第16話 運命の恋人 私のカワイイヒト前

普通の家庭に生まれて普通に学校に行って、普通に社会に出て普通の恋人ができて乞われて結婚した。

子供が生まれて、次は男の子跡取りを産めと言われて男の子を生んだ。

上の女の子も下の男の子も可愛くて、たまに親子喧嘩をしながらも仲良く毎日を過ごしていた。

夫と自分と女の子と男の子。

これで家族として一つの形ができたと思ってそのまま過ごしていくのかと思っていた時、嫁姑の関係が悪化して、離婚を考え始めた。

その時の勤め先で正社員の話もあり、子供二人なら何とか育て上げられるかと思ったのも大きい。

夫は夫両親からの過干渉や嫁いびりに対して防波堤にもならず、いびられている私に、もっとお母さんに優しくしてやれという始末であった。

あんたの目は誰を見ているのと思っていた。


夫との関係も険悪になっていたのに、クリスマスのときに雰囲気に流されてうっかり夫とセックスをしてしまった。

避妊していたのに、気が付いたら妊娠していた。

けれど、上二人とは違って、つわりが重く、体調不良は続き、診察の結果双胎であるというので、体調を思いしばらく休職することにした。

幸い上司がこの期間に取れる資格は全部取って置け、そして出産後正社員としてうちの戦力となれと言ってくれたので、勉強に励むことにした。

契約社員としても破格の扱いだったけれど、社員並みの手当を出してくれたので、資格試験に際しての資金となって本当に助かった。


双子を産むということなのか、何があったか知らないが夫が急に姑に対して防波堤としての役目を思い出してくれたようで、邪魔の入らない妊娠生活で、体調不良な中でも資格の勉強は進み、出産前に試験に合格したのはとても助かった。

一応産後は三年間の育休扱いとなっていたのだけれど、多胎児なので、母体に多大な負担を与えるからできるだけ公的な支援を使うようにと、産科医からも言われていた。

だからできるだけ支援の申し込みは早めに手続きをした。

そのためにか、一歳から保育園で受け入れてもらえることになった。

そして慣らし保育をして育休は半分で切り上げて仕事に復職できたのだ。

もちろん、保育園に入ったばかりのころは病気ばかりで、まともに仕事をしたことは数えるほどだったけれどね。

受け入れ先があればそれなりに何とかやって行けるようになる。


けれどもっと大変な妊婦さんが周りにいたから、自分はまだ恵まれているなって本当に感謝していた。


昨今の不妊治療の結果だろうけれど、排卵誘発剤を使用するとどうしても多胎児が多くなる。

高度治療になれば、子宮に戻す受精卵はひとつになるので、そういうこともないらしいけれど。


三つ子だったり四つ子だったり。そういう場合に減数手術というのもあるようだった。

でも、私のかかっていた病院では、母体に既往症がない限りはできるだけそのような処置は取らず、妊娠を継続するようにしていた。

だから、公的な支援プログラムの有無とか、企業からの支援プログラムの募集要項とかが待合室にたくさんあって、手軽に申し込めたのも良かったと思う。

紙おむつ一年プレゼントなんて、どこのメーカーでも絶対応募してたもんね。

粉ミルクのサンプル配布なんて喜んでもらっていたし。


私が子供を産んだ産科医は、はじめは近所だったからと選んだのだけれど、のちに大病院となり結構有名で出産予約を取るのが難しいと聞いてびっくりだった。


上の子のときは先生はまだ若く、気安く声をかけていたし、二人目のときはそろそろかぁとか言われて診察したらそのまま出産になっちゃったし。


三回目のときに診察される妊婦さん用の椅子が豪華になっていて、はじめて先生のすごさを知ったよと言ったところ、助産師さんが最初のころは先生も髪の毛ふさふさでしたしねと言われた。

そんな気楽な診察だったけれど、気が付けばNICUは充実して併設の小児科でもかなりお世話になった。

内科にかかるのが面倒で、子供のついでと私も診察してもらったりしていた。

思えば小児科で薬を出してもらっていたのよね。


そんなこんなで早17年、家も建てたし、子供も小中学生になってそろそろ自分の老後や親の介護をと考え始めたときに、夫が私たちにイライラをぶつけ始めた。

それは夫が浮気をしていたからだとは思いもしなかった。


そこそこ仲良くやってきていたし、元々夫から結婚してほしいと言って来ていたのでそれに胡坐をかいていたつもりはなかったけれどやっぱり私も夫を死ぬほど愛していた訳じゃなったみたい。

夫から運命の恋人に逢ったので別れてくれと言われたときに、夫に戻ってきてほしいと懇願したり縋りついたりするよりも、この先どうしたら子供四人と生きていけるとかと考えたのだ。


手早く家から夫を追い出して、さっさと離婚手続きをと思ったのにそこそこ時間が掛かってしまった。

夫の自滅もあり、私は思った以上のものを分捕り上手く離婚をすることができた。


ローンの無くなった家と子供四人でそれなりに仲良く暮らした。

もちろん長男の反抗期なんかあったけれど、そんなのはどこの家庭でもあるわけだし、うちの長女が総領娘の強権を発動して収まったりしてびっくりだ。



私は運命の恋人なんて信じていないけれど、それでも今までの生活のすべてを捨ててもいいと思うくらい好きな人に会ったことがない。


若い頃は何となく好きだと言われて付き合って、そのまま結婚してほしいと言われて結婚して、嫁姑の諍いのときに、上手くやってくれよとかお前ならうちのかーちゃんに負けないと思ったとか言われてがっかりした。

私が夫を死ぬほど好きでなかったように、夫も私でなければならないと思った結婚で無かったということだ。

離婚する理由もなかったので、そのまま結婚生活を過ごして子供を産み育て夫の両親の介護をして老後は二人で過ごすというぼんやりとした未来を考えていた。


なのに、夫には運命の恋人が現れて、私たち家族を捨ててそちらを選ぶという選択があったのだ。

ずるくないか?

