第10話 運命の恋人 運命の恋人はいずこへ
今年のクリスマスはプレゼントを張り込んだ。
別れた妻が引き取った子供は四人、長女は結婚し孫もいるらしい。
なぜらしいかというと、結婚した時にも孫が生まれたときも連絡がなかった。
長女のフェイスブックはブロックされてしまったので、孫の顔も知らない。
長男は地方の大学に進学した。進学先の大学の学部と授業料の振込先が手紙で送られてきた。
現在、俺と面会できるのは双子の娘と息子だけだ。
二人は全寮制の高校に進学したので、月に一回と決められた面会だが、今は学校が休みになったら一回と変更されている。
今年のクリスマスは今どきの高校生が欲しいだろうと思う、PS4とエルメスのショルダーバッグだ。
無駄に頑張ったんだと言われたくないけどな。
餌をぶら下げて、連絡を入れた。
「秀、次の面会なんだけど、いつにしようか?」
「あぁ、俺今回パス」
「え?」
「澪もパスだと思う」
「なんで?」
「結が生まれたから、明日から家に帰る」
「ゆいって?」
「この前会った時に、お母さんが妊娠して結婚したって言ったじゃん?早産で生まれたんだよ。澪なんて画像送ってもらってから舞い上がっちゃって、学校まだあるのに日帰りのとんぼ帰りでも帰って、赤んぼ見に行っているんだよ。そのくせ年末年始はバイ菌がそばに居たらだめだからと言って、スキー研修に俺まで巻き込まれてさぁ」
「赤んぼって、千早が産んだの?」
「そう」
「え?千早まだ産めたの?勘違いじゃなく?」
「そう思うよなぁ」
ショックだ。
いくら離婚したとはいえ、千早があかんぼ?
いや解っていたんだ。
この前、千早が恋人と同棲したって聞いたとき、あの千早だからかなり真剣なんだと思ってはいたけれど、それでも俺たちの結婚生活を考えれば、他の男と再婚なんてするとは思っていなかったんだ。
それが、妊娠したとか再婚したとか聞かされて、裏切りやがってと思ったのも本当だ。
実の息子は薄情で、裏切ったのはそっちが先だろうとか言うし。
本当のことを言われると心がえぐられる。
今でも何でこうなったと思う。
あのパートさんだけは最初から気に入っていた。
元々ほっそりと頼りなげな儚い感じで、持ち物もイイものを持っていたから、なんでパートなんてするんだろうと思っていた。
仕草もほのかに上品で、いつもいいなぁと思っていた。
千早は、四人の子供にかまけて無駄にたくましい。
俺の母親のイビリにも負けてないのが、勝気すぎる。
俺の好みはたおやかな細身の女性なのに、千早は全く180度違う。
やれ高校受験だ、三者面談だ、中学入学準備だ、ランドセルだと走り回っている。
家でもちっとも安らげない。
こんなはずじゃなかったのに。
会社の近くの花火大会の時に、パートさんたちがソワソワしていた。
家族で行くんだとか、パートさんたちで集まるとか話していた。
そんな中で、あの人だけは一人で立っていた。
話しかけると、みんなには誘われず、ご主人は仕事で不在、高校生の息子さんは友達といくという。
自分一人で行くのもねと寂しそうに言うので、なら一緒に行きましょうと誘った。
急遽家に連絡をして、今夜の花火大会に行くぞと言った。
子供たちは大喜びで、千早ももっと早く行ってくれればちゃんと準備できたのにと言いつつも楽しそうだった。
土手でシートを敷いて千早と子供たちが家から持ってきたクーラーボックスからジュースやお茶を出して、近くのコンビニで買い集めてきたという軽食を並べて、花火大会のパンフを眺めていた時に、ほのかな香りがした。
「今日はお誘いいただきまして、ありがとうございます」
彼女がやってきた。
家族には会社のパートさんだと紹介して自分の隣に座ってもらった。
あたりが暗くなってきて、花火が始まり、子供らがきゃわきゃわと騒いでいたけれど、俺は隣に座った彼女に話しかけてばかりいた。
もちろん仕事のことだったり、花火のことだったり。
帰路につき俺はパートさんを送っていくからと言ったら、千早が子供と大荷物を持って歩いて帰れというのと諫めるようなことを言った。
なら、彼女を一人で歩いて帰らせるのかと答えたが、彼女は家が近いからと一人で帰って行った。
帰りの車の中はブリザードが吹きまくっていた。
千早は人んちの団欒に邪魔してるのに、手土産一つも持ってこないって非常識じゃないって彼女を責める。
仕方ないじゃないか、急に決まった事なんだからと擁護すると、千早があきれたように言う。
