第878話 ねぼすけ冒険者

「拡声器の放送聞いたか!?」

「冒険者は街の外だって!」

「街の外って魔族が攻めてきてんだろ!?」

「その分報酬も多かろう」

「命あっての物種だろうがよ!」


冒険者の一団が街中を駆けてゆく。

見たところ四人組。


戦士、聖職者、魔導師、それに一見すると一般人のような風体の男は盗族だろうか。

平均的な冒険者の一団である。


大慌てなところを見ると街の状況に遅まきながら気づいたものらしい。


「気づくのがちいと遅れたな。いや俺が真っ先に気づくべきだったすまん」


一般人風の男が先頭を走りながら謝罪する。

とするとやはり彼が盗族なのだろう。


「あいつがいりゃあもうちょっと早く街に帰れてたんだがなあ。そうすりゃこんな爆睡せずに済んだんだ」

「酒場で見かければ声をかけるが……普段は見かけないからなのう」


どうやら本気で全員寝坊でもしていたようだ。


「いつもなにやってんだろうなアイツ」

「戦士としての技量も十分あるけどからして知的だし、普通に街で食べていけるんじゃない?」

「冒険は完全に趣味かー。いいなー俺もそんな生活してみてー」

「……私は十分な資金があれば籠って魔術の研究をしていたいが」

「「「それは困る!!」」」


魔導師の言葉に他全員から一斉にツッコミが入る。

どうやらよほど頼りにされているようだ。


「っとっとっと……やべーぞ構えろ!」

「なんじゃこりゃー!?」


盗族らしき男が素早く注意を喚起し、戦士が驚きに目を瞠る。

アパートの裏を抜けたその先は……既に戦場と化していた。


「ありゃ魔族か!?」

「もう街中に!?」


そこには兵士が数人…いや見る間に倒された残るはたった一人だ……と彼らを取り囲む魔族どもがいた。

そして空を飛びながらあたりを警戒していた小鬼インプが冒険者一行に気づくと即座に全ての魔族がぐりんと彼らの方に首を向ける。


あまりに唐突。

あまりに急。


冒険者達は魔族と戦うと聞かされていたけれど、依頼内容から街の外でのことだと思っていた。

まさかに既に街中に魔族どもが跋扈しているとは思ってもいなかったのである。


以前にも述べたが補助魔術には持続時間があり、基本的に持続時間が短い呪文ほど効果が高い。


旅発つ前、街を出るときなどに唱えておく補助呪文などは数日有効だったり、午後に野営の準備をする頃まで保ったりする代わりに気休め程度の効果しかないことも多いが、戦闘突入後に唱える呪文などはほんの数十秒程度しか持続しない代わりに非常に強力なことが多い。


彼等は冒険者としては中級者になりたて程度の実力であり、依頼を受けた内容から自分達の実力そのままでは魔族のそれも集団相手には苦戦どころかジリ貧になりかねないと判断。

かといって戦闘中にはその場その場に応じた最適な呪文を唱えるのでいっぱいいっぱいになるだろうから戦闘時に補助呪文を唱えておく余裕などない。


となれば数分から数十分程度持続する、『戦闘時に唱えるものよりは長持ちだが出発時点で唱えていたら戦場まで持続しない』程度の呪文で固めて魔族どもに挑むのが最も効率がいい。

彼らはそうした呪文を街の外大門の下で唱えてから突貫しようと考えていたのである。



つまるところ、彼らは今この時点では魔族に対し完全に無防備だった。



「うわああああああああああ!」


戦士が慌てて剣を抜き己に向かってくる魔族に斬り付けるが簡単に弾かれてしまう。

物理障壁を貫けていないのだ。


そしてその間に飛行できる魔族どもが大挙して後衛の聖職者と魔導師に向かいそのままなます切りに……


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


奇怪な咆哮が響いた。

それはやけに高い位置から発せられた、牛の鳴き声のようにも聞こえる。


その叫びを上げた張本人が遠くからみるみると近づいて……そして戦士を襲っていた帯魔族ヴェリートを背後から一刀両断する。


「「!?」」


魔族どもがその一撃のあまりの威力に驚愕するが、同時に冒険者どもも驚いた。

なにせその戦士を助けてくれた奇怪な咆哮の主は……牛の頭をした巨大な人怪だったからだ。


「ミ、牛頭人ミノタウロス……!?」


そう、迷宮に潜み人を喰らうとされる化物、牛頭人ミノタウロスである。


「な、なんで牛頭人ミノタウロスがこんなとこに!? 街中だぞ!?」

「確かに初見だとこの街迷宮みたいですけど…」

「あーだから牛頭人ミノタウロスが棲みついて……ってなんでやねん!」


聖職者の呟きに戦士がツッコミを入れる。


だがその牛頭人ミノタウロスは彼らに見向きもせず……いや一瞥のみを与えると、そのまま戦士の横をすり抜けどすどすと彼の後衛へと駆けてゆく。


仲間が標的にされたかと慌てて振り返った戦士だったが、その目に飛び込んできたのは彼の仲間に群がらんとしている羽つきの魔族どもに背後から襲いかからんとしている牛頭人ミノタウロスの姿だった。


