実”って意味ですが、いわゆるスタンダードを立てないで、実力でどんどん市場を奪っていくのがやり方なんだって言われてきました。

事実…もちろんカッコ付きなんですが、事実の方が勝つからスタンダードなんか立てなくても勝手に規格なんてものなども自然とアメリカ式になっていくんだと、そう考えてたんですね。

ところが、どっかの国みたいに属国よろしく、アメリカのやる事なす事全てに盲目的に従っちゃう島国…まぁ日本の事ですが」


一同「あははは」


島谷「他の国はもう少し立派…というかまともな国なので、なんとかしてそんな事に対して足払いをかけたいというので、ヨーロッパの大陸諸国とイギリスが、独自の共通ルールを作って、

『俺たちが作ったルールに従わなければ、市場に入ってきてはいかんぞ!』

といった事をやろうとしたんです。既にアメリカの一強時代は始まってたんですが、それでも流石のアメリカも頭を散々悩まして、それで結局どうしたかというと…ふふ、

ヨーロッパの、そういう規格を決める機関を次々と乗っ取っていったんです」


琴音「はぁー」


島谷「物凄いやり方ですよね?アメリカというのは、少しでも自分の気にくわない事をする奴がいたり、起きたりした時は、普通なら、道徳的に考えたら出来ないような、普通思いついても実際にはやらないような事を平気でしてきた国なんだと、それを日本の皆さんに紹介したほうがいいと考えて、それで本を書きました。

んー…自分の本ながら、今読み返すのも辛いくらいに舌烈ですけれど、でもまぁ情熱だけはこもっていたと思います」


義一「ふふ、ありがとうございました。いやぁ…いや、もちろん僕も島谷さんのその本を読ませて頂きましたが、そのー…何というか、日本人は本当にそういった”大義名分”に弱い…というか、あまりにも何も考えないままに拙速に飛びついちゃうんですねぇ」


一同「うーん」


義一「”グローバルスタンダード”だとか、”開国”だとか、その意味が何なのかロクに考えないんですねぇ…。

アメリカ…だけでは無いですが、先ほどの中山さんの話にも絡みますが、国際法がどうであろうと、どの国もその時の状況に応じて、何が国益なのかをきちんと考えた上で、平気で今まで取りまとめてきた事も蔑ろにしたりすると…よく言われる”公正”だとか何だとかは気にもしていないというのに、この我が日本だけは、良く言って”お人好し”、普通に言えば何も考えない”ただのバカ”なんですよねぇ…」


琴音「うん…」


義一「好き好んで騙されに行くんですよねぇ…」


武史「いや、本当そうで。私と編集長でしょっちゅう話してる事なんですが…もうズバッといってしまうと、日本人というのは心理的な葛藤というのが一番気持ちが悪いんだと。

アメリカだとか他の国、他者が大義名分を出してきたのにタダ乗りしていれば、頭の片隅で変だと、納得いかない点があったとしても、その他者と対立や軋轢にストレスを感じるよりは、丸損する事が目に見える、国益を損ない未来に禍根を残すのだとしても、飲み込んで信じてしまおう…いや、少なくとも”信じたふり”をしようと。

これを”和”などという、一般的には美徳とされていますが、この言葉で自分のそんな怠惰を誤魔化す…それに躍起になってきたのが、近代の日本人じゃないですかねぇ」


神谷「ふふ、いや、本当にその通りだと思います。

和というのは、表立って言われ出したのは恐らく聖徳太子の”十七条憲法”の第一条、和(やわらぎ)を以て貴しと為し云々の箇所だと思うのですが、これは当時の物部氏と蘇我氏の、神道と仏教を巡っての争いで世が荒れ果てたから、それを是正したいという気持ちの上で出てきてる事で、何も日本人の特質だからどうのという、いわゆる右翼の連中が言ってるような世迷言では無いんですが…って、今こんな事を話したいのではなくて、もしこの”和”が日本の特質で誇るべきものだとしても、その意味内容が示すのが、ただの事なかれ主義だとしたら、そんな”和”を貴ぶなんて考え方は、少なくとも悪習としか思えませんね。

現に、その”和”、事なかれ主義が蔓延しているせいで、今の日本があるんですから」


琴音「うん」


島谷「あはは」


浜岡「まぁ…ただそれは、いわゆる戦後保守、勿論自称保守の方々なんですが、こんな点で余計に”左翼”呼ばわりされるんでしょうね」


一同「あははは」


琴音「ふふ」






島谷「そもそも今回の大義名分、建前が自由貿易って事になっていて、それがさも日本の国益になるかのごとき議論をしてるんですが…そうなのでしょうか?初めてこの話が出てきた時に、加盟によってどれほどのGDP押し上げ率があるのかって話が出ました。

で、それがいくつかというと…結局十年で2兆円しか無いって事が分かりました。これだけ聞くと大きく見えますが、年間にして国民一人当たりで計算すると、一年間にたったの二千円くらいの上乗せ効果しかありません。さて、これはパーセントにすると0.54なんですが…アメリカの方はどうなんでしょう?

日本の計算は、野村総研に所属していた川崎研一という方が試算したんですが、アメリカでもピーターソン研究所というシンクタンクの内部の学者で、ペトリーとプラマーって二人がいるのですが計算しています。で、ですね、その学者が出した指標はどの程度かというと…何と、GDP押し上げ効果が、たったの0.07しか無いんですよ」


琴音「え…?」


島谷「つまり、日本も大して得しませんが、アメリカはもっと得しないんですよ。

まぁ、僕もこの数値を見た時一瞬驚きましたが、考えてみたら当たり前なんです。

何せ、今少なくとも先進国間での関税というのは、もう既に底打ちに近い状態になっていまして、実質自由貿易は完成されてしまってるんですね。

…さて、アメリカはこんな得にならない、儲からない事をわざわざ何故するのか…?これは今回の雑誌の議論の場ではこれ以上話しませんが、これに疑問を感じた読者の方々は、ここにおられる望月編集長、中山さん、そしてついでに僕の本なんかを思考の一つの手段に使って読んでいただいて、考えて見てほしいと思います」


抜粋終わり

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