第793話 誤算
オーツロと別れ、クラスクは城壁を歩く。
念のためにと城代から許可証をもらっており、それを携えてのものだ。
彼が歩くそばから兵士達がぎょっとして一瞬身構える。
兵士によっては槍を向けてしまう者すらいる。
だがそれも無理からぬことだろう。
なにせオークである。
襲撃と略奪の常連オーク族だ。
ある意味に於いて魔族どもより
クラスクが指し出した許可証を見せ、首をひねりながら彼の通過を許可する。
だが中にはクラスクを見るや近寄って来て声をかけてくる者もいる。
詰問の声ではない。
称賛や激励の言葉だ。
なぜそんな言葉をかけてくるのかと言えば、クラスクのこのドルムへの突入行の目撃者だったからだ。
クラスクが今歩いているのは歩廊……いわゆる城壁の上の兵士達の通路である。
居館から城壁の上まで登り、歩廊の上を東回りに北方面に向かっている。
現在はその中腹、つまりドルムの街からすれば真東あたりだろうか。
このあたりの兵士は位置的にクラスクの突入行を見ていないものが殆どで、ゆえにクラスクが通った時に大仰に驚くわけだ。
すわ巨漢のオークが来たぞ、と。
だが中には配置換えによってこの近くにやってきた兵士もいるため、例のクラスクの突入行を目撃した者もいるわけだ。
そんな彼らは胡散臭そうにする他の兵士にこのオークがいかに勇敢にこの城に単身突入し(なにせ兵士の目からはネッカは見えないわけだから、当然そういう解釈になる)、食料を届けたのかを熱心に語った。
「ああ、アンタが街に食糧を届けたっていう……!」
「マアソウダナ」
「へえ! その上届け終わったらそのまま戦線に加わってくれるだなんて、頼もしいじゃないか」
クラスクを見る目が変わり、他の兵士達も緊張を解いてクラスクに礼を言う。
妙に打ち解けやすいというか、そういう雰囲気を彼は持っているのだ。
「ソレヨリ探シテルトコあル」
「お、なんだなんだ」
「どこだい。案内するぜ」
「お前達みタイナ兵士ノ詰め所探シテル。北ニあル聞イタ」
「あー、詰め所か! いいぜ、案内するよ」
兵士の一人が率先して挙手をして道案内を名乗り出た。
先程クラスクの活躍について早口でまくし立てた男である。
「悪イナ」
「なあに道案内も兵士の務めさ。平時なら街のみんなを案内したりとかな!」
「立派ダー」
おおーとクラスクが大仰に拍手をし、兵士が照れた。
「じゃあこっちに来てくれ。なあにすぐさすぐ!」
× × ×
「でふから……魔族の中でも指示を出すのは一部の上級魔族でふから……」
「なるほど。確かにその作戦は有効そうですね」
ここはドルムの居館。
その宮廷である。
クラスクが場を辞した後、ネッカだけが残り外の魔族と戦うための軍議に参画していたのだ。
「報告! 現在魔族包囲網外郭に転移してくる魔族を確認! 包囲網の層が厚くなっております!」
「むう、こちらの気づきに気づいたか……?」
「流石に一筋縄ではいかないでふね」
魔族は現在この城の包囲網、各国の通信遮断、そして王都ギャラグフから出立した騎士団を迎え撃つべく北方回廊に展開した軍勢、の三つに戦力を分けていると考えられる。
平地では騎士はその機動力を遺憾なく発揮しかなりの攻撃力を誇る。
そしてアルザス王国の国土のほとんどがその平地だ。
街道を進む騎士団は間違いなく現在の魔族どもの計画にとって最大の厄介者であり、こちらに多くの戦力が割かれていると見ていい。
さらに各国の通信遮断をするためには大規模な結界魔術を維持し続けねばならず、これには強力な魔導術の実力が必要と考えられる。
魅了効果であればその都度その都度会話をする必要があり、そうそう他の事にかまけてはいられないだろう。
となれば自然ドルムに詰めている魔族はその分数が減り、強さ的な脅威度も下がる。
ドルム側が籠城し救援を待っていてくれれば少ない戦力でこの地を瘴気で満たせるだろう……というのがネッカの考えだ。
だからこそクラスクとネッカの二人の突入行も成功できたわけである。
「増援……どこからでふかね」
転移系の妖術でやって来るなら魔族としての実力は高い方だ。
流石にこの短期間に北方回廊での騎士団との戦いに決着がついたとは思えない。
一体どの方面からの増援なのだろう。
それとも転身なのだろうか?
