第11話 どちらかというと、犬や猫のじゃれあいに近いのかもしれない、と思う。

「それで誰も答えは出せないままに、それが慣習だから、ってことにしてしまうか、逆に、今の女子高生のようにさ、居直ってそれで武装することだってあるしさ。まああたしはあの武装はいただけないけれどね」

「アナタは似合いませんよ。どーしたってあの格好は。ああいうのは、大して胸も腰もないフツーサイズの子が女子高生って看板を背負うためにやっているような気がしますがね」


 くす、とTEARはそれを聞いて笑った。何ですか、とP子さんは表情一つ変えずに問い返す。


「いや、やっぱりあんた、HISAKAと基本同じだよ」

「ああ……」


 そう言えばそうかもな、とP子さんはぼんやりと思う。


「あいつもおんなじようなこと言ってたな。何かあいつは前にはつきあってた男居たらしいけど」

「へえええええええええええ」


 それは意外だった。


「……想像ができない」

「あんたもだろ。あたしもできん」


 とん、とTEARは空になった缶を床に置いた。


「……って、まあワタシ達からしてみれば、あれと出会った時ほら、もうMAVOちゃん居たではないですか。今と同じようにあんなワンピとか好きで」

「そうなんだよねえ」


 彼女達のバンド「PH7」のリーダーでドラマーであるHISAKAは、TEARやP子さんと最初に会った時点で、既にMAVOを連れていた。ついでに言うなら、「そういう仲」だった。

 さすがにP子さんは「ほう」と声を上げる程度には驚いた。

 別に女同士のそういう関係に嫌悪感を持つ訳ではないのだが、知り合いにその類の人々が居た訳でもないので、本当に居るんだなあ、とのんびりと何度か首を縦に振っていたことは確かだった。


「だから何か、HISAKAってそっち一本、って見えなくもないじゃない。やっぱりあいつは頼れるおねーさんだしさ。……何でだ? ってあたしゃ思ったね」

「とりあえずお試し、ってことは考えられますがね。あのひと好奇心は旺盛だし」

「好奇心ねー」


 なるほどそれは考えられる、とTEARは二本目のビールを開けた。


「まあ生理的に駄目、って言うひとじゃなければ、それはそれで有効なんじゃないですか? TEARさんアナタは生理的にあかんのではないですか?」

「……判る?」

「そらまあ。でもそれって、野郎が野郎にこまされたくないってのと同じじゃないかと思いますがねえ。あれもあれで、何か非常に強迫観念でもないかと思うんですがね。あ、別にアナタが強迫観念とかどーとか言ってるんじゃないですからね」

「判ってるって。うん、あたしに関してはそれはあるだろうな。何だろ。身体がこれだからかな、男があたしのこと、佳西咲久子かさいさくこ、ってひとりじゃなくて、ただの『女』っていう生き物って見ることが多いじゃん。あれが嫌でさ」

「ただ『女』としてだけ見られたいってひとも世の中には居るんですよね。残念ながら」

「そう残念ながら。そんでもって、男達は、そうやって見たいんだよな、結局の大多数は。そのほうが『楽』だからさ。……で、P子さんのその彼氏、は、どうなの?」

「彼氏?」


 ああそうか、といまさらのようにP子さんは思う。

 一緒に暮らしている男だったら、「彼氏」ということになるのかもしれない。たとえ本人のその意識がさっぱり無かろうと!


「……あれを彼氏というのかどうか判りませんがねえ……」


 人差し指を真っ赤な髪に差し込んでかりかりとひっかく。

 確かにそれらしきこともしている。成り行きのように。一度ではない。だがやっぱりその意識は無い。


「……そーですねえ…… まあアナタほどではないですが、ワタシもそう男おとこした奴は好きではないですからねえ。いかにも男性ホルモンむんむん、ってのに触られるとか考えると結構ぞっとするものがあるし」

「ふうん。じゃあその彼氏、そういうのじゃないんだ」

「可愛いですよ」


 へえ、と感心したようにTEARは大きく目を広げた。

 そう確かに可愛い。ただその言葉の意味が果たしてどこまでこの同僚に伝わるかは謎である。

 そうだ確かに、自分達の関係は曖昧なのだ。

 どっちが抱いて抱かれて、という訳でもない。

 どちらかというと、犬や猫のじゃれあいに近いのかもしれない、と思う。

 猫は好きだ。実家に置いてきてしまったが、あの人の存在などどうでもいいように毎日を暮らしている姿や、それでいて時々意味もなく甘えてくるところとか。

 格別男女の仲に通じている訳じゃないから、セオリイもパターンも知らない。

 向こうが知っているのかもしれないけれど、まあどうでもいい。

 こちらの身体に気持ちいいことをされたら、同じことをやってあげる。向こうが心地いい顔をすれば、それはそれで、楽しい。

 くすくすくす、と笑い声が漏れる。それだけ。

 端で言う強烈な快楽とかがそこにあるとはP子さんには思えなかったが、特に欲しいとも思わない。曖昧で、ゆらゆらと心地いい時間が、そこにはあったのだ。


「……ま、いずれ機会があったらライヴに連れてきますよ」


 その時まで、あの気まぐれそうな子が居着いているのならね、とP子さんは内心補足した。

 そんな保証は無いし、止めることもできないだろう。

 自分も向こうも、そういうものだろう、とP子さんは何故か強く感じていたのだ。

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