第2話 運命の恋人と
「運命の恋人と会ってくれないか?」
私たちの離婚話は、弁護士経由にしたらサクサクと進むと思っていたのは甘かった。
一向に話が進まないのである。
それは条件面である。
こちらの条件は財産分与として、家の名義は私。
この家の残りのローンは夫が払う。
子供たちの親権は、すべて私。養育費は一人5万円。
進学や受験のときは増額有り。
浮気の慰謝料として、貯金はすべて私に。
たったこんだけなんだけどなぁ。
いつまでも離婚できないので、運命の恋人はお金には替えられないのではないかと、弁護士から連絡したところ新しい生活にはお金がかかるので貯金の半分をくれとか、養育費を減額してほしいと言ってきた。
馬鹿じゃないの。
離婚したさに自分から言い出したくせに。
膠着状態だった時、電話が鳴った。
「頼みがある。運命の恋人と会って欲しい。会ってくれたら条件を飲む」
「会うのはいいわ。でも、その前に私の弁護士にあって、離婚の条件の協議書にサインしてほしいの」
会ってくれたら何て言ったって、その後であれはやっぱり無しとかになったら困るわよね。
「わかった、そうしよう」
私はすぐさま弁護士に連絡して、日時を決めて夫と会うことにした。
場所は弁護士の事務所だ。
私の希望通りの離婚協議書を作り、連帯保証人に夫の伯父を指定してサインをもらってくるように手紙に書いて送った。
連帯保証人に指定したのは、こいつが私のことを出来損ないの嫁だから浮気されるんだって言いやがったからだ。
そして、夫の給与振込口座のキャッシュカードと通帳とはんこを返す。
一度家のローンを夫の父が全額払い、家の名義を私にする。その後夫は父親にお金を返すことになるらしい。
養育費は子供四人分の口座を作り、毎月月末までに各自に振り込む。
万が一遅れた場合は、連帯保証人の伯父が7日以内に払う。
車は返してほしいというので、返すことにした。
当日、夫はどうやったのかきちんと連帯保証人に夫の伯父の名前が入った協議書を持ってきた。
それを弁護士に預けて、二人で離婚届にサインをした。
後は弁護士先生が、家庭裁判所に持って行って手続きをやってくれることになっている。
もちろん家の登記その他も含めてだ。
名義変更を含むすべてが終わった後、車を返すから取りに来いと言ってやった。
離婚に際し、姓をどうするかという会議が家で開かれた。
私は今更実家に戻るわけじゃないし家も手にいれてここで子供と生きて行くのだから、姓に関してはどっちでもいいと思っていた。
しかし、思春期の潔癖性を前面に押し出した長女が、お父さん気持ち悪い。
これからの人生を、お父さんの名前で生きて行くの嫌〜と叫んだので、下の三人も姉ちゃんがそこまで嫌がるなら変えようと言うことになり、私の旧姓小野姓となる事にした。
「お父さん、子供四人も作っておいて、何バカみたいなこと言ってんの。
今更厨二病かよ。いったい自分のどこがイケてるとか思ってんの!
