第866話 秘匿

「ぐ、あ……!」


ヴォムドスィが苦悶の叫びを上げるさばから、次々と巨大な針が彼に突き刺さってゆく。


「!!」

「ヴォム!!」


クラスクもオーツロもそれを止めんと必死に足掻くが目の前の攻撃を凌ぐのに精いっぱいでその余裕がない。


「うおっとぉ!」


…が、次の瞬間ヴォムドスィの身体が大きく後ろにのけぞり、そのまま転がるようにグライフの近くから離脱した。

だがそれにしては動きが妙だ。

脚を攻撃され機動力を奪われた状態でそんな避け方ができるはずがないのだが。


「ぐ、む……っ!」

「大丈夫か! ヴォム! おい! しっかりしろっつーの!」


ヴォムドスィの背後に誰かいる。

先程までそこにいなかったはずの誰かが。


「スラックス!!」


オーツロが叫んだ。


荒鷲団の盗族、スラックスである。

どうやら彼は直前まで陰に隠れひたすら隙を伺っていたのだが、ヴォムドスィの危機にたまらず飛び出てしまったものらしい。


「貴様……俺が攻撃を喰らってる隙に攻撃できただろう……!」

「言ってる場合かー!」


恨めし気な声で抗議するヴォムドスィに大声でツッコミ返す。

実際普段のスラックスはそういうやや斜に構えたところがないでもないのだが、それでも実際は情に厚い男なのはパーティーの誰もが知っていた。

こんな状況で仲間を見捨てられる人物ではないのである。


「甘イ男ダ」

「俺は嫌いじゃないぜ」

「好き嫌イノ話ナラソウダナ」


グライフの猛攻をしのぎつつ一瞬背中合わせとなったクラスクとオーツロが短く言葉を交わし、再び二手に分かれる。

オーツロの額には大量の汗が滲み一瞬視界が奪われそうになって慌てて首を振った。



これまで三対一でどうにかこうにかやりあえていた相手である。

範囲攻撃に巻き込まれぬよう可能な限り互いに離れ、相手の攻撃が誰かに集中しないように常に攻撃の矢面に立ち、少しでも相手の隙をつかんとするため攻撃をし続けてきた。

背後から飛ぶ聖職者フェイックの回復呪文と補助魔術を受け続け、それでもどうにかこうにか渡り合ってきた相手なのだ。


いや、正確には相手にとっては四対一だったのかもしれない。

グライフは知識として荒鷲団を知っていたし、当然パーティー構成も把握していた。

それはつまり視認できないだけで盗族がどこかに隠れているであろうことを理解していたという事であり、影に潜んだ盗族の不意を打った一撃を常に警戒していたという事だ。


つまり三対一…いや四対一から二対一に減ったのだ。

グライフとしては相当楽になったはずである。


(どうにか…どうにかしねえと……!)


