第18話 秀ちゃんの恋


 俺は年頃の男として少々問題がある。

 自分でもわかっているし、周りもそんなことを言っている。


 誰に告白されても付き合わないし、誰かに告白して付き合うことがあるわけでもないからだ。


 でも考えてほしい。


 小学生の頃に自分の父親が(四児の父親だぞ)運命の恋人に逢ったので一緒になりたいという、まるで脳が腐ったようなことを言い放って、自分の妻と子供四人を捨てた。

 小さい頃は普通にお父さんって懐いていたけれど、上の姉弟から真実を知らされて、それでも懐いていたらバカだろ?

 問題はそんな腐ったことを言う男と血縁だと言うことだ。

 自分は大丈夫だと思いたいけれど、いつそんな馬鹿な遺伝子が火を噴くかと思えば、恋愛なんて及び腰になるに決まっている。


 確かに、友達とアイドルのあの子が良いとか、クラスの女子の誰それは可愛いとか、あの子は優しいねとは言うよ?

 でも、それと誰かと付き合うとかはまた別の話だ。


 兄はあの離婚騒ぎのときに俺より多少大きかった所為か、それとも長姉の教育が良かった所為か、大学に入ってからそれなりに彼女なんか出来ちゃって、そこそこの付き合いをしていた。


 長男としては、あろうことかその彼女との結婚を視野に入れたらしく、こちらには戻ってこない宣言までかましてくれたけれどな。


 長姉も結婚して、兄も自分の人生を歩いていくとなれば、おのずと自分だってこの先を考えるものだろう?

 双子の片割れの澪は、考えているのか考えていないのかわからないけれど、女である以上社会制度上婿を取るよりは嫁に行く可能性が高いと思う。

 あいつも、結婚出来ればいいんだけどな。



 俺は姉や兄がそれぞれの人生を歩くなら、いずれ一人残る母親のそばにいていつか母の老後の面倒を見ることになるのかなと思っていた。

 親が一人で暮らしていくなら、誰かがそばに居ないといけないことも多いと聞くしね。

 だから、今は地方に出ているけれど、都内のそれなりに名の知れた大学を出て就職をして母親の面倒を見ようと思っていた。


 そんな俺だから、女の子に告白されても、心が動かなかった。

 だってもし、その子のことが好きになって、兄のように家から離れた場所で生きていく選択をしなければならないと思うと、今ここで選ぶことじゃないんじゃないかと思ってしまうのだ。



 そんな俺の前に背の高い男が現れた。

坂本知大という、オヤジより若い男だ。

 母の恋人だという。



 親の恋愛なんてびっくりだよ。

 うちの親の離婚事情は聞いていたし、自分の父親は最低だと思うけれど、母親はいつだって俺たちのために仕事して、俺たちを育ててくれていたから、女性というよりも、母親と言う生き物だと思っていた。


 けれどね、離婚の後、時々一人で泣いている姿も見ているし、自分だっていつまでも子供じゃないから、母親が幸せになる事を邪魔するつもりはないんだ。

 それに、恋人はいつか別れるかもしれないけれど、子供はいつまでたっても子供だろう?

 その恋人がいなくなって一人になったとしたら、やっぱり面倒を見るのは俺かなぁと思っていたんだ。



 それなのに、母親が妊娠して再婚すると聞いてまぁ驚いたけれどね。



 でも、それを聞いて心のどこかで、母親に縛られなくも良いんだと思う反面、自分の存在価値が無くなったような気もしたんだ。



 口ではおめでとうとか、母をよろしくと言いながら、心の内では二人の俺がせめぎあっていた。

 表には出せないけれどね。




 進路を考える時期に、母親が言った。



「ねぇ、秀。親に縛られることないのよ?あなたとお父さんは別人格だし、私は私で何とか生きていけるわ。知君が居なくても結ちゃんが居なくても、あなたの人生のお荷物になる気はなかったのよ。

 あなた、次男にしては真面目だから親の面倒見なければとか考えていたでしょ。

 親はね、子供が一番したいように自分の人生を歩いてくれればそれでいいの。

 秀が、私と一緒に居たいっていうならそれはそれでいいけれど、責任感で一緒に居て貰っても、私は幸せじゃないのよ。私の幸せは、舞たちや智も秀も澪も、自分たちが望む人生を生きてほしいの。お父さんのことは、まぁね、やっぱりあれが親だと思うと引いちゃうだろうけれど、あれはあれでいい勉強になった訳だしね」