「ネッカイルカー!?」
「わふっ!?」
と、用事があると会議を辞したはずのクラスクが大扉を開け息を切らせながら宮廷に飛び込んできた。
「ク、クラ様!?」
「城代! ネッカ借りるぞ!!」
「それは構いませんが…」
「わふっ!? ク、クラさまいったいなにが……わっふううううううううううううううううううううううううううう!!?」
いうが早いかクラスクはネッカを足元からすくい上げお姫様抱っこしながら瞬く間に走り去る。
突然のことに目を丸くして見送るしかないドルムの重鎮たち。
会議の真っ最中になんとも不躾な行為だがとはいえ大方の結論は出た。
あとは兵を纏めて出撃するのみである。
彼らはそれを機に軍議を打ち切り、急ぎ戦いの準備に入った。
「ククククククラ様いったいなにが…」
クラスクの腕の中で揺られながら、兵士達の視線が集まるのを感じつつ頬を赤らめわたわたするネッカ。
クラスクは城を飛び出るとなるべく人通りの少ない城壁の角へと駆けてゆきそこでネッカを解放した。
「ネッカ! 今から帰れナイか! 方法ナイカ!!」
「わふ!?」
唐突なクラスクの言葉にネッカは目を丸くする。
「それは…無理でふ。ネッカ達はこちらで防衛戦に参加するって話だったじゃないでふか」
そうなのだ。
ドルムには魔族の張った罠があって〈
蒸気自動車も壁にぶつかり大破してシャミルのいないここでは修理できる見込みがない。
魔導術などにある修繕系の魔術はあくまで術者当人が修復の技術を有している事が前提だからだ。
つまり現状クラスク達はドルムに突入こそできたものの街へと帰れる手段がない。
だからそのままこちらの防衛戦に参加する…というのが当初からの予定だった。
クラスクもそれに納得していたはずである。
「事情が変わっタ」
「事情でふか?」
ネッカのきょとんとした表情に、クラスクはぶんぶんと強く頷く、
「こイつら…出撃シテナイ!」
「出撃……それはしないのではないでふか?」
クラスク市からの食料輸送は確かに彼らにとって大きな助けとなった。
食糧難に陥っていたことは事実だからだ。
だが彼らから城を出て包囲網を切り崩すなどといった作戦は取られなかったはずだ。
なせならクラスクたちが事情を説明するまで彼らは通信士が魔族の罠に落とされている事に気づいていなかった。
つまり包囲こそされているが遠からず王都から騎士団がたどり着くはずだし、各国から援軍が集まってくるはずと思い込んでいたのだ。
それなら彼らは門扉を固く閉ざして籠城を続けるのが最も効果的であると判断するはずだ。
今日来るかも、明日来るはず……と魔族どもが瘴気地を生み出すその日まで城に籠っていたはずなのだ。
当然無駄に兵を減らす出撃などするはずがない。
なにせ防衛戦であれば怪我しても後方に下がれば聖職者がすぐに回復してくれる。
条件さえ整っていれば死すら克服できることすらある。
だが出撃してしまえば怪我をしたからとて簡単に城に戻れない。
死体も戦場に残りっぱなしになる。
損壊が酷ければ蘇生は不可能になるし、をれを見越して魔族どもは倒れた兵士達を手間をかけて妖術で焼き払う。
そうなれば復活するのはまず不可能になってしまうのだ。
そうしたこともあって、ネッカは彼らが出撃しないのはむしろ自然な事に思えた。
だが……
クラスクにとってはそうではなかった。
彼としては、絶対にドルムの兵達が出撃しているべきと考える、とある理由があったのだ。
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