第879話 それぞれの想いを賭けて

「おおい待ってくれ待ってくれ!」

「そいつは違うんだ!!」


互いと互いが強い緊張感で対峙する牛頭人ミノタウロスと冒険者一行。

だがそこに割って入るように何者かが駆けてきた。


この街の衛兵のようだ。

二人組である。


「はー、はー、ぜえ、ぜえ」

「いやお前らみんな足速いな! 歩幅の違いかあ?!」


前かがみになって激しく息をつく衛兵たち。

まあ板金鎧プレートメイルとまではゆかずとも鎖帷子チェインメイルを身に着けて剣も楯も持って走っているのだから疲れて当たり前だろうが。


「ふー、ひー、おおい武器を下ろしてくれ。こいつは味方だ!」

「「「ええええええええええええええええ!?」」」


驚愕する冒険者達に軽く説明する。


「ほらうちの街の太守様はオーク族だろう? で他の種族の娘達を幾人も娶っているしこの街にも多くの種族が住んでいる。どっからかそういう話を聞きつけた種族達がこの街に救いを求めて集まって来てるんだ」

「なるほど…?」

「てえとなんだ。そういう連中を集めてる村みたいなのがあって?」

「そうそう。今回の魔族襲来に折角の戦力を遊ばせとくのはもったいないって姫様がな…」

「ほらアルザス王国のエィレッドロ王女だ」


なんとなく事情を理解しその牛頭人ミノタウロスを見上げる一同。

彼は斧を肩に担ぎながら周囲を見渡し警戒を怠っていない。

冒険者達顔負けの生真面目さである。


「なるほどな。知的に立ち回る牛頭人ミノタウロスとかどうしようかと思ったが味方なら話は別だ」

「うむ。安心してくれ。ところで君ら冒険者だね? 冒険者は確か城壁の外で魔族の地上部隊を受け持つ話だったはずだが…」

「「「はい! 理解しております!」」」


衛兵の言葉にびしりと背筋を正した冒険者どもは、一礼をすると大慌てでその場を後にし西門へと駆け去っていった。


それを見送る衛兵二人と牛頭人ミノタウロス一頭…もとい一人。

そして彼らの影が完全に消えたところで……


その牛頭人ミノタウロスは、大きな大きな息を吐いた。


「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ」


そして膝から崩れ落ちる。


「キ、緊張シタダ……!」

「あれがお前の言ってた冒険者仲間かー?」


衛兵の問いにその牛頭人ミノタウロスはぶんぶんと頷く。


「そうか、それであんなに急いでたのか。確かにちょっとピンチに見えたものな」

「心臓止マルカト思ッタダ……」


やや田舎くさい話し方をするが口にしているのは立派な共通語ギンニムである。

それも人間族ファニムにそのまま通じるレベルの発音だ。

確かに牛頭人ミノタウロスとしては相当賢い部類のようである。


「そうか、俺達がさっき説明してる最中一切口きかなかったのは正体がばれるのが怖かったからか」

「ンダ」

「バレんだろ流石に。今の姿のまま同行してるわけじゃあるまい?」

「ンダドモヤッパリ不安ダ……」


実はこの牛頭人ミノタウロス、先程の冒険者達が言っていた『たまにしか一緒に冒険できない仲間』である。

職業は『マッパー』。

地図を書くのが仕事だ。


名をグルヴォ。

正式にはグルヴォキパクと言う。


グルヴォは牛頭人ミノタウロスとして迷宮の中で生を受けた。


先述の通り牛頭人ミノタウロスは知能が低い。

だが彼らは迷宮特効のような性質を有しており、迷宮の構造把握に関してだけは驚異的なほどに鋭い。

迷宮の中である限りほぼ迷う事はないほどだ。


そんな牛頭人ミノタウロスの中で…彼はさらに一風変わった感覚を持っていた。

迷宮を全て解き明かしたいという欲求である。

知識欲の一種、ということになるのだろうか。


彼は己の生まれた迷宮を歩き回り、探索し、その全てを知り尽くした。

だがやがてそれだけでは飽き足らず外の世界の、たくさんの迷宮を見たいと、知りたいと、調べたいと思うようになる。


そうして彼は己の生まれた迷宮を出て旅に出た。

新たな迷宮を求めて方々を彷徨い歩いたのだ。


けれどその道程は苦労の連続であった。


少し考えれば当たり前の話である。

荒野を牛頭人ミノタウロスがうろついていれば野良モンスターとして狩られる。

森を牛頭人ミノタウロスが徘徊していれば危険なモンスターとして狩られる。

迷宮を牛頭人ミノタウロスが歩いていれば財宝目当てに狩られる。


そもそも牛頭人ミノタウロス自体が危険な討伐対象なのだから当然だろう。


這う這うの体で幾度も逃亡劇を演じた彼はそれでも幾つかの迷宮を巡り、やがて巨大な迷宮に辿り着いた。

そこには同族が幾体か住み着いており、また広さ的にも彼が棲みつくだけの余力があったのだ。


グルヴォは喜び勇んで迷宮の構造を調べ始める。

だが数か月もするとその迷宮もほぼ調べ尽くしてしまい、軽く絶望した。


あれだけ苦労してやっとたどり着いたのに、もう終わりなのか、と。


そこで同じ迷宮に住む仲間から聞いたのだ(現在ではその助言をしたのが本当に牛頭人ミノタウロス仲間だったのかは疑問符がつくが、ここでは彼の発言をそのまま採用する)。

自分達を狩ろうと襲ってくるあの小さき連中は冒険者と呼ばれ、財宝を求め多くの迷宮を巡っているのだと。


憧れた。

強く憧れた。

好きなだけ新たな迷宮に挑み、探索することができる者達がいるだなんて!


