運命の恋人

@N-nakagawa

第1話 運命の恋人に

 「運命の恋人に会った。だから離婚してほしいんだ」



 青天の霹靂と言うか寝耳に水と言うか、とりあえず口の中のお肉を飲み込もう。

私たちがいるのは、近所の小洒落たビストロで、ディナーなんかを夫婦で食べていた。

結婚して17年、中学三年生の娘を頭に小学六年生の息子、そして今年一年生になった男女の双子の四人の子供が居る。

 今日は夫からの誘いで、子供達は義実家に預けての夫婦のデートだったはずだ。

それがいったい何を言っているんだ、こいつはと思った私は悪くない。




 ここ半年くらい夫が不機嫌なことが多かった。

末が双子だったのだが、ちょうど新一年生になるころで、上の二人も含めて年明けからずっと忙しかったのだ。

子供にかまけていたから、夫が不機嫌なのだろうかと思っていた。



 やたらイライラしたり、週末となると、子供達が居るから俺が休めないどこかに行けと言われたり。

私が子供四人の支度をして、お金のかからない動物園や博物館水族館などに行って子供と時間をつぶしがてら遊んでいた。

そして、渋滞に巻き込まれて帰宅が遅くなると、俺のめしは?と怒鳴られる日々だったのだ。

なぜ、子供四人の面倒見ている私が、一人で家にいるだいの大人の晩御飯のために、子供との行楽の時間を削って帰ってこなくてはならないのだろうと思っていた。



 わたしだって平日働いている。

週末位普段行き届かない家事をやったり、身体を休めたりしたい。

なのに、理不尽にも、私たちの家から、私と子供たちは朝早くから追い出され、帰ってくれば飯メシとうるさい。


 あまりにも頭に来たので私は離婚を考えていたところだった。



 ところが、先週夫が言った。

「今度の土曜日、お袋が子供を預かってくれるっていうから飯でも行くか」

私は、夫のイライラが収まり、私に対する反省の行動かと思って、買ったばかりのワンピースなんか着こんで、普段はしない化粧までして一緒に出掛けて来たのに、コースのメインのお肉が出てきたところで言われたのがあのセリフである。



