第837話 魔族と魔物

「うわっとっと……なんだこいつら!」

「剣は通用するな。物理障壁持ちだとしても少なくとも魔法の武器で抜ける」

「なるほど? じゃあ力押しで行けっか? ちなみに死亡時効果は?」

「ないようだ」


冒険者集団・荒鷲団の団長オーツロが黒い巨人が振り下ろす漆黒の棍棒を避けながら叫び、その隣にいたヴォムドスィ…彼の仲間であるエルフの魔法剣士だ…が黒い小柄な人型の影…サイズ的にゴブリンかコボルトあたりだろうか…を手にした青白い剣で切り裂きつつ応える。

それを受けたオーツロは横薙ぎに放たれた黒い巨人の棍棒をスッとステップしながらかわすが、未だに腰に差した大剣を抜く気配はない。


まあそもそもそれが本当に大剣だとすると腰に挿している段階でリーチの問題から腕がつっかえまともに抜けないはずなのだが。


「オーツロ!」

「お、クラスクじゃねーか、どうした」


どどどどど…と戦場を凄まじい勢いで駆けながらクラスクがそこに割って入る。

途中行く手を阻もうとしていた黒い影……体格は人間サイズ、やや前傾して黒い槍を持っていた。おそらくは蜥蜴族だろう……を一刀両断し、ほぼ最短距離で。


「少シイイ、カ……?」


オーツロに声をかけようとしたクラスクは、そこで大きく目を見開いた。


オーツロの背後に大きな影がある。

外見は人型だがかなり大きい。

おそらく巨人族の影法師だ。

それが後ろからオーツロを真っ黒な棍棒で薙ぎ払わんとしている。



……その腕が、唐突に千切れ飛んだ。



クラスクから見てオーツロの左側から振るわれた棍棒。

その棍棒を掴んでいる黒巨人の左腕。

その肘の少し先辺りにスッと切れ目が入り、肘から先がずぼんとすっぽ抜けクラスクの視界の右端へと消えてゆく。

その直撃を避けるように一歩前にステップしたオーツロの背後で、腕が千切れ飛んでバランスを逸した巨人の影法師がどすんと膝をついた。


その隙を見逃さず、先刻まで彼と会話していたヴォムドスィがその黒い巨人におどりかかり、手にした青白い剣を両手で構え心臓あたりをずぶりと突き刺す。


そのすぐ後ろにフェイック…荒鷲団の女顔の聖職者…が戦槌と盾を構えながら小走りに駆け寄り待機し、必要なら攻撃に加われる、必要ならヴォムドスィに〈中傷癒トゥメイ・オセロウィン・オラッグ〉や〈弱治療ミューゼリストル・ロットール〉といった接触型の呪文を発動できる、それでいてすぐに後ろに下がれる位置をキープする。


そしてさらにその少し後ろに荒鷲団の魔導師ヘルギムが位置取り、素早く呪文を唱えると仲間たちになんらかの補助魔術をかけた。

クラスクもまた己の身体に何かモリモリと力が湧いてくるのを感じる。


集団耐久増強クヴェオヒック・ヴェオレイラクヴェス・イキュイクスヴォ〉の呪文だ。

どうやら彼はクラスクも呪文の対象に加えてくれたようである。


後頭部を掻きながら頭を下げるクラスク。

軽く片手を上げつつ気にするなというポーズのヘルギム。


盗賊のスラックスのみは姿が見えないが、おそらくこの近くに身を顰め隠れているのだろう。

どうやら相当に鍛えられた冒険者たちのようだ。

クラスクは彼らの連携と手練に素直に感心した。


「そうダ。確かヘルギム。荒鷲団ノ魔導師ダッタナ。聞きタイ事あル」

「お前がオーツロの言っていたオーク族か。なんだ」


魔導師ヘルギムは片目を閉じながらクラスクの問いを受けた。

オーク族と初見だというのに特に嫌がる素振りもない。

有難いとばかりにクラスクは己の内の疑問をぶつけた。


「アレはナンダ」

「そうそう、俺もわからねえ」


オーツロがクラスクの横からにゅっと首を突っ込んで同じ質問をする。

クラスクとしては先刻のあの黒い巨人の腕が千切れた要因がわからずそちらも大いなる謎だったのだけれど、とりあえず優先順位の高い方から尋ねる事にした。


「おそらく…魔物だろうな」

「「魔物!?」」


クラスクとオーツロの声が被る。


「魔物って……アレだろ? 獣がなる奴。瘴気まき散らす」

「そうダ。人肉喰っテ神々の加護を失っタ奴ガ瘴気に取り込まれテ……」


ぐりん、と首を回し、背後で魔法剣士ヴォムドスィの手によりとどめを刺され地面にどうと倒れる黒い巨人を目にしながら、クラスクが目を大きく見開き、再びヘルギムに向き直った。


「……

「そうだ」

人型生物フェインミューブデモカ」

「そうだ」

「まじでー!?」


驚くオーツロをよそに、クラスクはさらに深く熟考する。

その手にした斧が軽く動いて、横からやってきた黒い小柄な影をなで斬りにした。

ほぼ無意識の行動である。


「ダガ巨人族ズームス人型生物フェインミューブ違ウ。神の加護最初からナイノデハ?」

「そうだな。だが神の加護がないという事は、そもそも人肉など食わせなくとも瘴気に取り込みやすいということだ。魔物にもしやすかろう」

「魔物……」


それ以上会話を続けることなく彼ら三人は素早くその場を離れ、散開した。

直後に彼らが固まっていた場所に赤熱した爆発が巻き起こる。

魔族どもが〈火炎球カップ・イクォッド〉を放ったのだ。


クラスクは大きく後ろにステップしながら背後から迫る黒い影を横薙ぎに狩り、片足を軸に半回転するとそのまま前方に走りだす。


「助カッタ!」


そして大声で礼を言いながらその場から離脱し、魔族のただ中に自ら突っ込みながらそのを考えた。


魔物……瘴気に飲み込まれ闇に堕ちた連中のこと。

どうやら獣だけでなく人型生物フェインミューブ巨人族ズームスなども魔物となるらしい。

それはいい。



問題は……ここにいる魔物どもの種族である。



魔物どもは最初からいた。

クラスクとネッカがドルムへの突入を敢行した時からである。


魔物は元の生物より瘴気により強化されるという。

その身から瘴気を放つため瘴気地を生み出す助けにもなるのだろう。


だが強化されていると言っても魔族の強味である物理障壁を備えているでなし、魔族どもよりはだいぶ倒しやすい存在のはずだ。

なぜ彼らをわざわざ配置しているのだろうか。


すぐに思いつくのが増援としての役目である。


今回の魔族どもの作戦の主目的がクラスクの推測通り本当にクラスク市への襲撃だというのなら、そこにかなりの魔族を差し向ける必要がある。

そうなるとその分ドルムを包囲する魔族が減ってしまう。

その人数合わせをしつつドルム側から見て包囲網に厚みがあるように見せつつ実際の戦力として当てにしている、と考えれば納得はできる。


だがそれにしてはその種族に特定の傾向があることがクラスクには大いに引っかかった。

なぜ彼らの種族は、クラスク市の隠れ里にいる連中の種族と被っているのだろう。


クラスクは様々な書物を読んで知識欲を満たしており、そうした書物の中に魔導学院の危険生物図鑑などもあった。

要はモンスターが載っている図鑑である。

そこには様々な怪物について記されており、その中には当然隠れ里にやってきた連中の種族についても記されていた。


それらの書物から得た知識で考えるなら、この世界には様々なモンスターや友好的でない人型生物フェインミューブが多くいて、自分達の身の回りにいる種族などほんの一握りだ。

隠れ里ルミクニには様々な人外の種族達が住み暮らしているが、彼ら全てを合わせても、この世界の様々な種族のほんの一部に過ぎない。



だから、ここにいる魔物どもがルミクニにいる連中の種族とほとんど被っていることには明らかな意図があり、意味があることになる。



仮説はすぐに浮かぶ。

ルミクニで暮らしている者達は性格や傾向から元の種族と上手くいかなかった連中だ。

それを何者かが唆し、クラスク市へと誘導した。


ならば、彼らを送り出した時点で元の村や集落の連中はもう用済みだ。

そのまま接収して瘴気で侵し、魔物に変えて自分達の手駒として使えば戦力の増強にもなって無駄がない。


そう考えれば筋が通る。

つまりクラスク市に様々な種族の者達を次々と送りつけてきたのはやはり魔族どもだったのだ。



問題は……なぜそんなことをするのか、である。



今ルミクニで暮らしている連中は皆サフィナの試験を通った者達だ。

つまり嘘偽りなく善良な…少なくとも邪悪ではない者達である。

彼らが元の種族の集落で住みづらくなり、新天地を求めてクラスク市にやってきた想いに嘘はないはずだ。





一体魔族どもは……なぜそんな連中にわざわざクラスク市を紹介したのあろうか。

答えの出ぬまま、クラスクは目の前の魔族目掛けて大斧を振るった。





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