第836話 どこかで見た影法師

剣戟が響き、次の瞬間腕が吹き飛ぶ。

魔族の腕だ。

切り裂いたのはドルムの歩兵が持つ剣である。


悲鳴を上げ後ろに下がろうとする魔族。

だが傷が回復しない。

武器が〈祝福ットード〉により聖別されているからだ。


だがそもそもそれ以前に兵士達の武器はその魔族の表面で弾かれた様子がない。

ダメージが完全に通っている。

つまり魔族の有する物理障壁が効果を発揮していないのだ。


魔族どもの物理障壁は大別して三種。

『銀の武器』でないと傷つかない。

『魔法の武器』でないと傷つかない。

そして『善なる武器』でないと傷つかない。

ほとんどの魔族は場合、この三種の組み合わせによって成立している。


竜どものように当初は『魔法の武器』でないと傷つかない程度だったものが年経るごとに強化・変質し、最終的に竜ごとに物理障壁の除外条件がまちまち……などといった厄介なものではない。


こられの組み合わせは魔族の階級によって変わる。

例えば小鬼インプなら『銀の武器』または『魔法の武器』なら傷つけられる。

羽魔族コニフヴォムであれば『魔法の武器』でなら傷つけられる。

帯魔族ヴェリートなら『銀の武器』または『善の武器』で傷つけないと≪再生≫する。

鎧魔族ウジェクィップなら『善の武器』でなら傷つけられる。

そして上級の角魔族ヴェヘイヴケスであれば『銀の武器』かつ『善の武器』かつ『魔法の武器』でないと≪再生≫する、といった具合だ。

複合条件を要求する上級魔族の厄介さが理解できるだろう。


そんな彼ら相手にドルムの兵達はどんな対策を取っているのだろうか。


兵士達が持っている剣は皆白銀色に煌めいている。

実はドルムが兵士達に支給する剣は全て銀製なのだ。


当然鉄剣に比べ銀製の剣の方がずっと高価である。

高価ではあるが……それでも魔法の武器に比べれば遥かに安く、兵士達全員分を揃えるのも決して無理な話ではない。


そしてそれに対魔族用の付与魔術をかける。

集団武器魔化クヴェヲヒック・ヴェビューム・ルヴァグスヴィ〉により複数の武器(詠唱した魔導師の力量によるが、おおむね十本前後)を魔法の武器と化し、さらに〈集団属性剣クヴェヲヒック・ヴェビウム・ヴォーク〉によるこれまた複数の武器(上記とほぼ同様)をまとめて善なる武器へと変える。


これにより兵士達が手にした武器は全て『銀の武器』『魔法の武器』そして『善の武器』となって、どの魔族相手であっても有効なダメージを与える事ができるのだ。

このあたり魔族相手に有効な攻撃手段を有する者が限られていたクラスク市に比べはるかに対策が行き届いていると言えよう。

まあクラスク市の場合そもそも対魔族軍隊戦はあまり想定していなかったのだから仕方ない部分はあるのだが。


さて魔族どもは魔導術や妖術で〈火炎球カップ・イクォッド〉を修得している事が多い。

それはこの呪文が爆発系で広範囲にダメージを与えられるから、というのともう一つ。

彼らが火に対する完全耐性を有しているからだ。


火炎球カップ・イクォッド〉は低位最終段階で魔導師が修得するはじめての広範囲攻撃呪文であり、冒険者なども好んで用いる。

ゴブリンやオークといった集団で襲ってくる連中相手に絶大な強さを発揮するからだ。


ただしなまじ広い範囲に炸裂するがゆえにこの呪文は白兵戦に入ってから使う事はできない。

味方を巻き込んでしまうからだ。


だが魔族達は違う。

彼らは炎属性に対する完全耐性を有しており、当然〈火炎球カップ・イクォッド〉を喰らっても一切傷つくことはない。


となると……彼らはその呪文を人型生物フェインミューブとはまるで異なる使い方をするようになる。

そう、のだ。



普通人型生物フェインミューブが〈火炎球カップ・イクォッド〉を唱えるときは遠方にいる敵陣の中心に起点を定める。

だが魔族どもはそうではない。


なにせ彼らは炎に完全耐性があるのだから、自分を中心に連発してもなんら困らない。

周囲の魔族も困らない。

被害を被るのはただ挑んできた連中のみである。


そんな魔族の得意戦術だが……これまたドルム兵達には通用しない。


魔導術にせよ妖術にせよ、使用する際には精神集中が必要で隙ができる。

その隙に攻撃を叩きこめば痛みのあまり精神集中が乱れ、呪文消散ワトナットのリスクが発生する。

魔導師が戦闘中に呪文を唱える際、仲間の戦士がその前にカバーに入るのはそのためだ。


ただ魔族には物理障壁がある。

魔術にせよ妖術にせよ、使用する際には確かに隙が発生するけれど、魔族の場合その際に受けた攻撃は物理障壁が殆ど弾いてしまう。


結果ダメージが一切通らないか僅かな傷しかつかない。

その程度の怪我では精神集中を乱すには至らず、結果彼らの魔術妖術は完全な効果を発揮する。


…のだが、ドルムの兵士達は前述の通りただの一兵卒ですら魔族達の物理障壁を完全に無効化してくる。

それはつまり迂闊に近くで妖術など使おうものならその隙に次々と刃を叩きこまれ、痛みで呪文消散ワトナットしてしまいかねないということだ。


そうならぬために接敵前に〈解呪ソヒュー・キブコフ〉を叩きつけておきたかったのだろうが、それはネッカの大魔術によって防がれた。

魔族達は得意の妖術を使えない、或いは非常に使いにくい状況下で白兵戦に突入せざるを得なくなったわけだ。


さてクラスクは冒険者たちに混じって魔族の左翼……城から見て右手側……の方へと突撃した。

互いの魔術が乱れ飛び、同時に対抗魔術がそれを打ち消して、残った呪文がそれぞれの陣営で幾つか炸裂する。

が、どちらも一体も倒れることなく白兵距離へと到達した。


冒険者たちが放った呪文は相手の魔術結界を無効にする呪文なのか、或いは〈魔術強化ソヒュー・ルヴァグスヴィ〉などで魔術結界を貫通しやすくした後唱えた呪文だったのか、前衛にいた魔族どもを打ち倒しこそできなかったもののそれなりに手傷を与えたようだ。


そうした魔族達は高速治癒能力で傷を治療するため後衛に下がり、かわりに別の連中が前に出てきた。


魔族……


「お……?」

「なんだあ!?」


冒険者たちが口々に怪訝そうな声を上げた。

これまであまり見たことがなかった連中だったのだろう。


それは黒かった。

黒い影法師のような連中だった。


大きさも姿も様々で。

だが全身が黒ずんでいるせいでよく見分けがつかぬ。





それが魔族の代わりに出てきた者達だった。

クラスクが突入行の際目にしたがこれだった。


「こいつら魔族じゃねえよな!?」

「そうですね。魔族の報告例にこのような連中はいません。彼らは厳密に種ごとの特徴があり…」

「能書きゃいいからともかく切れば倒せるんだな!?」

「おそらくは」


冒険者達の、仲間同士らしき戦士と魔導師が手早く意思疎通をしてすぐに行動に移る。

このあたりの即断即決と臨機応変は冒険者の得意分野である。


(……………?)


ただ……クラスクは、その黒い連中に妙な感覚を覚えた。

ような気がしたのだ。


いや彼らそのものではない。


「でけえのもいるぞ!」

「なんだこいつら……真っ黒でよくわからんが……巨人か?」

「ア………!」


それで、気づいた。

クラスクはようやく得心した。

そこにいる黒い連中をどこで見たか思い出したのである。



クラスク市だ。

正確にはクラスク市郊外にある隠れ里・ルミクニだ。

そこにいる連中は、ルミクニで暮らしている村人……クラスク市が受け入れた人外の連中と皆同じ種族なのだ。


真っ黒い巨人がいる。

真っ黒いゴブリンがいる。

真っ黒いトロールがいる。


そうだ。

みんな、みんな。





クラスク市が受け入れてきた種族とばかりではないか。





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