今どきコンビニでも何か買えるでしょうに、あの人ビール三本飲んで智のイカ焼き勝手に食べたわと言い募る。
確かにちょっと常識足らずなところもあるがそれがかえって無邪気で可愛いと思うのだがな。
寝てしまった双子は別として、後部座席の上二人の嫌悪した感情は言葉に出さずともストレートに俺の頭に刺さった。
夏の終わりに納涼祭があって、したたかに酒を飲んだ俺と彼女は気が付けば二人でホテルに居た。
どうしてそうなったのか覚えていないけれど、ふと求めてしまったのだ。
その時に千早からは感じられない感情を、受け取った。
そして、二人で過ごす時間がとても豊かで貴重で大事なものと思えた。
仕事があるときは目の端に彼女を感じられて我慢もできたが、休日は千早や子供たちを見ると、なぜ自分は彼女といられないのかとイライラした。
つい、子供が居ると体が休まらない、どこかに行けと家を追い出した。
一人になった家で、彼女に電話をした。
上っ面な言葉の返しの端々に、今は夫がそばに居るからというメッセージを感じていったん電話を切る。
しばらくして、彼女から電話がかかってくる。
その時間の甘美なことはこの上なくて、とても楽しかった。
自分の感情が満足すれば次に来るのからだの欲求だ。
もう一度あの身体に触れたい、自分と一緒に高みを感じてほしいと切に思う。
なのに、家を空ける口実がない。
イライラが加速する。
そこに持って来て千早たちは、帰りが遅くなったから外で食べて来たと勝手なことを言う。
「この家の大黒柱様が腹を減らしていると思えば早く帰ってきて飯の支度をしようとは思わないのか」
と怒鳴ったことがある。
千早が口答えをした。
「冷蔵庫には冷凍食品もあるし、通りの向こうはコンビニだ、なぜ自分で用意しない」
つい殴ってしまったのは千早が悪いからだと思う。
そんな日々が半年ほど続き、俺は千早と離婚することを決めた。
別れ話で千早に激高されないように、外に連れ出し人目のある場所で離婚を申し出た。
今の生活とあまりかけ離れない状況を維持できるなら、千早はすんなりと離婚を承諾すると思っていた。
結果は弁護士を抱えられてしまった。
戻った実家では親父に怒鳴られた。
親が浮気もんだと息子までろくでなしかと罵られた。
俺の母親は俺が小学生の時に浮気をした。
相手は俺の同級生の父親だった。
どうも、俺の母親があまりにもしつこいので、浮気相手から親父にリークが入り何とかしろと言われたらしい。
今と違って浮気=離婚とはならなかった時代だが、親父はかなり暴れた。
毎晩酒を飲んで母親に暴力をふるっていたし、そばに居れば俺も殴られた。
何度もそこそこの怪我をしたが、親族が間に入り手打ちとなったらしい。
母親はあれだけの嫁いびりをしていながら、千早さんに謝れと言った。
謝ったところで戻れないと言ったら、親父が泣いた。
馬鹿な母親だが、それでも子供達にはひとりっきりの母親だからと別れずにいたが、その結果バカ息子が浮気して離婚になるとは恥ずかしく外を歩けないと言った。
血は争えないなとぽつんと言った。
弁護士からの連絡で、自分が千早に言った以上の金額をむしり取られることになった。
これでは丸裸になってしまう。
彼女との生活のあるのにと、話をつけようとしたら裁判でもなんでもしましょうと言ってきた。
なので、彼女には、身一つで追い出されそうだと言った。
彼女はそれでも俺と一緒になりたいと言ってくれた。
たとえ今がどん底でも彼女と一緒ならいつだって笑える日々が続くのだと思っていた。
しばらくたって、離婚調停を掛けるかという話が来たときに、彼女から会って欲しいと言ってきた。
きっとあっちはすべて片付いてこれからの二人のことを話し合うのだと思って、会う前に千早との離婚を成立させた。
そして千早と二人で指定され場所へ出かけた。
それが蓋を開けてみれば、彼女を旦那の元に戻り、千早は一人で帰って行った。
俺は一人取り残されて、茫然とした。
今住んでいる場所からそう遠くない場所に千早たちが住んでいる。
取り合えず、養育費を払うことに賭ける。
キチンと養育費を払っていたら、千早だっていつか俺を許してくれるに違いないと思っていた。
親父が母親を許したように。
それがだ。
千早は別の男と再婚して赤ん坊を産んだという。
そして、俺の子供たちはその赤ん坊に夢中だという。
もう二度と戻らない日々を思う。
俺たちはどこで間違えたんだろうな。
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