「母さんは、知大さんが居るからそんなこと言っているんじゃないの?」

面倒を見てくれる人が見つかったから、お役御免になったと俺は思っていた。



「知君も、今は私のことが好きだって言ってべったりだけど、他で運命の恋人に逢うかもしれないじゃない?人の気持ちは縛り付けることはできないのよ。だからそんなことになったら、私も戦うつもりだけれど、若いお嬢さんに負けちゃったらそれはそれで仕方ないとあきらめるつもりよ。でも、今は結ちゃんもいるから、ただで負けるわけにはいかないけれどね」



「秀。せっかく生まれてきたのだから、秀の人生を楽しんでね」



「自分の幸せを願うなら、どこか遠くの大学だって選べるのよ。もちろん学力も必要だから、頑張って自分の人生を考えてね」





「お父さんとは離婚することになったけれど、私はお父さんと結婚できてよかったと思っているのよ。だって、舞や智や秀と澪を産むことができたし。私ね、双子だねって言われたとき、すごく嬉しかったのよ。私は秀を産んでよかったと思うし、秀が居てくれてとても助かっていることもあるの。澪はあの性格でしょ?秀が居なかったらどんなことになっていたかと思うと、身が震えるわ」

 と笑って言った。



 自分が生まれてきてくれて嬉しかったと母親が言った。

 自分が生まれてきたことが、助かったと言ってくれた。

 そして自分の人生は自分で楽しむために生きて行けと言ってくれた。



 自分の心の中の澱である自分の父親のことも、結婚できてよかったと言ってくれた。

 もちろんその結果が自分たちを産めたことだという。





 母親の言葉が自分の心にしみこんでくる。





 母さん、俺はあなたの子どもに生まれてこれたことを幸せだと思います。





 そして都内の大学に進学した。

 澪まで同じ大学になったことは、どこまで面倒見ないといけないのかなとちょっとだけ思ったけどね。






 大学二年のときに、知大さんが入院した。

 腕を折ったので、手術が必要だという事だった。

 手術日とその翌日は付き添いたいと言うことで、俺と澪で結の面倒を見ることになった。


 初日は澪がガッコを休んで面倒を見た。

 一日中結と一緒で楽しかったと、澪は言っていた。

 でも夜になると、結はまだ三歳で寝る前とかになるとママ、ママと泣いていたけれど、澪が明日一日秀ちゃんと一緒に居れば夜には帰ってくるよと言い聞かせて寝かせていた。

 翌日は俺の講義が少ないことで、俺が大学を休んで結と家に残ることになっていたのだ。


 朝、澪が大学に行く時、うちの玄関で結とまたしばしの別れを惜しんでいたけれど、時間だというと駅まで走って行った。



 結は機嫌よく、俺の作った朝ごはんというか幼児食を食べていた。

 俺には理解できないが、なぜあのくたくたになった野菜とかちびっちゃいハンバーグとかを結は嬉しそうに食べていく。

「ちゅーちゃ、おいちいねぇ」


「それは良かった」

 結は可愛い。

 小さいからかわいいのか、結だからかわいいのか、それとも俺の妹だからかわいいのか。


 ちっちゃな手で、子供用のフォークを握りしめて食べているけれど、どっちかっていうと手で食べている方が多くないか?



