第898話 思い(込みの)の力
そして……
この街の攻略を担当していた
最前線で戦う屈強な戦士であると同時に優秀な指揮官でもあったわけだ。
その
今この街の指揮は街にいたもう一体の
的確な指示を出すためには部下どもの報告が重要だ。
ゆえに彼のところには街中のあらゆる魔族から報告が集められていた。
が、今回はそれが最悪な形で仇となった。
ミエサマこわい。
わからない。
あれわからない。
ミエサマおそろしい。
こわいこわいしぬきえるこわい。
みえさまに向かってるあそこのまぞくはぜんめつだ。
そんな思考が、感情が、報告が。
あとからあとからとめどなく彼に降り注いでゆく。
四方八方から矢継ぎ早に、延々と、城を出たミエの行動によってますます増幅されて。
魔族全てが恐怖する存在。
見ただけで怯え、その名を聞いただけで竦み上がる存在。
そんな存在が……
え? こちらにむかっているの?
だがすぐに己を叱咤する。
落ち付け。
大丈夫だ。
そもそも我らは彼女を亡き者にせんとやってきたはずではないか。
幸い部下からの報告(報告不備であとで全員始末書ものだが!)によって彼女があらかじめ来るとわかっているのだ。
遠からず教会の扉を開けて飛び込んでくるはず。
人間族の女だから背丈は5フース(150cm)以上6フース(180cm)未満。
次に扉が開いた瞬間、姿を見ずにそこを狙い打てば……
ばだん!
扉が勢いよく開かれた。
今だ! と狙いをつけた
ミエは、上を、取った。
飛んでいる?
それどころかまっすぐこちらに向かってくる?
こちらの射角を見切った高さで、空を舞い飛んで来る?
まさか読まれていた?
全て読まれていた?
こちらが咄嗟に考えた作戦すら。この女は全て読み切ってしまうのか……?!
駄目だった。
そんな思考に陥った時点でもうその
びくりと硬直した彼は、そのままミエの攻撃(主に尻による)をまともに喰らい、動転しよろめき足を滑らせ尻餅をついてしまった。
上級魔族としてはあり得ない失態である。
標的が己を押し倒している。
体格的に巨人族程にも大きい
なんという知性。
なんという智謀。
部下が様付けて呼ぶのも頷ける。
この知性には畏怖と同時に畏怖と戦慄を感じざるを得ない。
だがなんとか冷静でいられたのもそこまでだった。
その女は、自分達の天敵は、少し胸を揺らしながら身を乗り出して前かがみとなって、前髪を掻き分けながらこちらの顔を覗き込むようにしてこうのたまったのである。
「イタクナカッタデス? オケガハリマセンカ?」
と。
なぜこちらの身を案じるような
まるで疑似的にこちらを心配しているかのような表現ではないか。
何の意図が?
圧倒的に有利なこの体勢でそんな単語を放つ意味は?
まさか……本当に気遣っているのか?
魔族など卑小な存在だからと、壊さないよう気を遣っているのか?
触れただけで滅ぼしてしまうか弱い存在だからと、それで謝罪しているのか?
こわい。
じわり。
こわいこわい。
だらり。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
どろどろ、どろり。
どろどろどろりと溶けてゆく。
ミエが触れた部分。
ミエがその豊かな尻(大きい)と太腿(字の如くやや太目な、健康的な大腿部)を押し当てていた場所が、どろどろどろりと溶けてゆく。
これはミエの力ではない。
ミエにはそんな力は一切ない。
彼女はごくごく普通の人間である。
にわかには信じがたいことではあるが、これは
例えば一度でも焼きゴテで火傷した事がある者が、熱していない焼きゴテを押し当てられた時、皮膚に火傷したような跡ができてしまうことがある。
視覚情報によって咄嗟に『熱い!』と誤認してしまった脳が勘違いし勝手に防衛反応を起こしてしまったのだ。
今の
ミエに触れたもしかしたら溶けて滅んでしまうのではないか、という恐怖が、彼の姿をそう変えてしまったのだ。
物理実体を持つ人間ならば単に皮膚の上にありもしない火傷の跡を作る程度で終わるかもしれない。
だが魔族にとって肉体はあくまで仮初めのもの。
その実態は精神生命体なのだ。
つまり……本人が強く思い込んでしまった結果が、物理実体を本体とする人間よりもより強く表れやすくなっているのである。
こんな欠点、こんな欠陥、底知れぬ恐怖を前にした時でもなければ発生しない。
今まで魔族にはそんな相手が存在しなかった。
ゆえに誰にも……
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
だがその隙を突かれ、キャスにとどめを刺され、命を落とす。
だが彼の断末魔の叫びは、精神感応となって周囲に放たれた。
上級魔族ですら、自分達の上司ですらミエサマには敵わない。
魔族では、その女には太刀打ちできない。
そんな認識が、魔族どもに瞬く間に共有されてゆく。
そして……
ミエに触れると、溶ける。
ミエ様に触れるとどろどろに溶けて、そのまま滅んでしまう。
単なる思い込みに過ぎなかったそれは、今や共通認識となって彼らに定着してしまったのだ。
次からはミエが魔族に触れれば相手をどろどろに溶かす事ができるだろう。
回復も再生も効かぬ、融解の接触。
治らぬはずである。
なにせ魔族自身がそうなると信じているのだから。
こうして……多くの魔族どもがミエに対する恐怖を刻み付け、震撼し、戦慄した。
実際に相対してみて、本当に策も思考も読めず理解もできず、さらにはこちらを滅ぼせる接触攻撃まで有している事が明らかになったのだ。
それなら魔族を恐れるはずもない。
平気な顔で近寄ってこようというものである。
まあ、それは壮大な誤解なのだけれど。
問題は魔族どもがそれを信じ込んでしまっている事だ。
なにせ精神生命体である彼らにとって信じるということは事実であるということと同義なのだから。
さて、クラスク市の戦況はほぼ定まった。
ミエを亡き者にせんと大挙してやってきた魔族どもだが、彼らではミエを傷つける事ができなかった。
上級魔族すら彼女の前には無力だった。
魔族に対する致命的な存在。
それがこの街に誕生してしまった。
魔族どもが、自らそう確定させてしまったのだ。
だが……これで全てが終わったわけではない。
単純な足し算と引き算の問題である。
この街の総指揮官である。
だが彼はキャスによって倒された。
その後彼が≪魔族招来≫を用いて
これで差し引き二体。
その後教会の外から、オーク族の必死の防衛を突破して
この街の制圧を任されたもう一体。
副官である。
これで合計三体。
その後サフィナとイエタが生み出した小型の疑似太陽のような魔術で
これで残り二体。
そしてミエが教会の扉から飛び込んできて魔族一体を押し倒し、彼の上体をどろどろに溶かしたところでキャスがとどめを入れた。
……とするなら、まだ全ては終わっていない。
指揮官たる最初の
この計画が失敗に終わった時の、幕引きをすべて任されて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます