第10話 それは筋金入りだ、とP子さんは思う。

「何? 今の親父は二度目だよ。うん、五年かそのくらいの時に、再婚したんだ。最初の親父が消えて、七年経ったから、戸籍から消してさ」

「はあ」

「だからまあ、その七年がとこ、ウチの母親は、その『守ってやりたくなる』ようなひとなのに、あたし一人抱えてがんばってきたんだけどさ、さすがに疲れたらしいね。まあ美人だし」

「そりゃあアナタのおかーさんなら美人でしょ」


 ありがと、とやや皮肉げにTEARは答える。このひとはあまりそれが誉め言葉ではないらしい。しかし事実は事実だ。

 TEARというひとは、実に美人なのだ。すっぴんで美人、の類である。南方型の濃い顔なのだ。

 HISAKAも美人だが、あれはどちらかというと日本型で、それだけに濃い化粧をすると異様に似合うのである。

 TEARはその逆で、あまり濃い化粧をすると化け物になってしまうのだ、という。だからステージでもメイクは軽い方である。P子さんのほうがよほど濃い。

 FAVも大きな目で印象的な顔ではあるが、パーツそのものはそう大ぶりではないので、やはりメイクは濃くなる。だから今こうやってベッドに横たわっている姿は、広がってもつれた金髪とあいまって、実に無邪気で可愛らしくも見えるのだ。


「……誉めてくれてるってのは判るしね、あんたの言うとこだから。でもやっぱりあまり嬉しくはないねえ」

「そうですか?」


 自分などまずその点でほめられたことはないから、言われたらそれはそれで嬉しいと思うのだが。P子さんは思う。

 TEARは濃い眉を軽く寄せた。いちいち描かなくても大丈夫な程、しっかりした眉だ。


「あたしがどう思ってようが、男は結構外見で判断するじゃないか。それがねえ」

「それは仕方ないでしょう。アナタが美人でぼんきゅっぼんなのはどうしようもないし」

「それそれ」


 実に嫌そうにTEARは首を横に振った。


「まあ顔はいいさ。だけどその胸やら腰やらで、こっちの性格まで思いこまれちゃ、たまったもんじゃあないよ」

「性格、ですか?」

「そうそう。バイト先、あたしだいたい肉体労働系だったろ? そうすると、どーしても野郎が多いじゃん。でまあ、ちゃんとそれなりにバイトが長くなれば、あたしがどういう性格とか判ってくるからいいけど、入ったばかりとか、逆に新入りの野郎とか、まあこっちが男好きじゃないか、とばかりに寄ってくるんだよな。たまったもんじゃない」

「まあ…… それは、ですねえ」

「まあさすがに、胸やら尻やら触ってくる奴には数発かまして、判ってもらうけどさ。無理矢理でもさ」


 ははは、とP子さんは笑った。

 だが仕方ない、と思わずにはいられない。TEARはとにかくそんな胸ぼん尻ぼん、の身体なのに、そのラインが強調されるような格好が好きなのだ。

 今も今とて、身体にぴったりとした素材のタンクトップが一枚。首からじゃらじゃらとした銀系の大型なアクセサリをつけているのだが、それが逆に大きな胸を余計大きくみせているのだ。

 足にしたところで、基本的にはぴったりとした皮パンかジーンズなのだから、これはこれで、筋肉が綺麗についた足を強調してしまう。程良く出た腰のラインが、細すぎる足よりも綺麗なのだ。

 まあむき出しになった二の腕の筋肉があるから、全体的に見れば「たくましい」の形容がつく「大柄な美女」になるのである。それが無かったら果たして。


「けど良く『普通の』女の子は言いますよね。もっと胸が欲しいとか」

「言うよな。だけどこっちはたまったもんじゃあない。重いしさ、揺れると邪魔だし。別にあるものは仕方ないけど、FAVさんくらい無いと、気持ちいいだろーな、と思わずはいられないね」


 胸が無くて悩んでいる女の子が聞いたら殺したくなるような言葉だな、とP子さんは思う。以前のバイト先の同僚が、「欲しがって」いるタイプだったのだ。


「アナタ絶対そういうこと、普通の女の子の前で言うんじゃないですよ」

「そのくらいは判ってるさあ。あたしが言ったら嫌みだって、何度言われたか」


 P子さんだから言うの、と彼女は付け足す。


「だけどでかい胸があって嬉しいのは誰だ、ってあたしは思うね。少なくともあたし自身はあって邪魔、動きにくい、くらいしか考えたことが無いし。じゃあ誰が喜ぶか、って言えば、それを見る連中のほうだろ? ついでに言えば、それはだいたい男だ」


 TEARは口元を歪めて意地悪げに笑う。


「男のためにこっちの身体があるって訳じゃないんだよ」

「まあそれはそうですがね」


 それに下手に反論はできないだろうな、とP子さんは思う。


「嫌い、なんですかね、アナタ」

「別に友人とか、ほらウチのカザイ君みたいな、仕事仲間としちゃあ嫌いじゃないさ。嫌なのは、こっちをそういう目で見る奴のことだよ。そういう目があるな、と思った途端、あたしはそれを叩きつぶしたくなる」

「それは極端な」

「でも仕方ないよ。そう思ってしまうんだからさ。だいたいあたしにしてみれば、何でいちいちそこいらの女の子達が、男の気を引こうとするのかのほうが良く判らないよな」

「そりゃまあ、好きな男には好かれたい、と思うんじゃないですか?」

「や、それならまだいいけどさ、何か、あるじゃん。合コンとか。何でいちいちそんなこと? って思うんだけどね、あたしゃ」


 P子さんは黙って肩をすくめた。


「それはですねえ、TEARさんや」

「何か答えがある?」


 TEARはぐ、と身を乗り出す。


「……別にワタシも異性愛者ノーマルと言ったとこで、男追いかけるのが好きという訳ではないから、あくまで他人事として見たうえの意見ですからねー」

「そんなこと見てりゃ判るでしょ」


 それはそうだ。


「だから、アナタにはベースがあるしワタシにはギターがあるし。そういうことじゃないですか?」

「P子さん言葉足りないよ、そりゃ」


 TEARは頭を抱えた。


「……だからですねえ。ワタシはHISAKAのように頭良くはないですから、上手くは言えないんですがね、だから、ワタシたちが音楽やっている、アタマの部分、彼女たちはそれが男とか、恋愛とか、そーいうことなんじゃないですか? それに関わるもろもろのこと。化粧してないと落ち着かないとか、自分の顔じゃないみたい、ってのは、よーすんに『人に見られる顔』が大切な訳で。あれ? 何かずれてますねえ」

「まあそんなずれてない、と思うよ。つまり、あんたの言いたいのは、熱心になれる部分ってのは人それぞれ、ってことだよね?」

「と思いますけどね。ただワタシ達はたまたま皆さんが割と簡単に右にならってしまうとこに、『何で右を向かなくちゃならないの』と思ってしまったあたりが違うんだと思うんですがね」

「それは言えてるな。疑問はいつだってあるさ。それこそどーして制服がスカートなのか、とかに始まったもんなあ」


 それは筋金入りだ、とP子さんは思う。


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