第795話 閑話休題~荒鷲団~
「おおい! お前ら!」
オーツロが手を挙げながら酒場に入って来る。
幾つものテーブル、そこにそれぞれ着いている幾つものグループが一斉に彼に視線を注ぎ、また元に戻した。
かつてはその視線にはもっと嘲笑や侮蔑のそれが混じっていた。
ろくに経験もない素人を若造をパーティーに加えるなど正気の沙汰ではないと。
足を引っ張るだけではないかと。
オーツロは何を考えているのかと。
ちなみに当時の彼らが口にしていたオーツロとは先代のことだ。
その後も色々なヤジや心無い言葉を受け続けてきたその若者は……今や当代のオーツロを名乗り、荒鷲団を超一流の冒険者パーティーへと押し上げ、誰から見てもパーティーのリーダーに相応しき男となった。
全ての嘲弄を実力と実績で黙らせできたのである。
「戻りましたか。見回りお疲れ様です」
フェイックがねぎらいの言葉をかける。
まだ若いながらも高い信仰の力を有する太陽神エミュアの聖職者だ。
年齢は二十歳前。
家の決まりのせいだとかで金髪が後ろに長く棚引き、端麗な容姿も相まってよく女性に間違えられ口説かれるが当人のその気は一切なく、迷惑しているようだ。
「おう。そっちこそ教会に詰めてなくて大丈夫なのかよ。回復役なんていくら人手がいても必要だろ? 割と魔族どもの妖術が雨あられと振って来てるしなー」
「それが……教会で待機していたのですがこちらに返されました。冒険者としての仕事があるそうです」
「なるほど?」
ふむ、となにやら納得するオーツロの横で、エールを煽っているのはスラックス。
このパーティの貴重な盗族である。
中年の無精ひげを生やした風采の上がらない男だが、これで探索から情報収集から戦闘・暗殺までこなす器用な男である。
先代アーリに比べると
ただその唯一の取り柄である探索能力に関してアーリがあまりに飛び抜けていたため未だに惜しまれているのだが。
なにせ
彼女のお陰で他の仲間たちは戦闘以外のほぼすべてのストレスから解放されて闘いに専念できていたのだ。
当人は己を過小評価していたけれど、実際は仲間たちからとてもとても頼りにされていたのである。
とはいえ現在彼女はアーリンツ商会という大商店の大社長であり、危険な冒険に出向くよりさらに莫大な富を日々右から左に動かしている。
ハイリスクハイリターンの冒険者稼業なんぞより間違いなく大儲けしいるのだから、当時冒険者を辞したのは結果的に先見の明があったと言う事になるのだが。
「で、外の兵士どもが騒がしいがなんかあるのかぁ? 冒険者の仕事ってこたぁ出撃だろ?」
「まーな」
「援軍が来るまで籠城って話じゃなかったのか?」
「それがまあ……なんだ」
ぼりぼりと頭を掻いたオーツロは、テーブルの上に身を乗り出して小声で仲間たちに囁いた。
「援軍は……来ない」
「ぶっほ」
思わず飲みかけのエールを噴き出しむせてしまうスラックス。
まあ幾度か引き延ばされたものの数日中にはとうとう援軍が到着するという話だったのだから当然だろう。
「どどどういうことだよそりゃ!?」
これまた小声で喚くスラックス。
「いやー…なんか魔族どもに通信士が騙されてたらしくてな? 今その通信士の確保と治療をしてるとこらしい」
「んな……っ?!」
大声でを上げてツッコミを入れそうになったスラックスはすんでのところで口元を押さえ耐え凌ぐ。
ここで迂闊に騒ぎ立てたら周囲の連中がパニックを起こしかねない。
確かにドルムに滞在している冒険者どもは腕に覚えのある連中ばかりだけれど、それでも命が惜しい者は幾らでもいるのだ。
「騙されてたってどういうことだ!? あのセキュリティ完備の部屋をどうやって魔族どもは調べ上げた?」