「結、コーンスープ飲むか?」

「のむ」

 俺はインスタントのカップスープを作り、結用のマグに少し分け入れて牛乳を足して冷ました。

 くるくるとスプーンでマグをかき混ぜていると、その様子を見て結が笑う。


「くるくる、たのちい」



「ほら冷めた。こぼさないように気をつけてな」

「うん」



 時間はかかるけれど、結は自分でご飯を食べきった。


「ごちちょーだま」



「はいお粗末さまでした」


 幼児用の椅子に座っている結の顔と手を濡れたタオルで拭いて、椅子から降ろす。

 エプロンと濡れタオルをまとめて、食器を流しに下げたら、結を呼ぶ。


「ゆーい。お口くちゅくちゅするぞ」


「はーい」



 洗面台に連れて行って、手を洗ってから歯ブラシを咥えさせて、自分でやらせる。


 ほとんどできないんだけど、自分でやることに意義があるらしい。

 その後、歯ブラシとコップとタオルをもって、居間に移動する。

 畳の上に座ると、俺の膝の上に結が寝転ぶ。

「あーん」

「はいはい」



 小さい口の中にいくつか生えてきている小さい乳歯。

 子供用の小さい歯ブラシで,しゃこしゃことみがき残しをみがく。

 俺たちが小さい頃、澪が歯磨きが嫌いで、しゃしゃと磨くともういいと言って逃げて行った。

 長姉が澪を捕まえては、足で羽交い絞めにして、無理やり口を開けて磨いていたっけなぁ。

 それに比べれは、結はとってもいい子だ。


 再び、二人で洗面台に戻って口をゆすがせて、タオルで拭く。



 子供を育てるって本当に手間暇がかかるもんだと、今更ながらに感謝する。

 結は一人だけど、俺たちは二人同時だからな。

 家族には感謝だ。

 オヤジは別だけど。


 その後着替えて、今日は何しようかと結を膝にのせて、幼児番組を見ていた。


 普通の家庭の主婦なら、ここで食器洗ったり、洗濯したり、掃除したりになるのだろうけれど、しょせん臨時のベビーシッターは結が怪我をしないように見ていればいいだけなので楽だと思う。




「きょーねぇ、ちぃちぃのとこいってぇ、公園いく」

「ちぃちぃって?」

「わんわん、あかちゃんあの」

「隣のマサヨの赤ちゃん?」

「そー、まーちゃんのあかちゃんあの」

 隣の犬でさえ子供を産んでいるのに、俺はまだ一人かよと笑う。

「わかった。マサヨんとこ行ってから公園な」



 幼児の行動範囲はどのくらいの広さなのかな。

 とりあえず、いつもお世話になっているお隣さんの飼い犬のところに出張るわけねと笑う。



 支度が済んで、家の戸締りをしている時に俺のスマフォが鳴った。



「なんだ澪か?」

「秀お願いがあるの。私の机の上に緑色のファイルがあるんだけど、お昼までにガッコに持って来てくれる?」

「また忘れたのか。仕方ねぇなぁ」

「助かる、秀大好き」

「こんな時ばっかだよなぁ」


 忘れ物を届けることになったので、結にわんわんはあとでなと言って、二人で大学に行くことにした。

 多分帰りは寝ちゃうかもと思って、ボディバッグにスリングを入れた。

 結が生まれて初めて知ったけれど、このスリングって結構便利だ。

 結は小さいので、三歳でも十分これで対応できる。

 それに二十歳の男子大学生でも、無理なく使える。

 あの抱っこひもとかベビーカーとかは恥ずかしくていやだ。

 知大さんは、嬉々として抱っこひもで結を抱っこして母さんと買い物に行ったり、ベビーカーを押して出かけたりするのを、尊敬の目で見ている。

 自分の子どもだったらまた違うのかな?



「結、電車に乗るからこれ背負って」



 結に羽の形のハーネスをつける。

 人はいろいろ言うけれど、電車に乗ったり、道路を歩くときにこれはかなり大事なものだと思う。

 結は他の子どもに比べてもかなり大人しい部類に入るとは知っている。

 春哉なんて、飛び出すわ勝手に走り出すわで、かなり足腰を鍛えられた。

 あの子供の瞬発力ってすごいと思う。

 おかげでサッカーが得意になったとは言いすぎだけどな。

 でも、長姉がアレを持ち出してくれた時は、なんていいものがあるんだと思ったよ。


 結も電車に乗ったりするときは付けるように言われているので、きちんと自分で手を通す。

 胸の前でジョイントをかちりと嵌めて、後ろの羽の上部にあるファスナーを開けて、リードのひもを取り出して、俺のベルトのポーチにつける。

 以前、スーパーに行ったとき、買い物用のカートに結を乗せて、澪と母親とで買い物をしていたら、見知らぬ人がいきなり結を抱き上げ逃げようとしたらしい。

 すぐ後ろに居た知大さんが、すかさず結を取り返したけれど、相手の男性の言い分が、あまりにもかわいい子供だったから抱っこしたかったというので、怒った知大さんが警察沙汰にしたらしい。

