第12話 運命の恋人 澪は赤ちゃんが好きだ。前

私は赤ちゃんが大好きだ。

あのちっちゃなふくふくの手。

モチのようなふわふわのほっぺ。

ころんと丸いすべすべのお尻。

キューピーのようなお腹。

どれをとってもかわいくて可愛くて仕方がない。


体温が高くちっちゃくて丸くて抱き上げたときに、全身で寄っかかってくるあの愛しさ。

しかしだ。

昨今の世情により、よそ様の赤ちゃんに気安く手を触れることはできない。

そしてだ。

現代の出生率の減少により、周りに赤ちゃんが少ない。

家なんて親族の間で一番小さいのが私だ。

背のことではない。

年齢だ年齢。

この熱い憤り《いきどおり》をどこにぶつけようか悩む。


ところで私は四人兄弟だ。

姉、兄二人と来て私だ。

姉と上の兄はいつか結婚して、私に赤ちゃんを抱かせてくれる日が来ることを信じている。

問題は、一応兄となっているが私の双子の片割れだ。

こいつは果たして結婚できるのだろうかと、おやつを食べながら考える。

女っ気が全くないのだ。

小中高と来て、見た目はそれほど悪くないと思う。

サッカーなんかやってて、脚が短くなると兄智あにさとしに言われているにもかかわらず、しっかりと背は伸びた。当然足も伸びた。

私が悔しいのは、以前行ったファストファッションの店でジーンズを買った時に裾のお直しがいらなかったことだ。

なんで?

双子なのに?

と思った私は悪くない。

え?私?当然直しましたよ。


逸れた。


赤ちゃんだよ赤ちゃん。


姉ちゃんが結婚した時に、赤ちゃんいつ来るかなと母と話したとき、母が言った。

「舞に言っちゃダメよ」

「なんで?」

「気にするからよ」

なんでだと思った私も悪くない。 

「結婚したからって誰でも、子供が生まれるとは限らないのよ。二人に問題が無くても子供が生まれないこともあるし、舞に問題があるとか将哉君に問題があるとか、その責任を擦り付けあってどうするの?澪は赤ちゃんが欲しいから結婚するの?違うでしょ?その人が好きだから、一緒に居たいから結婚するんじゃないの?」


その頃の私はまだ子供で、結婚すれば赤ちゃんができるのは当たり前だと思っていた。


ネットを彷徨うにつれ、現代の不妊事情は中々に深刻らしいとわかった。


それを防ぐためというか、前もって知るためというかブライダルチェックなる言葉も学習した。


このブライダルチェック、すでに結婚が決まっているカップルが良くやるらしいが、確かにこれで引っかかったら結婚しないのかと思うと、その辺も腹立たしい。


大きなおうちで、跡取りが必要だったり、昔で言う政略結婚だったら、子供ありきでの結婚だから仕方ないのかと思う。


でも、今のご時世どんだけの家が跡取りが必要かね?


母が離婚した時、姉ちゃんがものすごい勢いで怒っていたので、私たちは小野姓になったけれど、それを一番喜んだのは母の弟の叔父さんだった。


小野の家のお墓を頼むなとか言われちゃって、ママがものすごい勢いで怒って居た。

「あんた、今まで長男長男とか言ってえばってたくせになに言ってんの」

どうやらお墓守ってお金がかかるらしい。


また逸れた。


つまり母が言うには結婚は好きな人とするべきで、家のこととか赤ちゃんのこととはそのあと考えればいいことらしい。


でも、私は赤ちゃんが好きなのに。




姉が結婚してしばらくして家に帰ったら、姉が寝ていた。


「ママ、ねーちゃん珍しいね」

「つわりが思いの外ひどくてね、将哉君が家でしばらく預かってくれって言ってきたのよ」

「ねーちゃん妊娠したの?」

私は踊りださんばかりに喜んだ。

「そうよ。でもしばらくは流産とかもあるから、周りに言ってはだめよ」

「なんで?お祝い事じゃん」

「もし舞が流産したらどうするの?」

「妊娠したばっかでなんでそんなこと言うの?」

「最近は妊娠しても安定期に入るまで、極身近な人に知らせるだけらしいわよ。万が一流産したら知らせた人に赤ちゃんダメでしたって言わないといけないでしょ。一番傷ついているのは妊婦さんなのに、傷口をえぐるようなまねさせられないでしょ」



出生率が下がっているということは、赤ちゃんが生まれないということだ。

それには政治家氏が言うように、女性が結婚して赤ん坊を産まなくなっているだけじゃないらしい。

妊娠し辛いとか、男女ともに不妊症とかが増えていることや、妊娠しても赤ちゃんが育たない不育症、流産早産も多くなっているみたいだ。


赤ちゃんって本当に授かりものって思う。


「わかった。でもいつまでいるの?」

「落ち着くまでかしらね。将哉君も一人で生活できる人だしね」

「ひとりで生活って?」

「将哉君一人暮らしが長かった人だから、舞が居なくても生きていけるってことよ」


私が顔にはてなを浮かべていたのを汲み取って母が言う。


「結婚して二人で生活を始めると、家事の一切を妻に任せてしまう男性は多いのよ。澪たちのパパは最初から何もできない問題外だったけど、自分でできるのに、体調の悪い妻にあれやれ、これやれという人はいるわ。そうでなくても、自分が動いたほうが早いと感じている奥さんだっているわよね。

