青天の霹靂

青天の霹靂




 あの日、コンプライアンス課内の定例パワーランチの後、僕は浮かれてみんなとは別に会社に戻った。浮かれた理由は、千早さんの育休が伸びて、結ちゃんの預け先が、保育園から幼稚園に切り替わって、それも二年保育となったのだ。


なんでそんな事情で浮かれているかっていうと、まず千早さんの職場復帰が伸びたことが一番だ。

働きたいという千早さんを止めるつもりはないけれど、退職したいという千早さんを以前の職場が離してくれないのだ。

千早さんの後任となるべく、資格試験受験に臨んだ大森君は見事桜を散らせ、その予備として受験した蓬田君も桜を散らしたのだ。


 お金をかけて、勉強させて会社を挙げて応援していたのに、二人そろって桜散るだったものだから、千早さんの上司が、そろそろ育休切り上げて戻ってこない?と連絡してきたのだ。

千早さんは最後の子育てだから、もっと結ちゃんと一緒に居たいと言っていたのだけれど、恩のある会社なので、この場合は職場復帰もやむを得ないかなと相談されていた。


 正直に言えば、僕の給料でも十分やっていけるし、何よりも千早さんが結ちゃんと一緒に居たいのならそれを優先したいと、僕は思っている。



それに、職場復帰するなら、結ちゃんの預け先を確保せねばならないわけだ。


まず区立の保育園は申請が、昨年の12月ということで、却下。

次に区立の幼稚園は三年保育だと、プレに入っている人が優先されるので、空いている枠が10人と聞いて、そこに結ちゃんを入れてもと僕たちは思った。

結ちゃんは早産の影響か、言いたくはないが千早さんが高齢出産だったためか、標準よりはるかに小さい。

それに産まれてからの三か月検診で、先天性股関節脱臼と診断されて一年近く装具というものをはめていた。

なので、少々運動神経に問題がある。千早さん曰く、少々じゃないわよ、かなりよというけれど、結ちゃんのたどたどしい歩き方は可愛いからいいのだと、僕は思う。


そんなわけなので、三年保育に入れるのはまだ早いと僕は思っている。


けれど、職場復帰のために幼稚園も仕方ないかというのが最近の僕たちの話題だった。


それが、例の資格保持者さんが一年間だけ、こちらに出向してくれることになって、もう一年の猶予ができたのだ。


別支社の資格保持者さんが、旦那さんの転勤に着いてきたいらしい。

なので、旦那さんがこちらで仕事をしている間、千早さんの会社に出向してくれるんだって。


情けは人の為ならず。


本当に千早さんの人徳ってすごいと思う。

その人は結婚前に千早さんが指導してくれたから、資格が取れたと言うことで、千早さんのためならって転勤して来てくれるんだって。



だから、千早さんはまだ結ちゃんと二人で一緒に家で僕が帰ってくるのを待っててくれることになったと、パワーランチ中にメールが来たんだ。


新城さんは、お前今日のランチの議題覚えてっか?とか言うけれど、いくら浮かれていても、ちゃんと覚えている。

社内におけるセクシャルハラスメントの防止と対策だったはず。

まそれは置いておいて、帰りに千早さんと結ちゃんにお土産を買って帰ろうと、みんなと別れて、会社の近くのパティスリーに予約に行ったんだ。



 ちょっと遅くなったけど、去年ようやく断乳出来て、千早さんの食事制限が取れた。

そのパティスリーのケーキが大好物の千早さんは、ずっと我慢していたのを見ていたから、お祝い事のときは必ず僕が買って帰るんだけど、早いうちに予約しないと、帰りにはもう売り切れていることが多々あるんだよね。


だから、せっかく社外に出たのだから、お店でケーキを見て予約したいなって思ったわけ。

みんなと別れて、パティスリーで商品を選んでお金を払って帰りに取りに寄りますと言ってから、会社に戻った。



 会社の入り口付近に人が集まっているなぁと思ったら、受付の田辺さんが急に僕に走り寄ってきて叫んだ。



「私もうこの人とお付き合い始めたから、貴方とは付き合えません」



え?えええ?ええええ?えええええええ?





「千佳、お前は騙されているんだ。お前のことを一番理解しているのは、俺なんだよ」

「宗太、私はもうあんたとなんか付き合えない。私には坂本さんっていうちゃんとした恋人がいるのよ。だからもう帰って」



「千佳。お前が俺のところへ戻ってこないのは、そいつの所為なんだな」


何が起こっているんだか全く訳が分からない。



急にその若い男が、持っていたバックパックを振りかざして、僕に殴りかかって来た。


せめて長物があれば竹刀代わりになったのに、残念なことに僕が持っていたのはコンプラのみんなでおやつに食べようと思っていたクッキーの袋だけだった。

とっさに殴りつけられそうになって、そのバックパックから身を守ったら、ばきってイヤな音が自分の腕からしたんだ。




骨折ってしたことある?


