第911話 あり得ぬ援軍

「ん……?」

「なんだ……?」


冒険者どもが、先にそれに気づいた。

ドルムの南門から出て西に展開している冒険者達が、先にそれに気が付いた。


「味方……だよな?」

「そりゃそうだろ。もん」

「だよなあ……?」


彼らは戦いながらも不思議そうに首を傾げている。

彼らが目にしたのは騎馬の一団だった。


それだけなら別段おかしくもなんともない。

ドルムにも精強な白銀騎士団がいる。

ただ彼らが美門に思ったのはなかった。


まあさらなる不可思議がその後発生するのだが、それを彼らはまだ知らぬ。

ともかくその奇妙な味方が、彼らの視界の横を駆け抜けてゆく。


飛び交う妖術。

それがその騎馬の一団目掛けて次々に放たれる。


だがそれは当たり前だ。

なぜならその騎馬隊……騎士と呼ぶにはやや軽装な十数騎の集団……が無人の荒野を行くが如く疾走しているからである。

魔族どもがそれを看過などできようはずもない。


いや語弊がある。

いやないのだろうか。

無人の荒野が如く、ではない。

彼らが馬を駆っているのは他に誰もいない無人の荒れ地なのだから、字の如く無人の荒野そのものを駆けているのだ。


戦場のすぐ隣に、誰もいない空間がある。

通常の戦ならまずありえない状況だ。


空間があるなら兵が配置できる。

陣形によっては相手より優位に立てる。

ならばそこに兵を配置するのが常道であり、敵も味方も誰一人いない空間というのは通常発生し得ぬ。


けれどここドルムの決戦場の場合は些か勝手が違う。

対魔族との戦闘だからだ。


防衛都市ドルムには除外条件を満たしていない対象に精神打撃を与える強力な結界が張り巡らされている。

そのため魔族はその内に入る事ができぬ。


ならば人型生物フェインミューブ側がそれを利用し有利に戦えばいいはずなのだが、それを理解している魔族どもから妖術や魔術による集中砲火を浴びてしまう。


妖術だけであればそれぞれの魔族が身に着けているのは帯魔族ヴェリート羽魔族コニフヴォムと言った種ごとに固定であり、対策が打てる。

けれど魔族達は魔導術に習熟している者も多く、その場合誰がどんな属性のどんな魔術を有しているのかは一切わからない。


つまり聖職者の魔術などであらかじめ耐性を用意完備しておくことが難しく、そして集中砲火を浴びればすり潰されてしまう。

なぜなら投射される魔術には〈解呪ソヒュー・キブコフ〉が多く含まれているからだ。


魔族と人型生物フェインミューブの大きな違いは生来有している特殊能力や特殊耐性の多さである。

人型生物フェインミューブ側はそれらを多数の補助呪文や防御呪文、魔具などで補うことで伍して戦うことを可能とするが、逆に言えばそれらの補正を剥がされたり抑止されたりしてしまえばその能力は激減してしまう。


魔族の中には己に強力な防御術や強化用の補助魔術を自身に付与して戦う者も多く、乱戦の中であれば〈解呪ソヒュー・キブコフ〉を使用したがらない。

乱戦の中で使うならそれらは範囲を指定して使用されるはずだし、そうすると味方のバフまで解除してしまう恐れがあるからだ。


ならばいっそのこと人型生物フェインミューブ側が全員結界内に引きこもって戦えばいいのでは…と思うが事はそう簡単ではない。

確かに魔族は結界内に入りたがらないが、そうなると白兵戦が成立せず弓や攻撃魔術による遠距離戦にならざるを得ない。


そうすると魔族達は距離が離れた事を幸いに〈解呪ソヒュー・キブコフ〉を連発してくるし、中には攻撃系の妖術を回数無制限に使用できる上級魔族もいる。

さらには高速の治癒能力や≪再生≫能力で多少の傷はすぐに治してしまうため、戦いは膠着状態になりやすい。


そうすると困るのは人型生物フェインミューブ側である。

何せ彼らの強化や耐性は全て魔術や魔具によるであり、強力な効果ほど早く持続時間が切れてしまうからだ。


そして戦線が長引けば長引くほど有利になるのは魔族側である。

何せ彼らの目的はこの土地を瘴気地に変えることであり、戦線が膠着し戦闘が長引けば長引くほど自分達から漏れ出る瘴気が周囲を汚染してくれる。

長期戦はむしろ彼らの望むところなのだ。


つまり人型生物フェインミューブ側としては、自分達を守る呪文の持続時間が切れぬうちに、〈解呪ソヒュー・キブコフ〉の的にならぬよう、かつ魔族どもの高速の自然治癒や≪再生≫などを活用されぬよう彼らからつかず離れず白兵戦を挑むしか活路がないのである。


