もう一人の少女(4)

「私と姉さんは……」

 彼女がそう語り始めた時、また昨日と同じように電話が鳴った。

「またか」

 少佐が呆れた口調で受話器を取る。

「…………」

 二度も話を遮られたことにアリウムの表情も曇り始めた。

「ごめんな、アリウム」

「いいの、お忙しいんでしょう?」

 明らかに不機嫌そうな口調で彼女は言った。少佐も受話器を片手に申し訳なさそうな目線を送る。

「人はいつまでこんな戦争を続けるつもりなのかしら」

 「はあ」と彼女はため息をついた。

「少なくとも俺たち若者にはどうしようもないさ。全部上のお偉いさん方が決めているんだから」

 アレンが力なくそう答えたが、そのあとの会話は少佐の叫びでかき消されることとなった。


「それは本当なんですか?」

 焦った口調でアレンは聞いた。

「間違いない。奴らも対策を練られる前に決めたかったんだろうな」

 少佐は上着を羽織りながらそう答えた。

 つい先ほどの電話によると、マシヤに向かって例の少女を中心としたゲーヘ軍が侵攻を開始したとのことだった。

「既に航空部隊が攻撃を開始しているそうだが、ほとんど打撃を与えられていないそうだ」

「そんな……」

「このままいけば早くて三時間後にはここは戦場になる。今航空機を手配するから君は彼女を逃がしてやってくれ」

 さっきまでとは違い、戦人の目をした少佐はそう告げるとドアノブに手をかけた。

「まさか!俺も残ります!」

 しかしアレンも一人の男として食い下がったが、少佐は顔色一つ変えずに言い放った。

「そうしてもらいたいところだが奴らに有効な手立てがない今ここに残るのは……」

「ねえ」

 突如として二人の会話をアリウムが割いた。

「ここに姉さんが向かってる。そうなんでしょう?」

「あ、ああ……」

 少佐が動揺して答える。

「でもきっと今の姉さんは本当の姉さんじゃないわ」

 そういうと彼女はあの首飾りを引きちぎった。

「もともとこれは私のものじゃないの」

「それはいったい?」

 話についていけず、アレンと少佐は沈黙した。

 再び電話が鳴る。催促の電話だ。


 司令部では多くの幹部クラスの人間が苛立ちを露わにして、行ったり来たりを繰り返していた。

「なるほど。つまりは……」

 アレンはその中を少佐とアリウムと会話をしながら移動していた。

「君たち姉妹はゲーヘ軍に連れ去られて施設に入れられていたが、君だけマシヤに逃げてきたと」

「はい。そんな感じです」

 この移動の間にアレンと少佐は彼女からここに来るまでのことを詳しく聞いていた。

「それで、あの首飾りもその時に付けられた。そのせいで君の姉は操り人形のように使われていると?」

「はい、おそらくですが」

「なるほどなあ」

 少佐は納得したようにそう言った。確かにそれなら、彼女が来た時にゲーヘ軍がいたということも辻褄が合う。

「つまりゲーヘ軍の目的は……」

「伝説の軍事利用、だろうな」

「そんなのよく信じましたね」

 存在すら怪しい伝説の存在に頼るなどあまりにも現実的でないとアレンは思った。

「まったくだ。エクスカリバーに国民の命を懸けるなんて俺たちじゃ思いつかない」

「でも実際に伝説は存在したってわけですね」

 まだまだ分からないことだらけだと思ったが、今となりにいる伝説上の少女はこの戦争を大きく左右する存在、それには変わりなかった。


「お待ちしておりました。ミドルトン少佐」

 部屋の入り口で一人の男が話しかけてきた。

「遅れてすまないね。で、状況は?」

 少佐がそう尋ねると、男はボードを一つこちらに見せてきた。

「航空部隊による情報によりますと、第八師団を中心とした防衛戦を展開しているものの長くは持たないと……」

「やはりそうか……」

 予想していたが、どうやら本当に足止めできないらしい。

「有効な手立ては今のところは……」

「ねえ」

「ん?」

 アリウムがアレンの袖を引っ張った。

「要するに、ここの人たちはみんな姉さんの足止めができなくて困っているんでしょ?」

「そうだけど……」

「ならさ、私が姉さんを倒しちゃえばいいんでしょ?」

「は?」

 あまりにも突然の発言に、そこにいる全員が彼女を見た。

「できるの?そんなこと」

「当たり前じゃん。この前だって月の人間を倒したんだよ?それに今の姉さんは首輪のせいで力がフルで出せていないと思うし……」

 全員が目を丸くした。伝説の存在が今目の前にいれば誰だってそうなる。

 少しの沈黙の後、アレンが口を開いた。

「少佐、どうします?」

 少佐も同じくアリウムの発言に圧倒されていたが、すぐに覚悟を決めて言った。

「賭けてみるか」

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