「いったいどういう事?」

「実は会社のパートさんと出会って、俺たちは運命の恋人だとわかった、だから俺を解放してくれないか」


「もちろん家はお前にやる、子供の親権もお前でいい。養育費は一人5万払う、あとは欲しいものはすべてやるから、別れてくれ」



なるほど、この半年のイライラは、週末はその運命の恋人とやらに会えないためにイライラしていた訳だ。

そして、私と子供を追い出した家で、運命の恋人と電話の一つでもしていたのだろう。

だから、食べるものを買いに家の隣のコンビニ一つにも行けなかったわけだね。


 なんか、今までの17年はいったい何だったのだろうと、思わず笑いがこみ上げてくる。


「パートさんって誰?私会ったことあったかしら?」

「去年の夏に花火大会が有っただろう?あの時一緒に居た人だ」



あぁ。夫が珍しく花火大会が有るから出かけようと、子供達と一緒に準備して行ったやつね。

土手でシート敷いていたら、見たことのない人が来てなんでか一緒に座ってみたのよね。

つまりは夫はあの時から、あの人とつながりがあって、花火を見る言い訳として私と子供を誘ったってことね。



 なんかもう、すべてが嫌になっちゃうよねぇ。

せっかくの美味しいお肉のはずなのに、なーんでか美味しくないしー。



「私と別れてその人と一緒になりたいの?」

「わかってくれるか。彼女といると毎日が楽しくて、心が安定するんだ」

あー、はいはい。

つまりは私や子供と一緒に居ると毎日が楽しくないし、心も不安定になるのね。

あきれちゃうよなぁ。

私はペーパーナプキンにさっき夫が言った条件をボールペンで書いて、その下にサインしてもらうことにした。


「忘れちゃうと困るからさっき言ったこと書いて」


夫は別れてくれると思ったらしく素直にサラサラと書いた。

私はそれをバッグに丁寧にしまった。



「とりあえず帰ってから詳しい話しましょう。ここは人も多いし」

大体さー、なんで近所のビストロでそんな話をするかなぁー。

周りを見ろよ。

みんな耳をダンボにしてこっちをうかがっているじゃないか。



 私は大変居心地の悪い、砂を噛むようなとはこんなことかと思いつつ、せっかくのディナーを完食し、席を立ってそのまま出口に歩いた。

「おい、会計を忘れてるぞ」

「あなたが誘ったんだから、あなたが払ってくださいな」



私はそのまま一人で、車に乗ると発車させた。



夫は財布をしまいながら何か叫んでいたが、窓しっかり閉めてたので聞こえなかったのよー。

近いしいいわよね。




 家に帰って車をガレージに入れて内側からしっかりカギをかけた。

それから、玄関のドアをチェーンまで掛けた。


 おもむろに電話を取り、実家に電話した。


「旦那ねぇ、浮気してたんだって。それでその女と一緒になりたいから別れてほしいんだって」

「それ本人が言ったの?」

「そう、だから離婚の話進めるわね。

高崎先生、話を進めるならお父さんに話してくださいっていうから伝えてくれないかな」



 実は、浮気をしているとは知らなかったが、離婚を前提の調停の話は父の知人である高崎弁護士と話をしていたのだ。


 でも、弁護士先生は、私の父の承諾がないと引き受けられないとか言いやがって他探すかなぁとか思っていたのだ。



母との電話中に玄関がガチャガチャうるさい。

子機をもって玄関に行けば、半開きになったドアのチェーン越しに夫の顔が見えた。

「おい。ここを開けろよ」

「あなた、今夜から実家に戻ってくださる。あ、その前に子供たち連れてきてくださいね、もちろんご両親を連れてきてもいいわよ、それで同じ話をしてくださいね」

「おい、何を言ってるんだ、早く開けろ」

うざいわ。



「うるせーよ、さっさと家に行って子供連れてこないと、義父さんに電話するわよ」

夫がびくっと震えたようだ。

この夫、背も180超えているのに、すでに40歳近いのに、義父が怖いのだ。

どうやら、夫の子供のころ義母の浮気で義父がかなり暴れてその時にかなり激しい暴力を振るわれたようで、父親が怖いらしいっていうのは感じていた。

でも私も馬鹿で、そんな暴力親父から夫を守ってあげなければなんて思ってたんだよね。




 義父に言いつけるとの一言に震え上がり、夫はあたふたと自分の家に子供四人を迎えに走って行った。

私はその間、夫の下着やら服やらをスーツケースにまとめておいた。

義母が夫たるもの外で仕事するには何が有るかわからないから、あまりみすぼらしい格好はさせるなと言うので、夫が好むちょっとお高めなブランドのボクサーパンツとか靴下を選んでいたんだよね。

それを着て浮気だよ。

馬鹿らしくて笑っちゃうよね。



もういらないから、歯ブラシやリアップ、育毛サクセスのシャンプーなんかも懇切丁寧に入れてやった。

私必要ないし。

髪うすっくなってきたのにねぇ。

一時間ほどで、玄関チャイムが鳴った。




 玄関に行くと、子供たち四人がなになにと騒いでいた。

私はチェーンを開けて、子供達を迎え入れた。

「おかえりなさい」

「ママただいま、何が有ったの?」

「とりあえず家に入って」

一二三四と数えて、そこでストップをかけた。


「あなたはこのままあちらに帰ってくださいね。今後は弁護士とお話ししてください。

連絡が行くと思いますから」

「おい」

「あ、身の回りのものはまとめてありますから、それから車のカギと家のカギは持っていても意味ないでしょうから返してくださいね」

私はまとめておいてあげたスーツケースを玄関から出した。

それから、夫の財布からカードの類を引っこ抜き、ついでとキーホルダーから家のカギを抜いた。

車のカギも取り返した。


「さっさと首洗ってまってやがれでございますわ」



私はにっこり笑って、夫の鼻先でドアをがちゃんと閉めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る