 あれ以来、必ず誰かの服につなげるようにと言われている。



 駅までの道を結とのんびり歩く。



 わずか500メートルくらいの距離なのに、あっちに猫がいるとか、こっちのお花とか言って寄り道ばかりで一向に進まない。

 それでも、結は楽しく歩くので、まぁいっかってことになる。



 電車に乗って、楽しげに外を見ていたけれど、大学に行った途端、結の顔に緊張が走った。


「どした?」

「こあい」

結は人見知りはあまりしないのだけれど、普段行ったことのない場所で、大人ばかりなのが怖いみたいだ。

だから、結を抱き上げて抱えた。

「結は大学に来たことなかったもんなぁ。澪ちゃんと秀ちゃんはここで勉強しているんだよ」

 結が小さい身体を俺の身体にぴったりと寄せて首にしがみついてきた。

「かえるぅ」

「ちょっと待ってな?澪ちゃんがこれが無いとお勉強ができないから、これだけ届けたらな」

「ふぇぇ」

 なんでだ?

 結が泣きそうだ。

「帰りにコンビニでアイス買って、マサヨのところに行こうな」

「あいちゅ?まーちゃん?」



「そうそう、アイス買って、マーちゃんところでちぃちぃみるんだろ?」

「ちぃちぃすきぃ」



 よしよし機嫌が直ったようだ。俺は足早に学食に向かって、澪を呼びだすことにした。




 うちの大学の学食は、この近辺でもちょっと有名だ。

 キッチンに居る人の中に、元パティシエがいるらしく、学食にしてはデザートが素晴らしく良いらしい。

 大学関係者じゃなくても使用できるので、時折散歩帰りの人たちもいたりする。

 今日もそれなりの人が、集まっていた。



 人気を避けて、学食の隅の日当たりの良さそうなテーブルを選んで、そこに結を座らせた。

 それからスマフォで澪を呼びだした。


「おい澪、持ってきたぞ。今学食に居るから取りにこいや」

「さすが秀。ありがと今取りに行く」



「のどかわいた」

「ちょっと待ってろ、今澪が来るから、そしたらなんか買ってやる」



 結をなだめている時に、学食の入り口で叫び声がした。



「小野君ってロリコンだったの?」


 はぁ?

 その声の主は、ずかずかとこちらに歩いてきて、なおも言い募る。



「やだ、私の告白断るからなんか問題ありかと思ってたら、まさかのロリコン?ヤダ。気持ち悪い」


「お前誰だっけ?ロリコンってこいつは俺の妹だ」

「ええ?もっと気持ち悪いじゃない。小野君のお母さんって私たち位の子供が居る年代なのに子供産むなんて気持ち悪いじゃない。まだそんな年になってもセックスするなんて気持ち悪すぎる」

 気持ち悪い気持ち悪いと言われて続けて、とうとう結が泣き始めた。



「やー、やー」



「いや気持ち悪いのお前だろ?なんでこんな人がいる場所でそんなこと言えるわけ?常識を疑うし」

 俺はすぐに結を抱き上げてあやした。


「ちゅーちゃん、やー、やー」


 よしよしと抱き上げて少しゆすってやっても、全然なだめられない。



「あんた何言ってんの?気持ち悪いのはあんたじゃないの」


 澪の叫び声がした。



「うちの結は可愛いんだよ。あんたとは違ってすごくかわいいの」



 澪が走ってきて、俺から結を取り上げた。

 その時にハーネスが引っ張られて転びそうになった。


「おい澪、ハーネスが付いている」

「何?この子、犬みたい。笑える」

「あんた本当に馬鹿なのね。今どきのお子様は、怪我したり攫われたりしないように、こうやって大人と結び付けておくのよ。常識がないにもほどがあるわ」

 俺はカチャカチャと、ベルトのポーチからハーネスのリードを外した。

「私はこんなの使わなかったわよ」

「時代が違うんだろ。大体人んちの家族関係に口出しをするような馬鹿な奴と付き合うはずねぇだろうが」

「小野君酷い」

「ひどかねぇよ。年端も行かない幼児に向かって、あーだこーだという奴なんか知らねぇし」



「みーちゃ、みーちゃ」


 結が澪の首にしがみついているので、俺が澪の前に出た。




「大体なぁ。俺がお前の告白断ったのは、お前が臭いからだ」

「えぇ?臭いってなによ?」

「うちには小さい子供が居るんだから、お前のような化粧や香水臭い女と付き合うかよ。そんなへんてこな臭い付けて帰ったら、結に嫌われるわ。それにな、うちんちの家庭事情がどうだろうが、お前に関係ないべ。うちはうち、よそはよそって親からしつけられてないのかよ?大学生になっても言っていいことと悪いことの区別もつかないくせに、人にひどいとか言える立場か?それにな、ここは大学の学食なんだよ。公の場で、親がどうのとかセックスがどうのとか恥ずかしげもなく良く言えるわ。