「…というか、あの部屋の中に籠っている通信士をどうやって対象に取ったんです?」
スラックスとフェイックの重ねての問いかけにオーツロは肩をすくめた。
「いやー話すと長くなんだけどさー」
そしてその話を聞きながら二人の表情がみるみる険しくなってゆく。
「それは……だいぶヤバいんじゃないか?」
「ですね」
「そーゆーこと。けど悪いことばかりじゃないぜ。戦力がよそに割かれてる分実はここの包囲網敷いてる魔族どもはそこまで強力じゃないっつー話だ。だから城から出てここの幹部級の魔族ども連中を俺達冒険者に討たせりゃ残りは蹴散らせるって算段なんだろ」
「気軽に言ってくれんなあ」
スラックスは憮然とした表情でそう呟く。
彼は確かに戦闘もこなせるけれど、それは決して戦士のように正面からの斬り合ってのことではない。
物陰に潜み闇に紛れ、相手の不意と隙を突いて生物としての急所……足の腱や首筋の頸動脈、喉仏などを狙う、急所狙いのいわゆる盗賊流だ。
だが魔族どもは魔法の暗闇をも見通す強力な〈暗視〉持ちだし、さらにあの数では乱戦の中喩え誰かから隠れたとしても他の誰かかかららは丸見えなどという事態にもなりかねない。
その上城の周囲は平地が続き隠れられる物陰などもなく、戦場で隠密するためには周囲で戦う兵士や敵の魔族どもの影などを利用しなければろくに作り出せぬ。
隠れ潜んでからのヒット&アウェイが得意な盗賊向きの戦場ではないのである。
「だが文句を言ってもいられまいよ。これ以上魔族どもの好きにさせるわけにもゆかぬだろうしな」
口を挟んだのはヴォムドスィ。
このパーティで唯一の人間族でない仲間……エルフの魔法剣士である。
見た目は割と若く見えるがそれはエルフ族だからねあって、人間族換算で言えばスラックスとあまり大差ない年齢だ。
まあスラックスの方はだいぶくたびれているので実年齢より割と年かさに見えてしまうのだが。
「そりゃあそうだけどよ。もうちょっと危機感もとーぜー? 魔族の中に突っ込むんだぜ?」
「俺は魔族が殺せればそれでいい」
「お前はそういう奴だったなそういや」
スラックスの台詞に言葉少なく返すヴォムドスィ。
それを聞いてつまらなそうに肩をすくめる盗賊スラックス。
彼の故郷は魔族に滅ぼされこの世から消え失せたのだという。
パーティーに加わってくれたのも彼らがドルムに長く滞在し魔族どもと戦えるからという筋金入りの魔族嫌いだ。
まあ魔王信者でもない限り魔族が好きだなどという人類はこの世界にはそうそういないだろうが。
「……今戻った」
「お、ヘルギム!」
「お疲れ様です。城壁の上はどうでした?」
「どうもこうもない。魔導師を命の危険にさらすいいなどと酔狂もいいところだ」
そして最後に酒場に入ってきたのは魔導師ヘルギム。
いつもむすっとした表情の三十手前の男で、ことあるごとに文句ばかり並べ立てるが、それでも臆病風に吹かれたりしないし仲間を見捨てて逃亡したりもしない。
魔導師としてはとても珍しいタイプの人物と言えよう。
まあ文句だけはいつも言い立てるのだが。
「お疲れさん。お前もこっちに戻されたクチか?」
「ああ。出撃が近いらしいな。なので早めに城壁での仕事を辞して魔力の回復に務めに来た」
「なるほど。余念ねえな」
これで全員が集まった。
オーツロ率いる冒険者集団…『荒鷲団』の勢ぞろいである。
「さて……じゃあ作戦の説明すっかー……」
オーツロがそんな頼もしき仲間たちを一通り見つめて……
先程会った幾人もの美女を読めに迎えているというオークの太守を思い浮かべてはあと大きなため息を吐いた。
「女っけ少ねえなあ俺ら!」
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