第912話 知らない増援

青森ブモア・ブサークエルフ騎兵隊……

その名を聞いた時、魔族どもは仰天した。


確かに青森ブモア・ブサークという地名は存在する。

多島丘陵エルグファヴォレジファートにある比較的大きな森である。


そこには確かにエルフ達が住み暮らしているし、そこの騎兵隊は特殊な訓練を受け精霊魔術と騎兵術を組み合わせたいわば精霊騎士のような戦術を用いると言われている。


魔族たちも無論その程度のことは把握している。

というか、彼らはかつて魔族どもがドルムを襲撃せんとした時にもこの地に駆けつけ、共に戦った記録が残されている。

結界内を自由に駆け抜けることができたのはその時にドルム側に場外対象として登録済みだったからだろう。


だとしても。である。

だとしてもそれがなぜこんな場所に忽然と現れたのかが理解できぬ。


精神感応によりドルム包囲網、その西部から雪崩のように連絡が届いた。

彼らエルフどもは魔術により馬ごと姿を消し包囲網に西から接近、不意を打って包囲の一角を崩し結界内に突入し、そこで術が切れ姿を現してそのまま結界内を駆け抜けてきたのだという目撃証言である。



魔族達には信じられなかった。

人型生物フェインミューブどもの遠隔通信を阻害し、街と街を結ぶ瞬間移動を封じた。

そのはずだ。


仮にそれらを全てどうにかできたとしても、ならば西のだ。

ここより西に村も街もない。

麦畑の間に点在する家が数件あるだけのはずだ。


なにせつい最近までここより西の赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムトにはがいた。

迂闊にその近くに集落などを作った日には己の縄張りを侵されたとみなされてドルムが襲撃対象にされかねぬ。


無論ドルムの総力を結集すればかの赤竜相手とておめおめと遅れは取るまいが、この防衛都市の目的は赤竜の討伐ではない。

あくまで対魔族絶対防衛線なのだ。

ゆえにいらぬ赤竜に無駄な刺激を与えることは可能な限り控えられてきた。


となると魔族どもが街と街の間に張った対転移結界の穴をついた瞬間移動くらいしかありえないのだが、実はそれも難しい。


転移ルケビガー〉は目標地点の正確なイメージがなければ術が失敗するかよく似た別の場所などに放り出されてしまうため、何も目立った特徴もない山の中などには移動できないのだ。

