第867話 打ち砕く
クラスクの手の中に斧がある。
黄金の刃を持つ普段より随分と肥大化した斧が。
一体これはなんなのだろう。
そしてなぜ勝手に変形したのだろう。
クラスクは荒れた大地を駆けながら心の奥で考える。
赤竜戦の時と今回、共通点はなんだ?
なぜ最初から姿を変えない?
どうして……前回と今回で形が違う?
そう、確かに赤竜戦でもこの斧は姿を変えた。
今回の変形も基本それと形状が似ている。
だがクラスクははっきりと覚えている。
前回は斧刃の根元に歯車のようなものはついていなかったし、それに連動するような筒状のものも付随していなかった。
つまり明らかに前回より装飾過剰でゴツくなっているのである。
その理由もさっぱりわからない。
だがわからないなりに把握できていることもある。
『威力』である。
赤竜戦で『大解放』を放った時、その巨大な血の斧がかの竜に大打撃を与えた。
けれど同時に自らが放った斧の一撃でも致命傷を与えてのけたのだ。
明らかに普段の斧よりも威力が上がっていたのである。
それも格段に。
それはおそらくこの斧が変形した結果であり、今回もきっとそうに違いないという根拠のない確信があった。
ぶうん。
横なぎに斧を振るう。
それを大きく後ろに下がりグライフが避けた。
と同時に彼の背後から尻尾が一気に伸びてきてクラスクの顔面を刺し砕かんとする。
それを左手の剣で切り払うクラスク。
右掌でオーツロを牽制しながら、グライフはその左掌をクラスクの方に向ける。
漆黒の浮遊する球体が四つ、宙で弧を描きながらクラスクを襲った。
速度はさほどでもないがそれは急旋回しながら右に飛び飛び跳ねたクラスクを正確に追って来た。
どうやら追尾性能は高めのようだ。
威力は不明。
だが喰らいたくない攻撃であることをクラスクは肌で感じる。
弾かれた尻尾が空中でぐりんとその向きを変え再びクラスクを襲う。
左右から挟み撃ちにされる格好となったクラスクは、迷わず踏み込み一気にグライフへと近づいた。
そう、彼の性格からしてそこで引く選択肢はない。
グライフの読み通り、必ず前に来る。
「フン!」
ぶおん、と空を斬り裂く音と共にクラスクの斧がグライフに迫る。
だがその一撃は命中の直前にがっきという音とともに宙で止まった。
『力場』である。
これまでオーツロに使ってきた守りの要をクラスクの攻撃を防がんがために取っておいたのだ。
「ウオオオ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
クラスクが両手で斧を掴み思いっきり力を込める。
何かが彼の戦いの勘に訴えかけるのだ。
このまま行け。
力任せだ。
と。
実際何かの高位存在が語りかけたわけでもなければ斧が喋ったわけでもない。
ただ腕に走った手応えが今までと違ったのだ。
『力場』は物理的に絶対破壊できない固着した空間そのもので、だから剣や斧がそれに当たれば弾かれる。
強い力で打ち込めば打ち込むほど強い力で弾かれて腕が痺れてしまう。
だが……今の一撃、斧が空中で止まった。
弾かれていないのだ。
そして斧が力場に挟み込まれたような手応えもない。
ならば行ける。
理屈はわからないが、とにかく行ける気がする。
全力で、力任せに、オークらしく……
ぱきいん……と音がした。
クラスクが手にした斧の刃先から、その音は聞こえた。
斧を止めていた何かの手応えが突如消え失せ、クラスクは猛然とその斧を振り抜いた。
ぶわん!
