第41話 P子さんのためのスタッフ

「スタッフ?」


 さすがにその言葉はにわかに信じられなかったらしく、DBは二度P子さんに問い返した。


「そう。ウチのリーダーが、アナタにその気があるなら、って」

「スタッフって言うと、どういうことするのかなあ」

「ワタシも良くは判らないんですがねえ…… ただ別に事務処理をしろ、ってことじゃあないらしいですよ。あのひとは何か、あまり外部から人は入れたくないみたいで」

「ああそうか」


 ぽん、と彼は手を叩いた。


「つまり、P子さんのためのスタッフが欲しいってことなんだ」

「ワタシの?」


 思わず彼女は自分自身を指さす。うん、と彼はうなづいた。


「たぶんそうだと思うよ。今あなた、誰か専門でマネージャーとかいるの?」

「いや、居ませんけど」

「でもこれから売れるんだとしたら、バンドの、というよりあなたのマネージャーが欲しくなるんじゃないかなあ?」

「そんな、必要ですかねえ。ワタシはしばらく」


 そう言いかけて、P子さんははた、と止まる。未だに彼女はあのことを言えずにいるのだ。


「なるほど、まあ、売れれば、必要になるのかもしれませんねえ」

「あなたのとこのリーダーって、売れれば、じゃなくて、売ろう、ってひとでしょ?」

「そうですね」


 確かにHISAKAはそうだ。


「すごい人だね。それでいて、あなたのことをちゃんと考えてるんだ」

「うん、それは判りますよ。他のメンバーのことも、ちゃんと考えてる。一体どれだけの才能があいつの中には詰まってるかって思いますよ、ワタシは」

「でも一番基本は、音楽なんでしょ?」

「もちろん。だからワタシみたいな奴とでも、まっすぐ対等に話をしようとしてるんですよね。本当に、ありがたい人だと思いますよ」


 そうだね、とDBはうなづいた。そして少しの間、あごに手を置いて考える。


「うん、その話は、僕にとってもいいものだと思う。あなたのためのスタッフだったら、僕は確かに有効な人材だと思うよ」


 そう言って彼はくす、と笑った。つられてP子さんも口元をほころばせた。


「言いますね」

「それに、僕は基本的に甘いひとだから、尊敬できないようなひとの下じゃ、働けないんだ」


 尊敬できない、嫌いなタイプの相手は、とことん利用してやろうと思ってしまう。P子さんにはあまり言いたくない、それは自分の一つの特性だった。

 もしかしたら、それはある意味自分の「兄」と似た部分なのかもしれない、と彼は思う。

自分は「兄」に自由に動かされることを嫌ったが、そもそも「兄」自体、そういう性質なのだろう。ただ「兄」は、そもそも人の下につく、ということは考えていなかったのだろう。生まれた時から跡継ぎだったのだから。

 自分は、「兄」と違って妥協は効く。

 「兄」のような系統だった知識や才能は無いかもしれないが、もし一文無しで裏通りに放り出されたなら、生き残るのは自分だろう、と思っていた。


「それじゃあアナタ、HISAKAのとこだったら大丈夫な訳ですね?」


「あなたから聞く限りでは、そのひとは、僕かなり尊敬できるタイプだと思うよ。それに、あなたのバンドのひと達にも興味があるし」

「なら良かった。HISAKAにそう伝えておきましょう。決まったら、お店の方を辞めるってことでいいんですか?」

「やだなあ、P子さん知ってるでしょ、僕が別に、本当にそっち側の人間じゃあないってことは」

「それはそうですがね」


 そうでなかったら、自分とそういうことにはならなかっただろう。P子さんは髪をかきあげる。


「でもいいひとばかりだった。あそこに居られたことはかなり感謝してるんだ」

「今まで、どんなところで働いて来たんですか?」

「あれ、言ったことなかった?」

「無かったですよ。ワタシも聞かなかったですが」

「いろいろ。でも僕、身元しっかりしてないから、やっぱり何かアルバイト程度にしかできなかったけど。名古屋にしばらく居た時には、うん、レストランの皿洗いから、オールナイトのコーヒーショップのウェイターもしたし、ちょっとだけホストクラブってのもあったけど」

「ホスト!」


 似合わない、とP子さんは目を広げた。


「そう実際僕にもそれは合わなかったみたいで。何か駄目なんだよね」

「でも今は結構何かしてるじゃないですか」

「男相手と女相手じゃ違うでしょ」

「そういうもんですか?」

「そういうもん」


 だいたい懐の量が違う。

そんなクラブにやって来る女性達を見てると、半分までは確かに利用してやろう、という気にもなれるのだが、あと半分に対しては駄目なのだ。何か痛々しくて、見ていられなくなる。

 男が女(もしくはそれに準じるもの)に貢ぐのと、女が男に貢ぐのは、似ているようで違う、と彼は思う。女性の方がリスクが多いのに、と。

 何処かに女性を利用できる「客」として扱うことへの罪悪感があった。それに加え、彼の容姿は通う女性達の好みのタイプではなかったらしい。早々に彼は辞めていた。


「それで女装ですか?」

「うん。これだったらまあ、そんなに僕自身、罪悪感ないし」


 そう、もしかしたら。

 あまり考えたことはなかったが、母親の「父親」に対する位置をつい考えてしまっていたのかもしれない。

「父親」は別に母親がどういう人だったか、彼に言ったことはなかった。だがそういう立場の女性だった可能性は高いのだ。


「まあ確かにアナタはその方が似合ってますがね」

「そうでしょ」


 にっ、と彼は笑った。


「昔、つきあってた奴が、変な奴だったの」

「わざわざ女装させて?」

「そ。混乱しそうだよね。男だって判ってるのに、わざわざまた女装させて、それを脱がすとまた男だっていうあたりが興奮するんだってさ」

「確かに」


 くす、とP子さんも笑った。


「でもあなたも、そういう僕の話聞いて、嫌じゃあない?」

「何でですか?」


 不思議そうな顔で、彼女は問いかける。


「だってそんなことする相手って、男だよ、結局。僕別にどっちでもできるけど、別に好きかどうかっていうとそうでもなかったし」

「だってその時にはそれが必要だったんでしょう? だったら今のワタシがどうこう口を出すことでもなし。それを言うんだったら、ワタシだって結局、『女装した』アナタだから拾ったんであって、別にのべつまくなし親切心をまき散らしている訳ではなし」

「なーんだ。じゃあ結構心配して損した」

「心配してました?」

「多少」


 DBは苦笑する。


「結構さ、僕を店なんかで見た目で判断するひと多いじゃない。そりゃあさ、店ではもちろんある程度、僕自身そう見せてる部分ってあるんだけど」

「そりゃあワタシだって、全くそういうところ無い訳じゃあないですしねえ。ステージのワタシと今ここに居るワタシではやっぱり違う訳だし」

「うん。で、僕は今ここに居るあなたがいい訳だし」

「まあそれは、ワタシも同じですねえ」


 ふふ、とP子さんは笑った。


「僕には僕で、ここにやってくるまでに、色々あってさ。だからやっぱりそれなりに染まってきた部分ってあるじゃない。そういう部分があなたに知られたら嫌われるかなあ、って思ったりもしたんだけど。でもあなたにはその心配しなくていいんだよね」

「だってどういうことしてきたからって、してきたことは、アナタの言動に出てるんじゃないですか? ワタシはそれをひっくるめてアナタと一緒に居ると楽しいし気楽だし気持ちいいから」

「うん。あなたはそうだよね」


 しかしそれでもまだ言えない自分がP子さんは不思議だった。

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