俺だったらそんな馬鹿なことを言うようなのが身内に居たら恥ずかしくって殴りつけてるね」




「ほら、澪。これ忘れ物。結帰るぞ」



「ちゅーちゃん」



 手を伸ばせば、結がこちらに体を向ける。



「お前のように臭い女と付き合う事なんか金輪際ねぇし、小さな子供に向ける態度を見れば、他の男だって真面目にお前と付き合う事なんかねぇよ」



 俺は結を抱えて、学食を出た。





 少し歩いたところで、声を掛けられた。



「小野君待って」

 まだなんか用があんのかと思って、俺は立ち止まった。

「はぁ?」

 声に剣が有ったの認めよう。




 立ち止まって振り向いた先に居たのは、同じ学科の女だった。

 さっきのくさい女ではなかった。



「小野君、これ。この子の靴じゃない?」

 差し出されたのは、小さな赤い靴だった。

 よく見れば結は片方が靴下だ。


「あ。ありがと」

「あそこにベンチがあるから、座らせて靴を履かせれば?」

「あぁ、そうだな」



 彼女の指さした方には、ベンチがあった。

 そこに行って、結を座らせた。

 俺は屈んで、結に靴を履かせた。

 結の隣にちゃっかりと座った女は、牛乳の小さなパックを出した。

「小野君、この子、牛乳飲める?アレルギーとかない?」

「あ、ないと思う」

「ちびちゃん、喉乾いていない?牛乳飲む?」


俺は訝し気に女の持っている牛乳パックを見た。

「あ、いまかったばかりだからまだ冷たいよ」



「にゅーにゅーすきぃ」

さっき喉が渇いたとか言っていた結は、すぐさま手を伸ばした。



「はい、どうぞ」

 女は牛乳パックにストローを挿して結に渡しくれた。

 その時に、そっと結の手から牛乳が落ちないように支えてくれたのを見た。

何気ない仕草に、小さい子供に対する優しさを感じた。



「あいがと」



 ちゅーと牛乳を飲んだ結が、ふにゃっと笑って言った。

「おいちー」




「泣いたから喉乾いちゃったよねぇ」

「くちゃいひとやー」

「小さい子からすれば臭いかぁ」

「おねーちゃ、くちゃくない」


「それは良かった」




「あんた、同じクラスの佐野だったよな。ありがとう」

「覚えていたんだ?」

 佐野忍はにっこりと笑った。



「俺も頭にきて、結になんか飲ませようと思っていたのに忘れたしな」

「あの騒ぎの中で落ち着いて何か飲めるってことは無いと思うよ」



「それに私も、若杉さんはくっさいと思ってたから、小野君が言ってくれてスカッとしたし」

「あれは学校に来るニオイじゃねぇよなぁ」




「もういらにゃい」



 牛乳パックの半分くらいを飲んで、結が俺に渡してきた。

 俺は渡された牛乳パックを飲み切って、持ってきたボディバッグの中からビニール袋とウエットティッシュを出して、結の手と口の周りを拭いた。

 使ったウエットティッシュと牛乳パックをつぶしてビニール袋に入れてまたボディバッグに戻した。


「小野君ってすごい」

「なにが?」

「子育て中のパパさんみたい」

「実際子育て中だしなぁ」

 膝に乗ってきた結が、目をこすり始めたので、今度はスリングを用意してその中に結を入れた。


 抱きかかえて少しゆすってやると結が動かなくなったので、ゆっくりと立ち上がった。



「いろいろとありがとう、このお礼はまた今度。スマフォの番号とラインID教えて」

「え?良いよ。たいしたことしてないし」

「俺、佐野が気に入ったから、きちんとお礼したい。だから教えて」



 俺の押しに負けて、佐野がスマフォを取り出して交換した。






 運命の恋人かはどうかはまだ分からないけれど、付き合うなら、結と仲良くできる人、小さな子供にきちんとした対応ができる人が良いと思ってるんだ。





 だから絶対、忍を捕まえようと思った。

 覚悟してくれ。

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