第13話 運命の恋人 澪は赤ちゃんが好きだ。 中
ママが坂本さんと一緒に暮らしはじめて半年がたったころ、ママから爆弾が落ちた。
「あのね、ママ妊娠したの。赤ちゃんが産まれるのよ」
え?
ママいくつよ?
「だからねぇ、知君と籍入れることにしたの」
びっくりドッキリだよ。
自分の母親の再婚って普通修羅場じゃね?って秀に言ったら鼻で笑われた。
「お前さ、離婚して母親に育てられてそれ言うってバカだって言ってるもんだぜ。
大体さ、それってマザコンのセリフだよ」
「いや本気で言ったわけじゃないけど、普通の家では問題になるんだろうなぁって思ったの」
「うちの四姉弟、誰も文句言わないいんじゃないかな。お母さん離婚した後、泣いているのを見たことがあるもんな」
ママは子供の前では気丈に笑っていたけれど、時々一人で飲んで泣いているのを見たことがある。
舞ちゃんが私と秀を部屋に戻して、見なかったことにしなさいって言った。
大人には大人の都合があるんだと思うけど、やっぱりパパが悪いんだって思っていた。
中学の時、舞ちゃんと
うすうすはわかっていた、だって家が残されたし、パパが追い出されたんだもん。
悪いのはあっちだって子供でも分かるけど、聞けば聞くほど不条理だと思った。
細身の女が好きなら、四人も産ませるなやと思うし。
運命の恋人なんてまさかの厨二病的発言だと思う。
それを言ったのが自分の血縁の父親だと知って泣きそうだ。
パパとは月に一回の面会となっていたけれど、その話を聞いてからパパに会うのが面倒で面倒で。
いつもご飯を食べながら聞くのはママのことばかり。
「千早は~」とか「千早が~」とか。
ご飯が美味しくないから辞めてほしい。
大体離婚して子供との面会なのに、なんで子供の近況を聞くわけじゃなく、ママの周辺のことばかり聞くの?
なら口座にお金振り込んでくれているんだから、わざわざ会わなくてもいいと思うのよ。
秀にそれとなく話を振ったら、某地方の高校の資料を渡された。
「俺ここを受けようかと思っているんだ」
偏差値も高く、卒業後の進学先もいい所が多かった。
でも、全寮制だった。
「家から通えないよ?」
「ここに行けば親父と会わなくて済む。全寮制だからっていえば、月一回から年数回に変えることもできるって智兄が言ってた」
なるほど。
「でもママは?」
「お母さんは大人だし、多分許してくれると思う。実は俺、親父に会うと吐き気がしてたまんねぇんだ」
普段は無表情の秀が顔をしかめて言う。
私は全く気が付かなかったよ。
言われてみれば、普段はあれだけの大食いのくせに、面会のときはあまり食べていなかったなと思った。
「そうなんだ。私は全然知らなかったよ」
「ばぁか。妹に気配悟らせてたまるかよ」
双子なのに一応兄のプライドは有ったんだとびっくりだよ。
そして私たちは某県の某高校に入学を果し、パパとの面会は年に三回になった。
でも、用事があれば新幹線で帰ってきちゃうけどね。
そのための資金はパパからの養育費を流用だ。
さて、ママからの爆弾攻撃を受けた私たちは秋休みの短い間家に帰って、ママと知大さんにお祝いを言った。
知大さんはすごくうれしそうだった。
ママもニコニコしていて、私もうれしくなった。
新しい家族が増える。
それに赤ちゃんも来る。
私はすごくウキウキしていた。
「今日から新しい父ちゃんですね」と私が言ったら、智兄に叩かれた。
「父ちゃんじゃねぇだろ。知大さんはまだ若いんだから、そんな呼び方するな」
「ひどいでぃーぶいだ」
と叫んだら、智兄が私を捕まえようとした。
「しつけに失敗した。澪、お尻ぺんぺんだ」
「あんたたちいつまでもじゃれててうるさいわよ」
と、ママの一言でその場が終息した。
赤ちゃんがやってくる。
今度は帰らない赤ちゃんだ。
春哉も可愛いけど、ねーちゃんの子だしね。
「それでいつ産まれるの?」
「順調にいけば暮かしらねぇ」
「ならお正月は赤ちゃんと一緒?」
「そうなるわね」
「やったー」
私は一人踊りそうなくらい喜んでいた。
ママは澪たちと違って今度は一人だから、身体が楽だわと言っていた。
そうか、双子はママの身体に負担だったんだね。
「産んでくれてありがと」
「私も双子って言われて、ものすごく楽しみだったのよ」
ママの子どもに生まれてきてよかったなって思う。
父親がアレだけど。
ママたちと別れて駅に帰る道々、一人踊って喜んでいたら水が差された。
「私たち、今年の年末年始は帰らないでマンションに居るわ」
「俺もこっちには帰ってこない方が面倒がなくていいよな」
うちの姉と兄が口をそろえて言う。
「せっかく赤ちゃんが生まれるのになんで?私たちが居たらだめなの?」
ねーちゃんも智兄も秀も、なんで赤ちゃんの初めてのお正月に私たちが居ないことを話しているの?
「だって、お袋と知大さんのはじめてのお正月だろうし、そこに自分の子が生まれるんだろ?妻の連れ子が居たら邪魔じゃね?」
ガーン。
私邪魔者?
え?え?えええ?
「寮休みなんだけど」
「確か冬休みにウィンター合宿有ったよな?あれ申し込むべ」
「あれは、スキーとかボードとかじゃんかぁ」
雪まみれになるのは苦手なんだけどなぁ。
「俺も一緒に行くから。確か今年は温泉もあったはずだぞ」
気分はとぼとぼと売られていく牛だ。
あの名曲が頭の中を巡っていく。
赤ちゃん。
お姉ちゃんと一緒のお正月過ごしたいよねぇ?
