第873話 エィレの演説
「我々が……」
「クラスク市の救援に……?」
噺は少し遡る。
ここは隠れ里ルミクニ。
そんな彼らの前で、今アルザス王国第三王女アルザス・エィレッドロが演説していた。
「そうです。皆さんがこの里に住み暮らしている理由は様々だと思います。ですが皆さんは等しくクラスク市の恩恵を受けて生活しているはずです。その街が魔族に襲われている今こそ、皆さんの手を借りたいのです!」
エィレの横でぶんぶんと力強く頷いているのは巨人族のヴィラ。
彼女ほど大仰でないけれど隣に立ち賛意を示しているらしいのは人魚族のシャルである。
「このように
エィレの言葉を受け話を継いだのはこの村の村長、
「ただし私は村の総意を取るつもりはない。我らは村の形態を取りここに集っているだけで個の集まりに過ぎん。なので協力する、したいと思う者だけ手伝って欲しい」
そんなことを言ってはいるけれど、ユーアレニルはこの村の代表として村の者達からの信頼は厚い方だ。
彼が強引に決めればそれに従う者もいるはずである。
だがユーアレニルはそれをしない。
自分達が雑多な種族の集まりであり、決定的な個の集まりであると認識しているからである。
「マ、俺ハ元々街ノ住民ミタイナモンダ。酒場ガ壊サレタラタマネエシ、異論ハネエヨ」
そう言って前に進み出てきたのはゴブリン族のスフォー。
「俺ノ作品好キ言ッテクレタ。嬉シイ。戦ウ苦手。デモ頑張ル」
おどおどと挙動不審ながらなんとかそう告げておずおずと前に出てきたのは
「ひとつよろしいでしょうか、人間族の娘よ」
そこで……一体の女性が前に進み出た。
美しく整った顔立ち、然して獅子の体躯、鷲の羽。
女性型の
その大きさにエィレは思わず息を飲んだ。
彼女は村を幾度か訪れたことがあり、遠間にその女性の顔を見たこともあった。
あったけれど、まさかに
「なんでしょう。ええとお名前は…」
「アンジェスです」
「はい、アンジェスさん」
「貴方は私達が街に恩があると言いました。ですが恩を受けたら返さねばならぬ、などというのはは人間族の礼儀では?」
「……………………」
アンジェスの言葉に、エィレは押し黙った。
「確かに我々は自らの種と折り合いが悪く、人づてに聞いたこの街を頼り寄る辺とした者の集まりです。無闇に殺生はしないといった貴女がた
「……仰る事はいちいち御尤もです」
アンジェスの発言を、エィレは否定しなかった。
完全に同じ価値観にしてしまうのであればそれは『教化』や『同化』である。
価値観の異なる者同士が共に在り続ける道を模索するのが共存なのだ。
だからアンジェスの意見は否定しない。
しない上で共栄の道を探る。
それが外交官としての立場であり、役割であるはずだ。
エィレの心の底では、とっくにそう覚悟が決まっていた。
「アンジェスさん、貴女が今いみじくも仰った通り、
「……………! なるほど」
「感じた恩には報いようとするはずです。それがどの程度のものになるかは自体が収束した後の話次第ですが……最善の結果であれば、あなた達がクラスク市の市街に自由に出入りできるようになるやもしれません」
エィレの言葉に、一同からざわりと声が漏れた。
彼らはクラスク市を頼り、幸運にも受け入れられた者達だ。
だが街の中に住み暮らすにはまだ時期尚早だからと、こうして隠れ里の中で姿を隠し暮らしている。
ミエが手を尽くして街の中に入る事自体はできるようになったけれど、それは魔術によって人の姿を取っていられる間のみだ。
「なるほど……つまり
「はい。それを
恩義を感じる感覚に種族差があったとしても、得られる利益があるなら相手を交渉の俎上に載せる事ができる。
エィレはしたたかで、諦めが悪く、それでいて口と頭がよく回る娘であった。
「ちょっといいかな?」
そこに割って入ってきたのは全身を鱗で覆われた
「はい、なんでしょう」
「私の名はシーギスク。
「商人……
少し驚いたようにエィレが目を丸くする。
そんな
とはいえそれは生活の糧というより彼らの強い縄張り意識の為せる業であり、そのあたりはオーク族とは些か異なる。
縄張りなら近づかなければいいではないか、と思われるかもしれないが、彼らは季節や気候などによってその都度自分達の縄張りを変えてしまう。
そのため砂漠越えをする隊商にとってはいつ襲われるか読めぬ危険で厄介な相手なのだ。
そうした習性もあって、ゴブリン族、コボルト族、オーク族などと同様に、
「元々縄張りを犯した隊商を襲って必要なら彼らの物資を奪ったりしていたのだが、我々などでは使いようのない貴金属などが余ってな。捕虜とした商人からそうしたことを学び商売まがいのことをしていたのだ」
「へえ……!」
「だが近辺の
なかなかに面白い経歴の持ち主である。
ふだんあまり村にいないし顔も合わせないため話を聞く機会もなかったけれど、色々詳しく事情を伺いたいものだとエィレは心に留める。
「『恩を売る』…私にはよくわかる。つまりうちの村が上手く恩を高く売れば、その対価として我らが街に受け入れられる状況が安く買える…ああ、妥結しやすくなるわけだな?」
「そうですね、はい。その認識で間違っていません!」
噺のわかる異種族が出てきてエィレは嬉しそうに顔をほころばせる。
「呪文で人に化けるの、お金かかりますもんね」
それを言われた時の彼…
「そうなんだよ……! 他の連中みたいに買い物したいってだけならまあ『買い物』が『高い買い物』になるだけだからたまの贅沢ってことで奮発できるのかもしれんが、私がやりたいのは『商売』でね……変身呪文を商売に支払う市場税として考えるなら少々値が張り過ぎる……!」
ぐぎぎ、と歯を鳴らしつつ拳を震わせる。
この悔しがりようは他の……
そうしたことがわかれば街の者達の誤解や偏見も案外簡単に解けるのでは……などとエィレは感じてしまう。
「皆さん色々事情はおありだと思いますけど……その姿のままクラスク市の市街に入りたいって想いはありますよね?」
未だ態度を決めかねている者達にエィレは向き直り、語る。
そして右手を横に広げ、己の背後に控えている衛兵達を指し示す。
そこには自分の配下の者達、かつてキャスの配下であった翡翠騎士団騎士隊の面々…そして彼らとマンションにて意気投合した各国大使館の騎士や兵士達がいた。
エィレが己の人脈で今回のためにかき集めたのだ。
「現在街には魔族対策に正体を露見する結界が張られています。つまり皆さんは人の姿に化けて誤魔化すごとができません」
ざわり、とざわつく人でない種たちの前で、エィレはこう告げた。
「ですがこれはチャンスです! 正体を偽る事ができず! それでも街の皆を助けたい! そうした言い訳……いえ大義があれば皆さんがその姿のまま街を闊歩できる理由になります!」
おお、とどよめく異種の者達の前で、エィレは畳みかけるようにこう告げた。
「街から手すきの衛兵をかき集めてきました! 未だ信頼を勝ち得ていない貴方がたの、彼らは外付けの信頼です! 魔族が街から撤退するまでの間! 彼ら二名以上とともに行動する限り! あなた達にクラスク市に自由に出入りする権利を私が保証します! さあ……皆さんが真の信頼を勝ち得る……もとい買い得るときです!」
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