勘違い野郎って、マジキモいんですけど‼︎」
と叫んだので、それなら仕方ないかということになった。
ま、気持ちはわかるよ。
離婚の手続きと、協議書を弁護士に預けて、私は久しぶりに夫と連れ立って出かけることになった。
夫に連れて行かれたのは、都心のラグジュアリーホテルの一室だった。
フロントで名前を出すと、ベルガールのかわいこちゃんが案内してくれた。
指定された一室は、ベッドの無いホテルの部屋だった。
あぁ、ディユースで使う会議室かぁと、ちらちらと部屋を見渡した。
大きな机の傍らには、一度会ったことのある女性と見たことのない男性が座っていた。
あちらは弁護士連れなのかしらと思った。
口火を切ったのは相手側の男性だった。立ち上がり、私たちに一礼して言った。
「はじめまして。家内がご迷惑をおかけいたしました」
自分の名を名乗り、自己紹介をすると私たちに座ってくださいと言い、ルームスが用意していたお茶のセットを出してくれた。
「この度は、家内がそちらに御迷惑をおかけいたしましたことをお詫びします」
ぴしっときれいな礼をしたのだ。
「いえ」
私は自分の名前と立場を名乗った。
相手の夫は言う。
「君たちの話は聞いている。だが、この件で君たちが一緒になるには大変な苦労が伴うことをわかっているだろうか」
「お前は私に慰謝料、子供達の養育費とそちらの奥様に慰謝料を払うことになるんだよ」
「そして君は、奥様に慰謝料、お子さんたちに養育費、それから私に慰謝料を払うんだ」
「今までのようにお前が遊び半分でパートなんかできないし、稼ぎだってすべて支払いに回るよ。失礼ながら君は私の半分も稼いでいないだろうに、これからの支払いはどうするつもりなんだい?」
言い聞かせるように彼は言った。
確かに夫に比べれば、着ているスーツだってお高そうだ。
いくら夫がブランドパンツと言ってもデパートのブランド品ではなく、スーパーでも売っているなんちゃってブランドだしね。
相手の奥さんの持っているバッグだって、多分本物のケリーだと思う。
私は通販の一万円のショルダーバッグだ。
結構気に入っていたんだけど、ケリーには負ける。
夫はそんなところに惹かれたのだろうか?
しかし、一体何が良くてうちのバカ夫とこんな色恋沙汰起こしているんだろうと思う。
経済的に見たら、絶対私の夫の方が格下だと思うよ。
ただ見てくれだけなら、勝っているかもしれん。
あちらはどう若く見ても50は越えているだろうと思う。
夫は、一応はまだ30代ぎりぎりだし、夫の職場は女性パートさんが多くて、清潔感とかこざっぱりした服装とか見てくれが若く見えるようにはしていたしね。私がね。
言っちゃなんだけど、夫は放っておけば白ブリーフでシャツインの男だ。
後はセックスか?
こいつ身体に伴ってあそこデカいしな。
でもそのテクニックは私が教授してあげたんだけどなぁ。
「どうするんだい?別れるならそれでもいいんだよ」
相手の夫は優しく言った。
しばらくの沈黙の後、夫の運命の恋人は言った。
「わたし、戻ります」
鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことではないのだろうか。
夫の顔はいまさら何を言っているんだこいつと言う感じで、全く見られたものではなかった。
そっちはそれでいいかもしれないけれど、私は嫌だ。
「あなたはそれでいいかもしれませんが、私は離婚します。
私はあなたに慰謝料請求します」
金額とかはまだ詰めていなかったけれど、言っちゃったもん勝ちだよなと、私の頭の中の悪魔がささやく。
「500万円請求するつもりです」
バカ夫が隣で息をのんだ。
「確かに今回のことでうちの家内がご迷惑をお掛けいたしました。
その金額でよければ小切手を切りましょう」
と言って懐から小切手帳を出して、金額を書いてサインをして私に差し出した。
すげー。
言いなりに500万出したよ。
「受け取りは必要ですか?」
「いいえ、大丈夫です」
「では私はこれで手打ちにします」
「ありがとうございます」
そしてその二人は、一礼して部屋から出て行った。
どうやらこの部屋のお代も出してくれているらしい。
私はバッグを持って席を立った。
「おい」
座ったままだった夫が私を呼んだ。
私は立ち止まって振り返った。
「俺、どうしたらいいと思う?」
知らねーよ。
つか離婚したし。
協議書も作ったじゃないか。
後はあの通りにサクサクと手続きを取るだけだ。
「私は帰るけれど、あなたはあなたで勝手にすればいいんじゃない」
「そのお金、どうするんだ?」
「子供たちの進学費用の足しにするわ」
「あなたもこれから、ローンと養育費のために頑張ってね。
実家に戻ればお金入れなくても良いんでしょ」
あんたのことなんか知らねーよ。
私はまだ暑い中、汗をかきながら地下鉄の駅に向かった。
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