第40話 流れ流れて何とやら②
その音楽には興味はなかった。
興味があったのは、そこに居る連中の中で、誰が一番偉くて、そしてその次は誰か、ということだった。
「兄」に近づく大人達の姿が自分にだぶる。「兄」は果たしてどこまで彼らの動きを、言葉を信じていただろう。あのとってもお偉いひとは。
次の日、タウン誌で位置を把握した最寄りのライヴハウスにたまたま居たバンドは、キャベジ・グリンとタイトスロープ・ダウンと言った。
名前では、何か大人しそうなバンドに彼には感じられた。ところがそうではなかった。
会場に入ったら轟音だった。
格好は「普通のラフな格好の兄ちゃん」達なのだが、これでもかとばかりにアンプの音量を上げていた。入り口でもらったドリンク・チケットを引き替えて、後ろの方でぼうっと彼はステージを見ていた。やっぱりあまり興味はない。
フロアの下の方では、男女入り乱れて、拳を振り上げ声を張り上げ、お祭り騒ぎに彼には見えた。でもやはり興味はなかった。
ただ、この轟音は、妙に眠気を誘った。彼はやがて、カウンタ席に座ったまま、突っ伏せて眠ってしまった。
気が付いた時には、終演時間だった。それも、客がほとんど出て行き、スタッフが彼の背中を叩いたのだ。すみません、と彼は素直に出て行った。
何はともあれ、良く眠れたのでここに来た甲斐はあった、と彼は思った。
そしてしばらくその近くでうろうろしていたら、どうやらバンドのメンバーを待っているらしい少女達が居た。彼はできるだけ気さくに声をかけてみた。自分も今日ファンになったんだ、教えてくれない、と口が勝手に喋るのを聞きながら。
出てきたのは「タイトスロープ・ダウン」の方のメンバーだった。少女達に彼らは、メシ食いに行こうぜ、と声をかけた。
どうやらそこで出待ちしている女の子達を「お持ち帰り」するのは彼らの常のことらしかった。
親切な少女達は、ファン見習いの彼も連れていっていいか、と問いかけた。すると不思議そうな顔をしたが、その中の一人がいいぜ、とにやりと笑った。
結局、「彼自身」も、「お持ち帰り」されてしまったのだ。
無論それも、彼の予想の範疇だったのだが。
そして彼は、そのまま一年半ほど、その街に紛れた。
*
あの頃は、もうとにかく目先のことで精一杯だった。DBは思う。今の自分の方がよっぽど気弱で善良になってしまっているような気がする。
偶然がその時には手伝った。
たまたまその日やっていたバンドのメンバーの一人が、男女問わず食える奴であったとか、それが彼にとって、そう不愉快ではない印象であったとか、その男はフリーターで一人暮らしであったとか、紛れるにはいい条件が揃っていたのだ。
女装は、その時の「タイトスロープ・ダウン」のベーシストが時々彼にさせたものだった。何で、と彼が問いかけると、男は言った。
「だって面白いし。燃えるで」
思いっきり女装して可愛らしくしたところをまた一つ一つ剥いでいくところがいいのだ、と男は言った。変態、と彼は肩をすくめながらも、されるままにしていた。
盛り上がる相手を脇に、彼はなるほど、と思っていた。こういう方法もありか、と。
情が移らなかった訳ではない。悪い男ではなかった。だがやはり、それはあくまで彼の観察対象でしかなかった。
そうして一年半が過ぎた時、男の居たバンドが解散した。
男は実家に帰る、と名古屋を引き払った。彼はそれを機に、男の所を出た。いい奴だったなあ、としみじみ思ったが、今顔を思い出せ、と言われても、上手くそれができない自分を彼は知っていた。
それに比べれば、P子さんとの生活はずっとまともだ、と彼は思う。
理由は簡単だ。彼は名古屋の男を別に好きではなかった。
そしてP子さんのことは、とても好きなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます