第865話 圧倒
「く……痛ぇ!」
オーツロが苦痛に顔を歪めその場に崩れ落ちそうになる。
突進しようとしたその刹那膝がしらに見えなに何か硬いものが痛打したのだ。
『力場』である。
目に見えぬ物理的に破壊不能なその効果を、グライフはオーツロを中心に使用し彼の攻撃を阻む。
障壁貫通という意味ならばクラスクの持つ『
簡単に言えば『
一方でオーツロの≪気煌剣≫はあらゆる魔族の物理障壁を突破できる上に装甲や外皮まで無視する反則級の攻撃である。
つまりこちらは『
最も警戒するのは当然と言えるだろう。
ただオーツロのスキルも万能ではない。
第一に形状が剣であり、その刃を直接相手に命中させねばならないこと。
つまり相手に避けられてしまえば意味がない。
防御はできぬが回避は可能なのだ。
そして第二に用法が剣であり、剣のように腕を振りぬき相手を斬り裂かねばならぬ。
この世界では珍しい居合抜刀という戦闘術を用いていてもそれは変わらない。
その剣は全てを貫けるとしても、それを操る手や腕は物理実体を有した生身の肉体に過ぎぬのだから。
「く……そ! 手強い!」
「これモ防ぐカ!」
オーツロとクラスクの連続攻撃を素早く、そして危なげなくいなすグライフ。
だが彼の守りが唯一手薄な個所があった。
エルフの魔法剣士、ヴォムドスィの方角からの攻撃である。
魔法剣士は魔導師と剣士の複合上級職であり、軽戦士としての白兵戦能力に加えて魔導行使能力を有する強力なクラスだ。
通常魔導師はローブを纏うのみで鎧を着る事はなく、剣を持たず杖を握る。
それはかさばる鎧を着ると手や足の動きが阻害され呪文詠唱時の動作要素が満たされなくなってしまうからであり、また杖という焦具によって魔術詠唱時の極度の精神集中を補助しているからだ。
だが魔法剣士は特殊な訓練を行う事で鎖鎧程度であれば纏いながら動作要素を阻害せず呪文が詠唱可能となっており、また秘密の加工法により剣自体を呪文詠唱時の焦具に指定する事ができる。
戦士の横に立ち剣で戦う事も出来れば魔導師の横で魔導術を行使することもできる、まさに上位職に相応しい力を持っているのだ。
だが魔法剣士は魔導師と剣士二人分の強さがあるわけではない。
純粋な魔力や呪文数で言うなら魔導師には及ばないし、細かい技術や練度では純粋な戦士に及ばない。
魔術も含めた総合力はともかく、純粋な白兵戦能力ではオーツロやクラスクに一歩及ばぬのだ。
ゆえにグライフはそちらからの攻撃には本気で対処していない。
その分クラスクとオーツロに注力している。
この距離であれば呪文を唱えた瞬間その隙を狙い突き殺せるし、仮に唱え終えてもまともにグライフの魔術結界を貫通できる呪文は殆どないはずだ。
なぜなら魔法剣士は純粋な魔導行使能力では専業の魔導師に及ばぬからだ。
ゆえにグライフはそちらからの攻撃は尻尾などで適当にあしらうのに終始している。
それこそが、ヴォムドスィの狙いだった。
「〈
薙ぎ払いが如く足元を通過した巨大な尻尾。
それを横でもなく後ろでもなく幅跳びのように上を越えたヴォムドスィが一瞬で呪文を唱え、彼の剣が青白く光った。
「≪魔刃剣≫! 〈
続く叫びと共に彼が手にした剣が薄青白い発光から眩く黄色い閃光へとその輝きを変える。
「打ち喰らえ! 雷刃剣・禍断!!」
剣士として刃を振るっている時は魔導術の詠唱ができない。
魔導術を唱えている間は剣が振るえない。
そして個々の能力は専門家には及ばない。
そんな彼らが魔法剣士としての本領を発揮するのがこの≪魔刃剣≫である。
≪魔刃剣≫は己の武器に呪文を込めるスキルだ。
〈
このスキルの優れている点は攻撃モーション自体が詠唱の一部になっている事だ。
つまり『呪文詠唱による武器強化』『剣による攻撃』という二段階ではなく[呪文詠唱と同時に魔法ダメージを加算した剣のダメージを与える』という一段階で完結した攻撃ができるのである。
唱えたのが範囲攻撃であっても剣に宿った魔術効果は剣が命中した相手にしか発揮されない。
そのかわり詠唱自体は通常の呪文よりだいぶ短く、攻撃を阻害せぬ。
言ってみればこれは剣に魔力を込める『詠唱破棄』のようなものだ。
術を宿すのが拳か剣かの違いはあれど、
ギバチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ!
尾の付け根あたりに全力で剣を叩きつけたヴォムドスィ。
その刃から黄色い稲妻が走り、グライフの体表を雷霆が
グライフの体躯は大きく、その腕の鉤爪も太い脚での蹴りも
だがそれらはかわしさえすれば懐に潜り込むことは可能だ。
だが彼の尻尾は違う。
伸ばした腕の3,4倍はあろうかという最大射程。
それでいて伸縮自在で普段は迎撃しにくい長さとなって彼の近くにあり、必要なら薙ぎ払いなどの瞬間のみ伸びたりもする。
この尻尾があるせいで後衛のフェイックやヘルギムが防衛に気を割かねばならず、クラスク達も安全圏まで脱出するのにかなりの距離を取らなければならない。
そして下手に距離を空ければ次々と妖術が飛んできてじり貧になってしまう。
そう尻尾。
この尻尾さえ斬り落とせば遥かに有利に渡り合えるようになるはずなのだ。
なのだが。
「まあ、そう来るだろうね」
涼しい顔で、グライフはそう呟いた。
背後から襲い掛かったヴォムドスィの方に目も向けずに。
バヂン!
ヴォムドスィの剣に纏わりついていた雷霆の光が、突如消え失せる。
グライフの有する魔術結界に弾かれたのだ。
魔族には魔術結界があり、己を対象とした呪文を弾く。
それは一度剣に宿ったとはいえグライフに雷撃ダメージを与えんとする≪魔刃剣≫とて例外ではない。
目標はあくまで剣が攻撃した相手であって、剣自体を強化しているわけではないのだ。
無論ヴォムドスィもそのことは百も承知だ。
ゆえに〈
相手の魔術結界を解析し、突破させるための呪文だ。
この呪文の効果は非常に高く、ほとんどの魔術結界を解析しきってしまう。
次に唱える呪文に1つに対してしか効果がないという制限こそあるが、たとえ格下の術師であっても大抵の魔族の魔術結界を貫通できるという強力なものだ。
だが……それでもなお、グライフには通用しなかった。
この呪文は魔術結界を無効にするわけではない。
あくまで『次の呪文の魔術結界貫通力を格段に上げる』呪文でしかないのだ。
それ以上の魔術結界であれば弾かれてしまうのである。
まあそんな結果になる事を知っている魔導師はそうそういなかろうが。
なにせ仮にいたとしたらその魔導師は虎の子の秘術を相手に防がれたという事で、大体の場合そのまま命を失うだろうからだ。
どず、という音がする。
ヴォムドスィの下半身からだ。
そこには棘が刺さっていた。
いや棘というよりは角に近い。
太く、鋭い角のような棘。
それはグライフの尾の付け根から生えていた。
一本だけではない。
それがヴォムドスィの太ももに突き刺さっている。
どす。
どす。
鈍い音が幾つも聞こえた。
十本以上の、1フース(約30cm)ほどの長さの棘が、次々と生えてきてはヴォムドスィに突き刺さらんとする。
下半身とはいえこれ以上喰らえば致命傷になりかねない。
戦場に、激痛すら生ぬるい痛みを受けた男のウ呻きが漏れた。
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