手にしているのは大斧である。

命中すれば魔族だろうと人型生物フェインミューブだろうとひとたまりもないだろう。


形勢不利と見るや魔族どもはすぐに羽を広げ真上に逃げ出した。

いくら牛頭人ミノタウロスが小型の巨人族程度のサイズを誇りその斧がその上背にあった大きさだとしても、流石に空高く跳ばれてはその攻撃は届かない。


「な、なんだっ! やんのかこらぁ!」


牛頭人ミノタウロスが振り向くと、背後で剣を構えた戦士が威嚇している。

仲間を守るため自らが盾となり己の方に注意を引き付けようとしているのだ。


彼の方に歩き出す牛頭人ミノタウロス

だがその牛頭人ミノタウロスは一瞬びくりと身を竦ませた戦士の横を通り過ぎると、先ほど己が斬り捨てた魔族の死体の前に立つ。


そして腰のポーチから右手で茶色の瓶を取り出すと、指先で蓋を取りその魔族の上に垂らした。


じゅわあああああああああと何かが焼け焦げる音がして、先刻倒したはずの魔族が悲鳴を上げて跳ね起きる。

だがそれと同時に牛頭人ミノタウロスが既に片手持ちで頭上に掲げていた大斧を無造作に振り下ろし、その魔族の命脈を断った。


じゃと……!?」


魔導師が驚嘆の声を上げる。

帯魔族ヴェリートは魔族の中でも高速の治癒能力を持たず、かわりに≪再生≫能力を有する。


つまりでは死なない。

放っておけば傷は全て塞がり、仮に手足が千切れ飛んだとしても再びくっついて元の状態に戻ってしまうのだ。


とはいえ流石に両断されたままではまともに戦う事もできぬ。

そこで彼はそのまま死んだフリを続け、周りに誰もいなくなってから活動を再開しようと狸寝入りを決め込んでいたのだ。


ちなみにこの世界ではこういう時に引き合いに出されるのは狸ではなく竜である。

竜の居眠りドラゴント トゥルーヴ』というのがこの世界での慣用表現だ。

いかにも眠っている風を装って巣穴を荒らしに来た冒険者どもを待ち受け油断を誘うのは竜の常套手段である。


さて帯魔族ヴェリートの再生能力は彼の物理障壁を貫通する武器でない限り阻害する事ができない。

ならば対応する武器を持っていなかった場合どうするのか。

その答えが今の彼の行為である。


その牛頭人ミノタウロスが垂らしたのは錬金術銀。

簡単に言えばである。


キャスが角魔族ヴェヘイヴケス相手に用いたことを覚えている方もいるかもしれない。

ちなみにこの世界では『水銀』と呼んだりもするが、こちらの世界の同名の液体と紛らわしいので『錬金術銀』のまま呼ぶことにする。


この錬金術銀は銀と同じ特性を有しているため、帯魔族ヴェリートの再生を阻害する。

牛頭人ミノタウロスはそれを帯魔族ヴェリートの傷の断面に沿って垂らしたのだ。


再生が止まるという事はそこで傷口が確定してしまうということ。

真っ二つになった状態でそうなれば、流石の帯魔族ヴェリートも助からぬ。

ゆえに彼は慌てて起き上がり己の身体をくっつけようとして……そのまま大斧でとどめを刺されたのだ。


「おいおい、なんだコイツ」


冒険者達が驚愕するのも無理はない。

牛頭人ミノタウロスは巨大かつ怪力を誇る非常に凶悪な怪物だが、唯一知能が非常に低いという欠点がある。

そこを利用して罠に嵌めて倒すのが牛頭人ミノタウロスの主な攻略法といっていい。


だがこの牛頭人ミノタウロスは違う。

第一に魔族の特徴を知っていた。

殺したはずなのに死なない、≪再生≫効果について知っていた。


第二にその対策を知っていた。

無限に傷を再生させる不死身の相手を殺す方法を知っていた。


そして第三にそれらの対策をあらかじめ準備していた。

準備した上で適切に使用し、魔族にとどめを刺してのけた。






一体……一体この牛頭人ミノタウロスは何者なのだろうか。





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