第872話 目には目を
「〈
先程まで魔族を踏みつけ零距離接射魔術で相手を焼き殺していたその肉球で、今度は少女の傷を治療している。
「砂を払ってごらんなさい。これで傷口も全て塞がったはずです」
「ホントだ! ありがとうおねいちゃん!」
少女がにぱっと笑顔でお礼を述べる。
「いえお気になさらず。そもそも貴方がたに協力するためにやって来たのですから」
わからない。
一体全体何がどうなっているのか。
物語でしか聞かぬ魔族どもが大挙して攻めてきたかと思ったら今度はこれまた物語でしか知らぬ
オークが支配する街とは言えあまりにも突飛が過ぎるというものではないだろうか。
「待った待った!」
「止まれー!」
と、そこに街の衛兵らしき男が二人、槍を構えて駆けてくる。
「あ、まって!」
だが兵士の前に先ほどの少女が両手を広げて立ち塞がった。
「このひと私たちのこと助けてくれたの! 悪いひとじゃないよ!」
必死に、その身を震わせながら、けれど気丈に。
少女は兵士達を食い止めんとする。
「おっとっと……誤解をさせてしまったか。違う違うお嬢ちゃん。別に彼女を倒しに来たわけじゃない」
「むしろ途中まで一緒だったんだ。というかアンタ足速いな!」
衛兵たちの言葉にその場にいた一同が何事かと眉をひそめた。
この二人は一体何を言っているのだろうと。
「貴方がたが遅すぎるのです。放っておけばそれだけ人の心を喰らう魔族を肥え太らせるだけ。処理するなら一刻も早い方がいい」
「それはそなんうだが……アンタんとこの村長と約束しただろ? 俺達と一緒ならって条件だったろうが」
やいのやいのと言い争う
あんぐりと口を開ける一同。
「ああすまんすまん。私はこの街の衛兵フェイダンだ」
「同じく衛兵のテオフェルだ」
衛兵二人が自己紹介をする。
立ち居振る舞いがしっかりしていて身のこなしに隙が無く、体格もだいぶがっしりしている。
ただの兵士にしてはだいぶ屈強そうな印象だ。
それもそのはず、この二人かつては騎士階級である。
キャスの配下たる翡翠騎士団第七騎士隊の一員だったのだ。
「彼女はこの街の周囲にある村のひとつに住んでいる」
「まじですか」
「まじです」
ざわり、と住人達がざわめいた。
「知ってたか?」
「いや聞いたことねえ」
「
「アンジェスよ。よろしく」
「「わあああああああああああ!?」」
頭上から女性の顔がにゅっと現れて唐突に会話に加わってきたため、普段とあまりに違う角度に思わず大声で叫んでしまう。
まあ普通はそういう反応になるだろう。
「普段は今みたいに驚かせちまうからこの姿じゃ街中には入れんだろう? 太守様にそう言い渡されている。だが今は緊急事態だ」
「
「へえ……太守様が」
「
「まあ赤竜殺しだものなあ」
「「すげえなあ」」
厳密には『この姿では』街中には入れないけれど、魔術サービスを受け人の姿になれば街に出入りする事は可能だし、実際彼女もそうして街で買い物などを嗜んでいるのだが、そこはあえて口にしなかった。
「まあそんなわけでそこの村長と姫様…アルザス王国第三王女エィレッドロ様…が交渉されてな、戦力になりそうな者達を我々衛兵を帯同させる条件で一時的に街に入れるようにしたのだ」
「「おお……!」」
そう、これがエィレの秘策。
普段はその異貌ゆえ元の姿のままクラスク市に入れぬ隠れ里の面々。
だが今は緊急時である。
それならば少しでも戦力になる者達を牽引すべきではないか。
街の西部の娼館前でヴィラとユーアレニルの戦いを目にしたエィレがそう思いついたわけだ。
これには幾つかの条件と目的がある。
まず第一に街が存亡の危機にあること。
たとえ人外の化物と思われようと味方が一体でも欲しい状況でなければこの暴挙は成立しない。
第二にイエタの張った結界が働いていること。
単に人外の者達を戦力として利用するだけでは駄目だ。