オーツロは己の腰に差した剣の柄に手を置きつつ必死に考える。

だが現状この状態を打開できる可能性は少ない。


彼の頼みの綱の≪気煌剣≫は敵に当ててこそ意味がある。

物理障壁の無効化も鎧や鱗などの貫通効果もあくまで攻撃が命中してこそだ。


だが現状彼の攻撃はことごとく防がれ続けてきた。

攻撃が当たったのはそれこそ不意打ちの初撃のみである。

それ以降は強く警戒され続け、オーツロの腰、膝、腕などの軌道上に『力場』を設置されてしまいまともに攻撃が通らない。

こうなんというか……


「攻撃のを喰らい判定ない弱攻撃で延々潰されてる感じだぜ。格ゲーだと相当対戦相性悪い相手だなこりゃ」


こんな感じである。


「まだ続ける気か? もう勝負の大勢は見えたと思うが」


激しい攻防。

クラスクの剣と斧を防ぎ、オーツロの光る剣の力を完全に抑え込む。

それでいて術師たちに次々と範囲攻撃の妖術を繰り出し防戦で手一杯にさせながら二人に爪と角と尾で猛攻を繰り出す。


戦線の一角が崩れたことで一方的に有利な、それでいて圧倒的な差がついてしまった。


グライフがそれを口にしたのはちょうどそんな時である。


「続けル」


だがクラスクの答えは決まっていた。

迷うことなく即答する。


「ほう? それはまた何故?」

「お前ノ目的ウチノ街。太守トシテ見過ごせナイ」

「なるほど。責任感で命を投げ出すと」


グライフの言葉にクラスクは己の斧を持つ手を強め、堂々と言い返す。


「投げ出シテナイ。お前あの街手出シタ。それ俺ノ家族手出シタ同じ。絶対許せナイ」


めきき、と音がする。

クラスクの斧を持つ手が強くなる。


「だから闘ウ! 敵ウ敵わナイ関係ナイ!! お前! 俺ガ!! 倒ス!!!」


クラスクの切った啖呵が戦場に響き渡り、その声に思わず周囲の魔族どもや冒険者達が振り向いた。

そういう力が、その時の彼の声にはあったのだ。


「口だけは達者だが……?」

「おおー! かっ、け……?」


グライフとオーツロが、奇しくも途中まで言いかけたセリフを共に収め、それを凝視した。


「おいクラスク」

「うン?」

「貴様……


オーツロが、そしてグライフが問いかける。

クラスクが右手で掴んでいるものを凝視しながら。


「ウン? アー……」


クラスクは彼らに言われ今更ながら己が右手に持っているものを凝視して眉を顰め……そしてこう告げた。


「ナンダコレ」

「「しらんのか」」


敵と味方の声が重なってツッコミを入れる。

それほどに彼が手にしているものは奇怪だった。



その斧は、いつの間にかその形状を変貌させていた。

背むし男のように柄がねじくれたいつもの姿ではなく、柄が真直に伸びている。

ちょうど普段前かがみになっている男が背筋をピンと伸ばしたような格好だ。


斧の柄と斧刃の間には歯車のようなものが二つ付いており、それがギチギチとかみ合って何かを締め上げているような音を立てている。

そしてそのすぐ近くの斧柄にいつの間にか何か筒状のものが付随していた。


斧刃もいつもより大きい。

まるで一回り肥大化したかのよう。


そして刃の部分が本来銀色であるはずなのに黄金色に変色し、まるで自ら発光しているかのように燦燦と輝いている。


オーツロとグライフが呆気にとられたように、クラスクにもそれがなんなのかはわからない。

わからないけれど……その形状に見覚えはあった。


赤竜との闘い……あの時、とどめの一撃を入れんとしたあの瞬間にも、この斧はこんな形状になりはしなかったか……?


グライフは軽口をやめ、ぎろりとそれをにらみつけた。

高い知性を持ち数多の情報から相手の戦力と戦略を読み解き攻略せんとする高位魔族にとっては脅威であり、天敵である。

彼はその斧の形状を見たことがなかったからだ。


まあそもそもクラスクすら赤竜戦のとどめの一撃でしかお目にかかった事のないもので、しかもどうやったらその形状になるのか、起動条件さえさっぱりわからない代物である。

そして赤竜の巣穴は強力な占術防御に守られ情報遮断されていた。

グライフがそれを知りようはずがないのである。


一瞬早く動いたのはオーツロだった。

グライフがその斧に気を取られた隙を突かんと、体勢を低く納刀状態のまま一気に肉薄せんとする。


だがグライフがその右掌をオーツロの方へ突き出したかと思うと、その周囲に大量の氷柱つららが浮かんだ。

間髪入れず射出されるそれを、オーツロはギリギリまで見切り避けつつ直撃弾を斬り払う。


エネルギー弾みたいなのも持ってたハズだよな……って事は……!)


〈魔術の矢〉のような避けようのない攻撃魔術もあるが、そうしたものは概して威力が低い。

オーツロが確実に被弾したとてそれで止まらず接敵されては意味がない。


今回の攻撃は受けたり払ったりが可能な攻撃魔術だが数が多く威力が大きい。

被弾は可能な限り避けたい呪文である。

つまり今の攻撃はオーツロに対処を強要し、接敵を防ぐためのものということだ。


その意味は何か。

これまでオーツロの攻撃を悉く封殺してきた『力場』を温存した、ということだ。







オーツロに一瞬遅れ、右手の斧と左手の剣を斜め後方に構えながら一気にグライフへと肉薄するクラスク。

その攻撃を……彼は万全な状態で待ち受けんとしていたのだ。







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