似たような場所がいくらでもあって正しくイメージしきれないためである。


そもそもそのエルフ騎兵隊は二十騎ほどいる。

転移ルケビガー〉の呪文で一度の運べるのはせいぜい数人程度。

馬が加わればさらに少なくなるだろう。

明らかに人数オーバーである。


となると〈転移ルケビガー〉呪文を幾度も唱えてピストン輸送したのだろうか。

だがそれだけの膨大な魔力があるならもっと別のことに使った方が有意義ではなかろうか。


「おお、に青森ブモア・ブサークの……!」


想定外の援軍にドルム城代ファーワムツが声を震わせる。


「これは頼もしい。こちら城代のファーワムツである」


素早く騎士達と魔導師が周囲を囲み、ファーワムツの周りに物理と魔術の防御網を敷く。

その間に彼は駒を進めその騎馬のエルフ達と合流した。


「対魔族絶対防衛線の指揮官殿にお会いできて光栄です。私は青森ブモア・ブサークエルフ騎兵隊隊長カッセイメイヴと申す者。不躾ながら遅れての参陣許可頂きたい」

「もちろん大歓迎ですとも。しかし一体どこからどうやってここに……魔族どもの罠が張り巡らされていると聞きましたが」

「は。クラスク市はご存じですか」

「クラスク市……? 無論存じておりますが」


城代と言えばドルムの代表である。

にもかかわらずファーワムツの言葉遣いはやけに丁寧だ。

魔族に対抗するために多くの種族と力を合わさねばならぬ立場上、相手側を立てる言葉遣いが染みついているのである。


「そこの太守殿の采配で、魔族どもの隙を突く事ができました」

「おお、クラスク殿の指示なのですか」

「はい。御存じでしたか。我々だけではありませんぞ。援軍は続々地到着予定です」

「なんと……!」


あり得ぬ方角からあり得ぬ援軍がやってきたこの僥倖、この奇跡。

ファーワムツは改めてクラスク市太守クラスクの手腕に感嘆した。

いったいどうやってあの綿密で入念な魔族どもの包囲網の裏をかく事ができたのだろうかと。



もしこの場に当のクラスクがいたのなら……きっと力強い口調でこう答えた事だろう。




「ナニソレ知らナイ。コワイ」




と。




×        ×        ×




さて今回の増援、クラスクに聞いてもさっぱり理解できぬことだろうけれど、彼が全く無関係かというとそうでもない。

クラスクは確かにこの援軍に関する指示を出してはいた。


サフィナにである。


彼はサフィナに対し各国に連絡を取れと指示を出していた。

精霊魔術の〈動物伝言サキャラッル・ミレイ〉を用いて、である。


それは神聖魔術〈聖戦オーウェターグ〉を用いた通信方法の補助手段として、時間がかかっても周囲の国々に報せておこうと採用されたものだ。

聖戦オーウェターグ〉による通信は条件的にアルザス王国首都ギャラグフに対してしか行えなかったからである。


一方で〈動物伝言サキャラッル・ミレイ〉であれば通信に使用するのはそこらに生息している鳥や小動物であるため魔族どもにも怪しまれず通信が行える。

ギャラグフ以外にも連絡できるというわけだ。


ただしメッセージを運ぶ鳥や小動物は別段知能が向上するわけではない。

あくまで魔力によって彼らに込められたメッセージを運ぶだけだ。


なにが困ると言えば特定の人物に届けることが難しいということである。

移動先として指定できるのは森や山などの一地点。

そして相手側がメッセージを受け取るためにはその動物に気づかなければならない。


そう、この呪文は本来『十日に一度この呪文を用いてあの一番高い杉山のふもとに連絡用の獣を寄越すから注意しておいてくれ』とか、或いは相手からあらかじめペットなどを預かっておいて『主人のところへ戻ってこれこれを伝えてくれ』にような用途で使用するものなのだ。

だが今回は相手と了解を取っての通信ではない。

まあそもそも通常の魔術通信が妨害された上での緊急連絡なのだから当然なのだが。


この状態で連絡可能なのは己の森の異常であればすぐに気づけるエルフ族くらい。

それも西の神樹アールカシンクグシレムからやってきた外交官アルヴィナの助けによって各森の場所を教えてもらって初めて連絡可能となる。

ゆえに通信を行えたのはエルフ族だけだ。


ただ多島丘陵エルグファヴォレジファートの各小国で森のない国はほとんどない。

エルフ達がこの呪文によって入手した情報を早馬などで各国に伝えることを魔族達は止められないはずだ。


この時……アルヴィナと相談してサフィナは連絡内容に次の一文を添えた。



『目的地に向けてできるだけ早く出立できるよう、条件が整い次第〈森渡り〉できるようあらかじめ準備を整えておくこと』

と。



〈森渡り〉は精霊魔術の一種である。

呪文として呼ぶなら〈森渡りアジェスカァ・クラスゥヴ〉が正しい発音だ。


これは精霊魔術版の〈転移ルケビガー〉のようなものと考えて良い。

つまり瞬間移動系の呪文である。


転移ルケビガー〉と異なり目的地のイメージが乏しいと転移に失敗してしまうといったリスクはなく、また条件さえ整えば軍隊のような大人数を一度に転移できるという点に於いては、〈転移ルケビガー〉よりも勝っていると言えるだろう。


……が、『利便性』という意味に於いて、この呪文は〈転移ルケビガー〉には遠く及ばない。


第一にこの呪文は森から森にしか移動できない。

出発点も目的地もあらかじめ適切な儀式を施した森でなければならないのだ。


基本的にエルフ族あるいは森人ドルイド野伏レンジャーあたりが住んでいる森であればこれらの儀式は施されていると考えてほぼ間違いないため、まあだいたいエルフの森からエルフの森へと移動するための呪文であると言える。

逆に言えば魔族どもの潜む『闇の森ベルク・ヒロツ』や、クラスク達が元々住み着いていた、エルフの住まぬ『中森ナブロ・ヒロツ』あたりには転移できないわけだ。


第二にこの呪文の効果は森が宿した魔力の影響を受ける。

先程軍隊も送れると述べたけれど、これはあくまで森の魔力が高まり切った時のみだ。

普段の森であれば送れても一度に一人、二人。

大人数を一度に送れるようなタイミングは満月かつ特別な星の並びの夜のような時でなければならず、数か月から半年に一度程度しか訪れない。


サフィナが〈動物伝言サキャラッル・ミレイ〉を唱えた時点で、森にそこそこ魔力が溜まるのは早くて数日後、さらに大きな波は十日後ほどとなっていた。

そしてそこまで待ったとしても一度に送れるのは十人がせいぜいだったろう。


実のところそのタイミングで少人数を送り出したところでおそらくもう間に合わぬ。

ドルムは既に落ち、その周辺は瘴気地に変貌しつつあるのでは…というのがアルヴィナの予測だった。


実際には彼らの目的はクラスク市の攻略とミエ様……もといミエの抹殺なのだけれど、この時点ではサフィナもアルヴィナも魔族の目的がドルムの攻略と瘴気地化であるという認識だったためそういう結論にならざるを得なかったのだ。


だがそれでも連絡が届かず魔族どもの邪魔もできず、彼ら勢力と生息域が増大するのを放置する事だけは避けねばならぬ。

ゆえに多島丘陵エルグファヴォレジファートの各小国家群にはエルフ達から連絡が届き次第軍備を整えてもらい、支度ができた者から順次エルフ達の森へと集合して欲しいと伝えてもらっていた。

全員を集めて一斉に行軍すると魔族に怪しまれてしまうからだ。






そして同時にエルフ達の森では〈森渡り〉の準備が進められていた。

多島丘陵エルグファヴォレジファート小国家群の北の端、ドワーフの小国グラトリアのさらに北端の街、オルドゥス最寄りの森へとと渡るための。






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