魔族どもは人に化けて流言飛語で隠れ里の面々の信頼を失わせようとするだろうし、中には隠れ里にいる種族に化けて悪行を働こうとする者も出てくるだろう。
だが今はイエタの結界のせいでそれができぬ。
それぞれがそれぞれの姿で戦わざるを得ない状況だからこそ、『街の衛兵を帯同させる』という外付けの信頼を与える事で隠れ里の者達を異貌のまま参戦する事ができるのだ。
そして第三に……
「ありがとうおねいちゃん!」
少女の無垢な笑顔でお礼してぴょこんと頭を下げた。
「どういたしまして。後に残る怪我がなければなによりです」
それはこの街に暮らすものとなんら変わらない……いやむしろだいぶ上品な部類にすら映る。
「あ、ああ……俺達からも礼を言わせてくれ」
「ありがとうございます! うちの娘をありがとうございます!」
母親が娘を掻き抱き、街の者達が礼を述べる。
どんな異貌であれ、どんな異形であれ、人を助ける意思と行動を示したのだから感謝すべきだ。
自分達が疑われ危険視されるリスクを冒してまで、衛兵を引き連れて街を救うためにやって来てくれたのだから。
「…成程。人とはそう考えるのですね。あの娘の言った通りです」
それは高い位置で小さく呟かれたものゆえ、下にいる者達に届くことはなかった。
衛兵たちが怪訝そうに首を上に向けたが、彼女は無言でかぶりを振る。
「いえ、お役に立てたのでしたら重畳。私も魔族どもの羽音が煩くて読書に集中できませんしね」
「……本を読むのか?」
「? 当たり前でしょう。知識を得なくてどうして謎かけのネタを集めるのですか」
本気とも冗談ともつかぬ彼女の答えに、その場の緊張が緩和してゆく。
「とにかくすぐに避難するといい。この近くだとクエルタさんの宿屋かアーリンツ商会の支店ならかくまってくれるはずだ!」
「案内してやりたいところだが我々は任務中ゆえそれはできん。地元の者がいれば道はわかるであろう」
「わ、わかりました!」
「感謝します!」
口々にお礼を言って避難してゆく。
旅の者を地元住民が案内しながら。
旅行者か観光客らしき家族の娘は……途中幾度も振り返りながらアンジェスに向け笑顔で手を振っていた。
「ふう……なんとかなった」
「あんまり先に行ってくれるな。我らの足は遅いのだ」
衛兵達…フェイダンとテオフェルの言葉に、
「留意しましょう」
「「ホントにわかってるー?!」」
もちろん彼女にもわかっている。
この姿で街中を闊歩できる機会などこんな事態でもなければそうそうないことを。
なればこそこれはチャンスなのだ。
自分達が安全で頼りになる存在であることをアピールする絶好のチャンスなのである。
確かにあの娘の言っていた通りではないか。
つまり助けられた記憶や経験があればその相手はずっと人を助けるものだと誤解……もとい認識してくれる。
そして印象は伝播できる。
繰り返しそうした印象を持つ者達から話を聞くことで、そうしたイメージを他者にも与える事ができるのだ。
自分達のイメージが吟遊詩人とやらによって固められているのがその証左である。
不確かな情報に判断を拠るのは些か種として危険な気もするのだけれど、集団行動を取る生活様式を生存戦略としている
ならば……印象を操作してしまえばよい。
自分達隠れ里の住民は無害であると。
危険はないと。
これを機会に証明し、印象付け、広めればよい。
魔族どもがしているように。
(それを人の身で堂々と言ってのけるあの娘……なかなか面白い個体ですね)
村長と共に村に乗り込みアルザス王国の王女を名乗って自分達の前でそうした演説をぶちまけたあの娘……エィレッドロの言葉を追憶し改めて感心しながら、その
「このまま西に行きましょう。魔族どもに大きな動きがあるようです」
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