その一撃は、だが空を斬る。
過剰に警戒していたグライフが背後に大きく跳び下がりその一撃をかわしたからだ。
「~~~~~~~~~~ッ!!」
が、次の瞬間その肩先の突起の先が跳ね飛んで、肩に薄い裂傷が走り出血する。
斧の一撃ではない。
それは角度的に無理だ。
それは……宙に浮かぶ銀色の剣の仕業だった。
クラスクはその妙な形状の黄金の斧を全力で振るった。
両手でだ。
つまりその時点で彼は左手の剣を横に放り自由にしていたのである。
そして正体不明の攻撃を防ぐために慎重なグライフが『力場』を使ってくることを見越し、
『力場』は一度に一か所しか生成できない。
その聖剣の弱点である力場による防御は、だから斧の攻撃を『力場』で受ける限り発動されないのだ。
「力場を……」
「壊したぁ!?」
グライフとオーツロが叫ぶと同時に、その斧から赤い煙が噴出する。
まるで血煙のようなそれは、新たに付随した筒状のものから吹き出ていた。
がしゅうううううううううううううう、ぼんっ! がこん!
吹き出た赤黒い煙が収まると同時に、その筒状の物から何かが飛び出てきて地面に落ちる。
ちょうど空になった薬莢かカートリッジのように見える。
そして斧の横に浮き出た歯車のようなものがぎちぎちぎちぎち、がきんと回ると、その筒の内側から新たなカートリッジがせりあがってくる。
魔術的に生成されているのだろうか。
斧の柄の先端の色が元に戻っている。
充填されていた血液の一部が失われたようだだ。
『大解放』も『小解放』も使っていない。
つまりこの斧が溜め込んでいた血を消費することで、力場を破壊する効果を発生させるカートリッジ(らしきもの)を生成している、ということになる。
「……ナンダコレ」
赤竜戦の時と形状が異なる理由は理解できた。
新たに付随していたのは要は対グライフ用の装置だったわけだ。
だがなんでそんなものが勝手に斧に湧いてくるのかがさっぱり理解できぬ。
クラスクがいくら首をひねってもその斧の正体について皆目見当がつかぬ。
だが……実は彼はそれの効果について既に一部説明を受けている。
今や彼の妻となったネッカから、それも一番最初にだ。
クラスクはかつて初めて会った今の自分では相手にならぬ存在……『旧き死』に対し強い焦りを抱き対抗策を模索していた。
ネッカはそれを諫めるために彼の斧に敵を倒す力ではなく家族を守る力を与えんとした。
『
大切な者を守らんとする
けれどそれは既にクラスクの斧に込められていた。
オーク族の斧でありながら、大切な家族を守護する伝承が既に込められていたのである。
だが彼女はそこでミスを犯してしまう。
元々入っている『家守』の曰くを引き出そうとして、既にその斧に込められていた他の
それが『
血に飢えた殺戮の
持ち手を操り周囲の者を皆殺しにせんとする呪われた効果である。
その時……彼女はこう言ったはずだ。
「斧に込められていた曰くの系統は『防御』の他に『死霊』『変化』があり、属性は『混沌』『悪』である」と。
『防御』はいい。
『家守』の
そして残りの
だがそれはおかしい。
『
これは系統としては『死霊術』にあたる。
奪った血を『解放』する際巨大化しているから、これは『変化』の曰くではないか?
クラスクらはそう解釈したけれど、それは違う。
『大解放』は巨大な血の斧を本来の斧の延長線上に発生させる効果。
『小解放』は斧の周りに血を纏わりつかせ肥大化させる効果。
いずれも見た目は大きく変わって見えるが斧自体は大きさも形状も変化していない。
『変化』の系統には当たらないのである。
そして属性。
『
だがこの効果は『混沌』ではない。
『混沌』は『秩序』の対立属性であり個人主義、自分勝手、利己主義などを指す。
けれど『
自らの個すら害し、自らの益すら放棄しているのである。
だからこれは『混沌』とは呼べない。
……つまり、結論としてはこうなる。
『防御』の『家守』。
『死霊』かつ『悪』の『
そして……『変化』かつ『混沌』の『なにか』。
そう、クラスクの斧には、誰も把握していない、最後の一つの
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