自分もそうなりたいと強く切望し、希求した。

交渉しようにも彼らは見かけ次第こちらを襲ってきたけれど。


まあ当時の彼はそもそも共通語ギンニム自体全く喋れなかったので、もとより交渉の余地などありはしなかったのだが。


「でも……知っているかい?」


声が、聞こえてくる。


「そんな君を受け入れてくれるかもしれない街があるんだ」


そんな、素敵な提案をしてくる声が。


「なにせその街の市長……ボスはオーク族なんだ。信じられるかい? の迷宮にもいるあのオーク族だよ? それが彼ら……人型生物フェインミューブどもを従え、ボスとして君臨してるのさ。そんな街なら、君みたいな変わり者を受け入れてくれる。あくまで可能性の話だけれど、ね」


そうして……彼はやってきた。

の言葉に希望を抱き、クラスク市へと。


幸いにも試験は通り、彼は必死に勉強した。

強い知的好奇心を抱いた理由はどうやら彼の知能の高さにあったようで、当人のモチベーションもあり新たな言語を見る間に身に着けていった。


迷宮を調べたい。

そのために冒険者になりたい。


彼の願いにクラスク市の首脳陣は少し悩んだ。

彼の姿そのままで許可できるわけがない。


いつかクラスク市がそうなってくれたら嬉しいけれど、それはあくまで理想だ。

理想と現実の間に立ってその仲介をするのが政治家の仕事であり、自分達のすべきことだ。

そう彼らは知っている。


協議の末、グルヴォには特別にこういう方法が提示された。


街へと入るために人の姿へと変わる魔術をかける。

その呪文の時間を特別に伸ばしてもらう(スキルの≪詠唱補正(持続時間延長)≫の効果である)ので、その時間内に街に戻ってこられるのであれば、冒険者として冒険に出る事を許可しよう、と。


グルヴォは狂喜した。

眼鏡をかけた戦闘もできる地図作成職マッパーとして冒険者の酒場に登録し、声をかけてくれる者を緊張しながら待った。


その時初めて声をかけてくれたのがあの寝坊助な冒険者の一行である。


その冒険で、彼は懸命に頑張った。

常識を知らぬがゆえ幾つかうっかりもやらかしたけれど、なんとか一緒に冒険をこなす事ができた。

隠れ里で他の種族とのやりとりに慣れていなかったらきっともっと大きなポカをしていた事だろう。


冒険者達からもグルヴォの存在は有難かった。

基本職でもない地図作成職マッパーなど何の役に立つのかと難色を示す者もいたけれど、その懸念はすぐに払拭された。


なにせその正体は牛頭人ミノタウロスである。

迷宮ワムツォイムの申し子と言ってもいい牛頭人ミノタウロスである。

壁に手を触れただけで直感的に近くの迷宮構造を把握できる牛頭人ミノタウロスである。


そんな種族が、知的に地図を作り始めて冒険者の役に立たぬはずがないのである。


構造がおかしいからと迷宮構造由来の罠に気づく。

壁に触れ少し歩いただけで隠された扉に気づく。

さらには構造上出入りは不能だからと先の部屋に生物がいるかどうかまで推測で算出できる…まあこれに関しては敵が潜んでいる危険があるので安心はできないが。


その上武器を取っても非常に強く、専門技術はないものの戦闘力だけなら本職の戦士顔負けの強さである。

これに関しても元が牛頭人ミノタウロスなのだから当然だ。


なにせ低位の変身魔術は見た目の種族や体格、大きさなどを多少変更できるけれど、本質的な種族を変える事はできぬ。

大柄な人間族を装ってはいても、彼の本性は怪力の牛頭人ミノタウロスのままなのだから。


グルヴォがいるかどうかで迷宮攻略の難易度が段違いに変わり、街にも早く戻れる。

彼らが今日大きく寝坊していたのもグルヴォに慣れていたせいである。


彼なしの探索で普段より時間を喰って街に帰るのが大幅に遅れ、そのまま疲労困憊でぐうすか寝入ってしまい壮大な寝坊をやらかした、という次第である。


そう、グルヴォは彼が夢見た冒険者稼業にいつも出られるわけではない。

変身魔術をかけてもらわねば街に入れず、変身魔術をかけてもらうためには少なからぬ金が必要だ。


そのために一生懸命力仕事をし、作った地図を魔導学院に売って金を稼いだ。

冒険者稼業で稼いだ金もつぎ込んだ。


だが足りない。

もっともっと迷宮に籠りたい。

時間など気にせず何度だって行きたい。


けれどせっかくできた大事な仲間に嫌われたらどうしよう。

元の姿で彼らに会って怯えられたら、かつてのように討伐せんと襲いかかられたら。


今でも十分夢みたいな生活だけれど、もし元の姿のまま、彼らと共に旅できたなら……いつしか彼は、そんなことを夢想するようになった。



もし彼女の、エィレッドロと名乗った娘の言葉が本当だとしたら。

いつか自分達が己の菅のまま街に入れるようになっれるのなら。






仲間達と、この姿で冒険する日が来るのだろうか。






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