第14話 運命の恋人 澪は赤ちゃんが好きだ。 後
泣きの涙のウィンター合宿が終わった。
結ちゃんに会いたい一心で頑張った。
よれよれになって、大荷物抱えて駅についたら、智兄が車で迎えに来てくれていた。
よたよたと駆けよれば、智兄に抱え込まれて頭ポンポンされた。
「お疲れ、そんでおかえり」
「ただいまぁ、すごくすごく大変だったよ」
ほとんど泣きそうだ。
隣で秀が笑っているのがわかる。
結ちゃんが生まれて、退院するまでの毎週末、私はお小遣いを新幹線のチケットにつぎ込んだ。
写真も山ほど撮った。
私のラインのアルバムは結ちゃん一色と言っても大げさではない。
それで、結ちゃんを見てニマニマしてまた寮まで帰るというハードスケジュールを敢行したのだ。
NICUから退院?してきた結ちゃんはママの隣のコットの中にいるようになって、私はようやく抱っこできた。
嬉しい。
帰りの新幹線の時間までずっと見ていても飽きないけれど、ママが休めないとねーちゃんが言うから途中で病院から帰り春哉と遊んだりした。
結ちゃんは小っちゃくて可愛かった。
春哉は男の子だけあって、抱っこするとずしっとしていたけれど、結ちゃんは軽かった。
ずっとずっと抱っこしていたら、ママに怒られた。
「寝られないでしょ。赤ちゃんだって抱っこされ続けたら疲れちゃうのよ」
ええーーーとぶうぶう言う私から結ちゃんを取り上げて、コットに戻してた。
なのに、知大さんがずっと抱っこしていても、ママは取り上げない。
差別だと言ったら、いいの、知君がパパなんだからって言われた。
「そのうち澪だって自分の子供を産むかもしれないでしょ。そしたら思う存分抱っこしなさい。あぁでも、不妊とかで生まれないかもしれないときはあきらめてね」
不妊の話はねーちゃんが結婚した時に聞いた。
結ちゃんが生まれてから、知大さんからも自分が男性不妊だったから最初の結婚は流れたと聞いた。
だから、結ちゃんが生まれてきてくれて本当に嬉しいとこの世の幸せはここだくらいの笑顔で言われた。
私が原因の不妊かもしれないし、結婚する人が不妊かもしれない、その時にどう判断するかは澪がすればいいとママは言う。
結婚は子供を産むための手段ではないし、結婚したから子供を産まなければならないものでもないという。
難しくってよくわかんないって言ったら、ママは笑っていた。
今は将来のために無理なダイエットとかしないで、きちんと栄養を取って運動してと言われたけれど、運動神経はすべて秀にとられたと言ったら、それは大変ねと言い返された。
女の子は将来の母体になるべく、第二次性徴期のあとで無理なダイエットとかが不妊の原因にもなると、学校の保健でやった。
ちょいポチャくらいが良いんだぞって智兄が言うけれど、それは兄の趣味だと思う。
とりあえず、大嫌いなウィンタースポーツ三昧の日々をこなし、ようやく結ちゃんとの蜜月だ。
心はウキウキなのに身体は重いぞ。
疲れ果てているのは否めない。
「ただいま」
家に帰って、まずは手を洗ってお風呂に入ってきれいにして、リビング横の和室に突撃した。
敷かれている布団の横のこたつに座っているママに、とりあえず帰ってきた挨拶をしてお目当ての結ちゃんを探す。
カーブマットレスと言う赤ちゃん用のマットの上で結ちゃんが寝ていた。
病院で見たとき以来だ。
少し大きくなったかも?
横に座って結ちゃんを見つめる。
赤ちゃんって不思議だ。こんなに小さいのにちゃんと人間としてのパーツが揃っている。
指も5本あるし、その指先にちっちゃな爪もある。
結ちゃんはまだ枯れ木のような身体だけど、そのうちあのボンレスハムのようなくびれは出てくるのだろうか?
あのくびれが喜ばれるのは幼児の頃までだと思う。
「おかえりなさい。帰ってくるなり結ちゃんなの?」
「そう。カワイイねぇ。ちょっと大きくなった?」
「もうすぐ一月経つからだいぶ大きくなったわよ」
「手、洗ってきた。お風呂も入ってきた。抱っこしてもいい?」
ママはしょうがないわねって顔して肯いた。
寝ている結ちゃんをそっと抱っこする。
あぁ、重くなってる。
それにちょっと体がしっかりしているかも。
抱っこしていると、結ちゃんが身動ぎ《みじろぎ》して目を開けた。
「明けましておめとう。お姉ちゃんの澪ちゃんだよ、これからよろしくね」
和室の入り口で、智兄と秀と知大さんが笑っていた。
「おい澪、あけましておめでとうから入るのかよ」
「だって、お正月じゃん」
「こっちにも貸せよ。お兄ちゃんの秀ちゃんだぞ」
抱っこしていた結ちゃんを秀が横取りした。
結ちゃんは秀に抱っこされて、ふわわとちいさくあくびをした。
ずるい。
「やっぱ赤ん坊って軽いなぁ。智兄抱く?」
「いや俺は昨日帰ってきてるから、挨拶はもう終わってる。な結」
と言いながら、結ちゃんの柔らかそうなほっぺをちょいっとつっついた。
「兄、秀。二人とも手を洗った?」
バイ菌が付いちゃうじゃないか。
「うわぁ、ちいせぇなぁ。おい結、兄ちゃんだぞ」
なんと、秀が抱っこしているのに、結ちゃんが目を開けた。
全くずるいぞ。
結ちゃんが秀をじっと見ている。
不思議そうな顔している。
あぁ結ちゃん。見つめるなら私を見て、もう何度も通っているのに。
今年のお正月は楽しかった。
暇さえあれば結ちゃんと一緒にごろごろして、おせち食べて結ちゃんとごろごろしてお風呂から出た結ちゃんをママが面倒を見るのを隣で見ていたり、白湯の用意をして待って居たり。
しかしだ、終わりの時間はやってくる。
明日は学校へ戻らないといけない夜、泣きの涙で結ちゃんと別れを惜しんでいた時ママが最後の夜は一緒に寝る?と言ったので、喜んでーと答えた。
夜中に三回くらい結ちゃんが起きたんだけど、ふぇとか声を上げた時点で、ママが起きてびっくりした。
「そろそろ起きる時間だと思うと自然に目が覚めるのよね」
ママすげぇーと思ったけど、それも今だけだと言われた。
「今は知君が居るから、昼間寝ていることもできるし、結ちゃんがまだ小さいからそれほどでもないけれど、秀の夜泣きには泣かされたわ。あの子は本当に寝ているのに泣くのよね。男の子の所為もあってか声も大きいし。澪は隣で寝ていても起きないのにねぇ」
自分の赤ちゃんの頃の話なんて詳しく聞いたことがなかったけれど、秀って夜泣きしたんだとびっくりして聞いた。
「結ちゃんのふぇぇって泣き声カワイイね」
「それも今のうちだけよ。大きく成れば声も大きくなるし、イライラすることもあるわ」
「そうなの?」
「舞も春哉で結構泣かされたって言っていたわよ」
「ねーちゃんが?」
「舞と春哉が険悪になったって、将哉君から連絡が来て、一週間くらい春哉を預かったことがあるわよ」
「知らなかった」
「一種のマタニティブルーよね」
「それで?」
「産後鬱って、短期間で悪化するって聞いてたから私もびくびくしてたわ。春哉はそれでもママ、ママっていうし、将哉君と舞で乗り越えたんでしょう。迎えに来てから特に何もないし、その後春哉は保育園に入って舞は職場復帰したからそれも良かったのかもしれないわね」
「ママは?この後結ちゃんはどうするの?お仕事続けるの?」
「退職するつもりでいたんだけど、私が持っている資格者って一定数居ないとダメなのよ。だからとりあえず3年の育休ね、所長がその間に資格試験受けさせるって言っていたし」
そうか、資格は一生なのか。
「澪もできれば何か資格を持って仕事をしてほしいわね。結婚離婚、妊娠出産に左右されないことが一番だわ」
私のこれからの話も絡めてくるなんてなんて、親って何てずるい。
おむつを取り替えておっぱいを飲んでしばらくトントンすると、結ちゃんまたお眠さんになって自分のベッドに戻っていく。
あかちゃんは、一日のほとんどを眠って過ごすと思っていたけれど、最近の結ちゃんは結構起きていたりする。
たまたま起きている時に抱っこすると笑っているように見える。
あぁ、なんて可愛いの。思わずほっぺにすりすりしたくなる。
秀は気の所為じゃないかというけれど、結ちゃんはきっと私を認識してくれていると思う。
しかし、無情にも寮に戻る日はやってきた。
玄関でぐずぐずと結ちゃんと別れを惜しんでいると秀が言った。
「おい、いつまでも寒い玄関に結を出しておくと病気になるんじゃないか」
私はしゅぴと結ちゃんをママに渡すと、それじゃまたねと玄関を出た。
荷物を積み込んだ車で智兄がやっと来たかと言った。
車の中でずびずびと泣く私に、秀が言う。
「また来ればいいだろう?」
「去年パパとの面会ぶっちしたから、財布がからなんだもん」
そりゃー自業自得だわなぁと智兄が言う。
「え。親父お前の小遣い振り込んでないの?」
「決められた金額は振り込んでくれてる。面会のときにもらうおまけがないの」
「親父ずっこい」
と秀が仏頂面で言った。
荷物をごろごろと引っ張って駅の改札に行こうとしたとき、智兄が私を呼んだ。
「一回分にはなるだろう」
と諭吉を二人くれた。
「お年玉変わりな」
「ありがとう」
智兄に抱き着いたら、また頭ポンポンされた。
「結も可愛いけれど、お前だって俺の妹なんだからな」
地獄の年末と極楽のお正月が終わって私たちはまたいつもの日々に戻っていくことになった。
あぁ、赤ちゃんの日々は短いのに。今度はいつ会えるのかなぁ。
結ちゃんまた遊ぼうね。
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