ものすごく痛かった。

思わず屈んでしまうくらい痛かった。

クッキーの袋は落ちてこぼれた。


その音を聞いたのか、受付嬢の田辺さんが叫んだ。


「そのかばん中に何が入っているの?」

屈んだ僕をかばうように、新城さんが駆けつけてきて、そいつからカバンを取り上げた。


酷いよね。

鞄の中にでかめのノートパソコンが入っていて、それがバキバキに壊れていたらしい。



「おい、警察と救急車呼べ」

新城さんが叫んでくれて、駆け付けた警備さんたちがその男を取り押さえて、救急車を呼んでくれた。


僕をかばってくれていた新城さんは、その時にその男から殴られたらしい。


僕は申し訳ないけれど自分のことだけでいっぱいいっぱいで気が付かなった。

救急車が来て、僕と新城さんが怪我人として乗せられて、はじめて僕は新城さんもけがをしたって気が付いたんだ。




その後の診察で、僕の腕は左腕の橈骨と尺骨がパキリと折れていることがわかった。

結局早く直すには手術が一番ということで、入院することになったのだけれど、駆け付けた千早さんと結ちゃんは泣きそうだったし、秀君と澪ちゃんもすごく心配してくれた。

新城さんも頭を殴られたので、一日入院して検査が必要とのことだった。



「無事でよかった、すごく心配した」

泣いている千早さんを見て、僕は猛烈にあの男が許せなくなった。

僕の千早さんを泣かせるなんて、絶対許さないって思った。


その後、警察が来て、あの男を暴行罪で拘留したって聞いたから、最終的には会社判断だけど、僕は被害届を出すことに決めた。



警察の話では、あの受付の田辺千佳さんと以前付き合っていた男で、無職になったので別れたところストーカーになったらしい。


勤務先まで押しかけてきて、騒動を引き起こしたのだから、田辺さんも被害者だろうけれど会社的におとがめなしでは済まないだろうというのが、新城さんの見立てだった。




僕は入院も手術も初めてではないので、それは気にならなかったけれど、問題は取りに行くはずだったケーキだ。

秀君と澪ちゃんに、こっそりとパティスリーにケーキの予約をしてあるので帰りに取りに行ってほしいと頼んだら、すぐに引き受けてくれたけれど、千早さんはケーキより身体の方が大事でしょうとまた泣いていた。


千早さんを泣かせたくないんだけどなぁ。



ちょうど僕の腕の大きさに会う金具が無かったことで、五日後に手術が決まった。

本来は完全看護なので、付き添いは要らないんだけど、千早さんがどうしてもと言って手術の前後二日間付き添ってくれることになった。

結ちゃんは?と聞くと、秀君と澪ちゃんが預かってくれるという。


本当に頼りになるいい子たちだと思う。



翌日退院した新城さんが、またすぐに病院に来た。

どこか急に具合が悪くなったのかと思ったら、トラブルを引っ提げて来たんだ。



どうやらあの男は某国会議員の三番目の息子だという事だった。

今回の件で、あの事件当日の夜に、会社に弁護士がやってきて、示談にしてほしいと言ったんだってさ。

会社としては痴話げんかの末の傷害事件とみなされていたから、一応警察を呼んでしまった以上引っ込みがつかなくなっていて、訴えたけれど、うちの業界的にその国会議員を敵に回すのは得策ではないようだった。


なので、被害者たちが納得すれば示談として、被害届を取り下げる方向に舵を切ったらしい。



僕は、千早さんを泣かせたから、徹底的にやってやるって思ったんだけど、その結果千早さんや結ちゃんが新たなるターゲットになるはまずいんじゃないかなって、将哉君に言われたことが結構ずんと刺さった。



それに智君が言っていたけれど、公権力よりもあの手の議員さんたちの人脈は結構深いから、そっちから世間に出せないようにしてもらうのもありなんじゃないかって言われたことも考えた。




結局僕と新城さんは、莫大な慰謝料と治療費を払ってもらう事と彼を世間に出さないことにした。

それから僕と新城さんの家族を含むすべての人との接触禁止も、誓約してもらった。

弁護士さんが言うには、彼は山の中の鉄格子付きの病院に入れられて、この先外には出られないらしい。

ホントかよって思う。



あの受付の田辺さんも会社を辞めた。

実家のご両親が飛んできて、親族の家に嫁ぐことになったらしい。

本人は嫌がっていたって、コンプラの女性社員がお見舞いに来たときに言っていたけれど、確かにまだ若いのにバツイチ本家長男40代男性じゃあね。

それにその人には成人近い子供さんが四人いるらしい。



あれ?

どっかで聞いたことがあるような気がする。



あ、うちだ。



じゃ、田辺さんにもご褒美かもしれないね。



手術前の夜、千早さんがすごく優しかった。


実は弁護士さんとの示談の後、僕は個室に移動することになった。

バストイレ冷蔵庫と応接セットのついた超豪華個室。

無駄だと思っていたけれど、千早さんと二人で過ごせるなら無駄じゃなかったね。



手術前に看護師さんが、腕を濡らさなければシャワー使用も許可出ていますよって言ってくれた。


 千早さんが僕をシャワールームでいろいろしてくれたんだ。


色々って何って、色々はいろいろだよ。


人目があるからって、千早さんはショーパンにTシャツだったけれど、手と口で僕を満足させてくれたんだ。

それに濡れたTシャツが千早さんの身体に張り付いて、すごく色っぽかった。



普段は結ちゃんが居るから、割と短時間で済ませられていたんだけど、今回はたっぷり時間を取れたしね。





秀君と澪ちゃんには別口でお礼をしたいくらいだったよ。




それに手術のリハビリで細かいものをつまむとか、撫でるっていうのがあるんだけど、もちろん千早さんにも協力して貰ったんだ。


え?

どんな協力?

それは千早さんのいろんなトコをつまんだり撫でたりだよ。

わかるでしょ?






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運命の恋人 @N-nakagawa

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