家庭のいろんなことを、子供のトラブルを、自分の両親の過干渉をすべてを私に押し付けて、仕事と称して浮気だよ。

元々死ぬほど好きで結婚したわけでもなかったので、あっというまに愛情は無くなり、ただの情もすり減ってしまった。


好きの反意は無関心というけれど、その前に憎悪があるのではと友達に言った所、憎悪するにはまだ意識がある、相手に自分を見て貰いたいという願望があるから憎悪するんだと言われてなるほどと思った。


離婚後、使用する駅が一緒なので、時たま夫を見かけたけれど、ああ頑張っているんだなって思うだけで声をかけることもしなかった。


私は死ぬほど好きになった人が居ない。

恋焦がれて、会いたくてたまらない人が居たことがない。

子供のことは私が好きで産んだので、責任があるけれど、それでもいつか私から離れてそれぞれが選んだ人と仲良く生きていってほしいとは思っている。


私はいつか一人になる事を選んで、そして一人で老後を過ごすのだと思っていた。






娘が結婚した。

私たちの離婚騒ぎで一番影響を受けたのは娘だった。

一番年上だったこともあるし、同じ女として夫の運命の恋人発言で軽蔑したとも言ってた。

いつだったか、澪と私が言い争いをした時に、澪が私に大人のくせにずるいと言ったので、大人なんて子供が大きく成っただけで中身はあまり変わらないと言ったら、舞がそれを親が言っちゃう?と窘められた。

元々父親に対していい印象を持っていなかったせいもあって、うちの両親は子供が大きく成っただけと認識されてしまった。

その所為か、やたらと大人びた子供になってしまったのは申し訳ないと思う。


だから、自分は結婚しない。お母さんの面倒を見ると言っていたので、それもなぁと思っていた。

将哉君は舞より年上で頑なな舞の心をやわらげて、付き合うことに持ち込み、辛抱強く舞に合わせて何度も結婚することを望みようやく結婚することに同意してくれたと泣いていた。

私も泣いたよ。

頑張ってくれてありがとうと言う気持ちで。


ブライダルチェックの話は、舞から将哉君にしたと言っていた。

将哉君から、折り入って話があると言われて、構えていたら、

「舞さんが結婚前にブライダルチェックをしたいと言ってきたのですが、僕はブライダルチェックはしないと言いました。子供ができる出来ないは関係なく、僕は舞さんと結婚したいと思っています」

と言われて泣きそうになった。


舞と将哉君の結婚は子供の有無ではなくお互いと一緒に居たいから結婚したいと言われて、私の子どもは幸せな結婚を選んだのだと思ってうれしくて泣きそうだった。

「ブライダルチェックで何がわかりますか?身体的に子どもが産めるか産めないかは大事なことですが、それが結婚の決定的な要因にはならないと私は思っています。将哉君が原因でも、私の娘が原因でも、二人に何も問題が無くても子供ができる出来ないに関係せず二人で結婚を選ぶというのに邪魔をすることはできません」


私の周りの人はそれなりの年齢になり、孫がどうのとか子供の結婚相手がどうのとか言い出すときりがない。

結婚なんてしたくなかったらしなくてもいいし、したかったらすればいいと思う。

孫なんて産まれたらかわいがるし、生まれなかったらそれまでだでいいじゃないかと思う。


離婚後、周りから色々とおせっかいを焼かれたけれど、どれもこれもピンとこなかった。

離婚しました、ハイ次とはならないし、子供が居るから誰かの世話になるとは思わなかったし。

だからと言って誰かの面倒を見たいわけでもない。

大体においてそういうおせっかいの言うことは、私を便利な女中と思っていることが明白だった。


離婚した以上私は子供に対して責任があるので、他の男に現を抜かす時間があれば子供と向き合って生きて居たいと何度言った事だろう。


子供にとって親は私だけでしかなく、養育費を払って面会はしているけれど、夫は運命の恋人のために私たちの子供を捨てたのだ。

その上、私が他の男と結婚してその相手やその両親の面倒を見るために子供を放り出すわけにはいかないと、何度も言っている。


春哉が生まれたころ、ようやく周囲から男のあっせんが止まった。

つまりはおばあちゃんになったので需要が無くなったのであろう。



春哉は看護師を職業としている娘の仕事の関係で、よくうちで預かった。

おばあちゃんは親と違ったスタンスで子供と付き合える。


それはそれで面白い日々だった。



その中で私は坂本知大と出会えた。





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