将哉君は舞が妊娠初期だから、実家で安静にして家で面倒を見てほしいと言ってきたの。もちろん舞がマンションに居て将哉君が面倒を見ることはできるけれど、舞のことだからきっと将哉君を気にするわ。将哉君、海外に出ることも多いし仕事ハードだからね」


「だから、舞に心配させないために家でって言ってきたのよ」


なるほど。



「ねーちゃん。生きている?」

「あ、澪。お帰り」

「赤ちゃんできたって?」

「うん。でも吐いてばっかりで、立ってられなくて師長さんが帰っていいって言ってくれたの。それでしばらくシフトから外してくれたのよ」

「ママがしばらく家にいるって言ってた」

「うんごめんね、面倒かけちゃって」

「何言ってんの。ここはねーちゃんの実家じゃん、いつまでもいて良いんだってママなら言うよ」

姉がくふと笑った。

優しげな姉の笑い顔は好きだ。ママに似ているし。

「あ、何なら産まれるまでいる?」

「そんなにはいないよ。落ち着いたらあっちに帰る。ほっとけないしね」




姉が私にするよりもっと優しい顔になって笑った。



姉が居たのは二週間くらいだった。

つわりって一回じゃないんだ。

一日中、朝起きてもげーげー、お昼前にげーげー、おやつの時間もげーげー夕飯のときもげーげーでその度にトイレに走って行ってた。


びっくり。


いろんなものを食べてげーげーを繰り返して、ようやく落ち着いたころ将哉君が迎えに来た。

「やせたね」

「うん、ちょっと体重落ちたね」

「大丈夫?」

「これから体重制限かかるから、今のうちに多少落としておいても良いかなって思ってる」

「バカだな」


何あの夫婦。


大したこと話していないのに、ピンクオーラまき散らしだよ。

姉は冷たくてつるんとしたものなら食べられるということで、母がいくつかのタッパーを持たせていた。


「こっちが冬瓜の水晶煮、こっちは温野菜のゼリー寄せ、こっちは焼きナスの煮びたし、冷蔵庫に入れておけばしばらくは食べられるから、お腹が空かないうちに、ちょいちょい一口づつでも食べてね」


タッパーをいくつも持って姉と将哉君は帰って行った。


「大変だねぇ」

「そうね、でも産まれてくるとみんな忘れちゃうのよね」



姉は出産までマンションに居て、退院したら帰ってくるという。


一階の和室を姉と赤ちゃん用に準備してその日を指折り数えて待っていた。



姉に赤ちゃんが生まれた。

春哉と名付けられた。

入院中に二度春哉を見に行った。

姉は私の見舞いじゃないのかと言っていたけれど、目的は赤ちゃんです。



うわさに聞く赤ちゃん部屋に行くわけでもなく、姉がナースコールを押すと移動式のベビーベッドに乗った春哉がやってきた。


「わーーちっちゃい、そんで可愛い。しかも、ねーちゃんに似てない」

「澪と秀はもっと小さかったわよ」

「私たち双子だから、ママの栄養を取り合っていたかんね」

「そこは仲良く分け合っていたって言いなさいよ」


春哉は口元をムニムニさせて、グーに握った手で顔をこしこししていた。


ずーッと見ていたら、目が明いた。


不思議そうな顔をして私を見ている。


「やぁ、はじめまして。君のおばちゃんの澪ちゃんだよ。よろしくね」

「まだわからないわよ」

いいや、絶対わかっていると思うね。

ニコッて笑ったもん。




春哉は順調に大きくなって、私たちが高校入学する頃には、生意気にも歩き始めていた。

そんなカワイイ春哉と涙の別れをして、私と秀は高校に行ったのだ。

あろうことか春哉は、「バイバイ」と簡単に手を振っただけで、おもちゃに気を取られた。


ちくしょう。



学校は面白く勉強は面倒くさく日々を過ごしていた。


そこに舞ちゃんからママに恋人出現とリークが入った。


なんですと?

いいえ問題にしているわけじゃないんですけど、びっくりしただけ。

秀はいいんじゃないか、もう離婚しているんだしと大人びたことを言うし。


しばらくして家に帰ったら、ママから紹介したい人がいると言われてあったのが坂本知大さん。

パパもそこそこイケメンだったけれど、坂本さんはもっとイケメンに見えるのは若いからかもしれない。


一人暮らしだから用心のためにも、一緒に暮らすというのには笑った。


「息子の秀です。母をよろしくお願いします」

と言って頭を下げたのは秀だ。

私も慌てて頭を下げる。

「澪です。母をよろしくお願いします」


坂本さんは優しげな笑顔の素敵な長身のかっこいい人だった。


「千早さんの下の双子さんですね。坂本知大です。よろしくお願いします」


イケメンと食べるご飯は美味しいと思った。

坂本さんは何くれとなくママを気遣っているのがわかって驚く。


物心ついたころ、パパとママは仲が悪かった訳ではないけれど、何となく冷えた感じだった。

だからママは露にする愛情は好きじゃないのかなと思っていた。


それなのに、目の前の二人はいちゃいちゃしているというわけでもない、なんていうかほんわかとした愛情?を感じるのだ。


これは独り者の私の心情に悪い。

否、正直に言えばむかつく?



でも私は大人になった。


多目に見てあげるつもりだ。

だって、秀も私もいつかは結婚するかもしれない。

その時にママが一人だったら、ママが気になってしまう。


だから、坂本さん。

ママをよろしくお願いします。








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