ともあれそんな理由でドルムにいる者達は皆その結界の内側には立ち入らぬ。

とするなら……先ほどからそこを疾走している騎兵の集団は一体何者なのだろうか。


妖術が飛ぶ。

攻撃魔術が乱れ飛ぶ。


結界の内側に入り込んだその騎兵は魔族どもにとって格好の的であるし、自分達が立ち入れぬ場所に人型生物フェインミューブを安穏ととさせておくと一方的に有利な陣形を敷かれかねない。

彼らとしても放置しておけぬ存在なのだ。


「〈風歩クミユ・ギュー〉!!」


けれどその騎兵は騎乗しながら呪文を詠唱し、直後あり得ない速度で急加速、攻撃魔術や妖術の雨を己の背中に置いてけぼりにした。


次々と地面に着弾し炸裂する火の玉や電撃。

馬が疾風の如く走り去った後の空間に立ち込める猛吹雪。

魔族どもの放った初撃は、どれひとつとして彼ら騎兵の速度を捉えきれなかった。


風歩クミユ・ギュー〉は風の精霊魔術である。

風の精霊を足元に纏わりつかせることで移動速度を格段に上げる移動補助魔術だ。

キャスが好んで使用することからわかる通り消費魔力も少なく、初歩の魔術ながら便利かつ有用、使い勝手のいい呪文である。


ただしこの呪文は目標が『対象:術者』であり、他者にかけることができぬ。

騎兵である以上当然馬に乗っており、駆けているのは馬の脚である。

乗り手の足がいかに速くなろうと意味がないのではなかろうか。


違う。

意味は、ある。


その騎兵はただの馬の操り手ではない。

強い絆で結ばれた乗騎と騎兵のコンビなのだ。


聖騎士パラディン森人ドルイドなど、一部の職業では己の相棒たる馬や獣などと特別な関係を結ぶ事ができる。

そうした対象との間に得られるのが≪人馬一体≫や≪人獣一体≫といったスキルである。


これらのスキルを有している者は常に己の隣に特別な相棒たる獣がいる。

騎士であれば馬だろうし、森人ドルイドであれば彼の住んでいる森に住まうなんらかの獣である。


さらにこのスキルの対象となった動物は、主人の近くにいる限り幾つかの特別な加護を得られる。

『呪文共有』と呼ばれる効果もその一つだ。


『呪文共有』は主人を対象とした呪文の効果を相棒である獣も同時に得られる、というものだ。

これは『目標:単体』のような通常の効果だけでなく、『目標:術者』の効果も含まれる。


先程騎兵たちが用いたのがまさにこれだ。

自らに〈風歩クミユ・ギュー〉の呪文を付与することで己の乗騎にも同時にその呪文効果を与えたのである。


それはつまり彼らが乗っている馬が皆強い絆で結ばれた特別な駿馬であり、そして彼らはそうしたスキルを獲得できる特殊な職業であるということに他ならぬ。

だが先述の通り彼らは騎士には見えぬ。

かといって冒険者は騎馬でこのように集団を構成しないし、そも危険度の高い結界の内部に踏み入るような真似はしないだろう。



つまり……彼らは防衛都市ドルムの勢力では、ない。

だが結界内を通過できる時点で魔族側の勢力ではなく、味方であることは間違いない。



それもドルムの結界の除外条件として既に登録済みの、それでいてドルムの勢力ではない何者か、ということになる。



だが、そんなことがあり得るのだろうか?

魔族達は完璧な情報管制を敷いていたはずだ。

転移系の呪文もほぼ封殺していたはず。



まず各国にはドルムの危機を知るすべがない。

仮に知った上で転移系の呪文なしにこの短期間でドルムに到着する事は不可能なはずだ。



「我ら青森ブモア・ブサークエルフ騎兵隊!! 人類防衛戦ドルムの危難と聞きつけ馳せ参じた! 共に魔族どもと戦う許可を与えられたし!!」







ならば……いったい彼らは、どこからやってきたのだろう。







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