「そんなにがっかりしないの。合宿って言ったって、冬休み全部じゃないでしょう?」
「そうだな」
秀が私の頭をポンポンとしながら言う。
「なら他の日は帰ってくればいいじゃない。なにもずっと三人で過ごすわけじゃないし」
「いいの?邪魔者が帰ってきても怒んない?」
「なんで怒るのよ。この家は澪の家でしょ?その時は春哉も連れて行くから」
「そうだけど、母親が新しい男と再婚して、新しい子供が生まれると邪険にされるっていうしぃ」
「あんたどんな本読んでるのよ。産まれてからしばらくは三人で過ごせばって言ってるの。どうせ私たち家族はいつでも集まれるんだし。それに産まれたばかりの頃って大変だし、澪が居ると知大さんも頼っちゃうでしょ?」
姉が一生懸命私を慰めてくれるけれど、言われてみれば確かにそうかも。
目の前に赤ちゃんが居れば私はきっと手を出す。
春哉のときもずっとベビーベッドの横で見ていたし。
智兄も秀も言うから、私は泣く泣く年末に帰ってくるのをあきらめた、
正月三が日が明けてから寮に帰るまでの四日間、私は赤ちゃんと一緒に過ごすぞと決意を固めた。
12月に入ったころ、ねーちゃんから電話が入った。
朝からかけてくんなよとは思ったけど、緊急事態だったから仕方ない。
ママの体調がよろしくなく、急遽手術で赤ちゃんを産むことになったという。
駆け付けようかというと、あんたが来ても邪魔だからとすげなく言われた。
その日は授業にも身が入らなくて、担任に体調不良ですと言って保健室に行かせてもらった。
保健室では、保険医がどこも悪い所が無いと言ったけれど、母が今手術中で落ち着いて勉強出来ないですと言ったら、仕方ないと言われた。
一応ベッドに寝かされてそこで、教科書に目を通していたけれど、心は赤ちゃんに飛んで行ってた。
男の子かな?
女の子かなあ?
あの時。
一応って、ママから高齢出産だから、障害とかがあるかもしれないと言われた。
正直に言って障害とかはよくわからない。
手足が動かなくて車いすだったり、目が見えなくて白い杖を使っている人とか、テレビとかでいろんな人を見たことはあるけれど、あまり身近に居なくてどうすればいいかわからないって言ったら、澪がお姉ちゃんとしてかわいがってくれればいいのよって言われた。
もし何かすることがあればそれは、ママと知大さんの仕事で、二人で足りないときにできることをしてくれればいいと言われた。
本当はそんな簡単なことじゃないと思うけれど、まだ未成年の私たちにできることは少ないからそうに言ってくれたんだと思う。
つらつらとそんなことを考えていた時、ねーちゃんから女の子が生まれたと電話が来た。
でも小さいからと、小児科に入院したという。
私と秀も入院したNICUだ。
聞いたところによると、私たちは満期産と言ってきちんと週数は抑えて《むかえて》いたけれど、やっぱり二人で栄養を分捕りあった所為で、若干秀が小さかったという。
ま、私も標準以下だったけれどね。
私たちは都合一か月入院していたと聞いている。
ねーちゃんが、秀たちは産まれてすぐ帰ってきたわけじゃないから、面倒を見るのが楽だったけれど、春哉は産まれてふにゃふにゃのときから面倒を見たので大変だったと言っていた。
赤ちゃんはふにゃふにゃが可愛いのに。
名前はと聞くと、まだ決めてないみたい。決まれば教えてくれるわよって言われた。
その週末、私は朝一の新幹線のチケットを握りしめて病院に駆け込んだ。
面会時間の前だけどって言っても、顔なじみの師長さんが特別と言って病棟に入れてくれた。
なんでも産科はいつ産婦さんが駆け込んできてもいいように、開いているんだって。
もちろん警備さんの許可が無いとダメだけど。
「おはよー」
とママの病室に入ったけど、赤ちゃんが居ない。
まだNICUか。
「おはよ、澪。あんた早いわね」
「朝一の新幹線できた。赤ちゃんは?」
「結はまだNICUよ。時間になったらガラスのこっちから見せて貰いなさい」
「ゆいちゃんって言うの?どんな字?」
「結ぶと書いてゆいちゃんっていうのよ」
「誰が付けたの?ママ?」
「知君」
「意味があったりするの?」
「上が舞でしょ、次が澪、だからその次は結ぶちゃんと書いてゆいちゃん」
「妹だもんね」
ねーちゃんから私、そして赤ちゃんと続くことが嬉しい。
「どんな子?」
「澪に似ている」
「それちょっと残念かも」
「残念じゃないわよ。舞にも澪にも似ていると嬉しいわ。だってうちの子みんなかわいいし」
母とは恐るべし。
あの智兄も秀も可愛いんだろうか?
くだくだと話をしていたら、師長さんが私を呼びに来た。
「今起きているの。ちょっとだけ顔を見る?」
「見たい見たい」
師長さんにくっついて、NICUのガラス張りの壁の前の廊下に立っていると、保育器に入った赤ちゃんが連れてこられた。
ちっちゃい
カワイイ
赤い
口元がムニムニ動いているのは、春哉と同じ
ほんのちょっとだけこっちを見た赤ちゃんににたぁと笑いかけてみたけど、赤ちゃんは何の反応もしないで、また元の場所に戻された。
小さくバイバイと手を振って、病室に戻った。
「見た見た。ちっちゃい、かわいい、あかい」
ママは笑って、澪達よりは大きいわよと言った。
頑張って大きくなって退院して、澪ちゃんと遊ぼうね。
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