第792話 同郷
「質問に答えル前にお前にコッチカラ質問シテモイイカ」
「いいぜ。どんどん聞いてくれ」
オーツロの言葉にクラスクは以前から気になっていたことを尋ねる事にした。
「アーリは追放されタのカ? こウ、お前達のパーティの方向性ノ違イトカデ」
「あー違う違う! むしろ
ぐぎぎ、と歯噛みするオーツロ。
その表情に嘘の色は見えない。
どうやら本気で悔しがっているようだ。
「ナラナンデアイツ追イ出シタ」
「追い出してねえよ! 本人が辞去したんだよ! これからの俺達に自分は足手まといになるって!」
「ジキョ」
「そうそう!
「知っテル。あの真っ赤な大トカゲ倒す時すごく助かっタ」
「あーそっか! 赤竜討伐の時のパーティの一員だっけか! かー! 悔しいなあ! いつかリベンジしてやろうと思ってたのにさあ!」
本気で悔しがり腕を振り回すオーツロ。
「ソウカ。お前達もアイツに挑ンダ聞イタ」
「そーなんだよー! いいとこまで行ったと思ったんだけどなあ!」
どうやら挑み続ければいずれあの赤竜にも勝てそうな口ぶりである。
そしてクラスクは己が推し量った彼の実力と、かつてアーリが所属していたというレベルの、さらに彼をリーダーとしたパーティの面子について考え、それが決して世迷言ではないと感じられた。
もし他の連中も同程度の実力者の集まりなのだとしたら、かの赤竜にもその刃時が届きうると、確かにそう思えたのだ。
とはいえ実力があることと実際に討伐できるかはまた別の話だ。
赤竜討伐の最大の問題は彼の堅牢な秘密の鎧にある。
幾重にも幾重にも秘密によって護られた赤竜の堅牢と不壊を突破する為に、クラスクとその仲間たちはそれこそあらゆる手を尽くした。
街を上げて市の財政を注ぎ込んであらん限りの経済力と外交力を駆使して資料を集め各地に協力を求めたのだ。
だからこそ千年近くにわたってこの地に君臨してきた赤竜にクラスクの斧が届き得るところまでその秘密のヴェールをはぎ取ることができたのである。
あれが一介の冒険者にできるとは思えない。
だから実際に彼らが赤竜を討伐することはできなかっただろう。
ただ…もしかの赤竜の秘密を全て知りおおせていたとしたら、倒せるだけの実力はある、そうクラスクは評価した。
考えようによってはとんでもない高評価である。
仮にもこの地方に千年にわたり君臨し続けてきた絶対王者相手なのだから。
だが……実に信じがたいことだが、それほど高く評価したクラスクの目利きさえ、実際にはまだ過小評価であった。
刃が届き得る可能性どころの話ではない。
彼は確実に赤竜を傷つける手段を有しているのだから。
ただまあそんな奥の手があったからとて、やはり彼らが実際にかの赤竜を討伐で来たかと言われると疑問である。
それについてはいずれまた詳しく述べる機会もあるだろう。
「まあそれは置いといてさ。
「アア。荒事はうちデモヤランナ」
「だろ? である探索がきっかけで俺達ちょっと名が売れちまってさあ。それから色々名指しで仕事受ける事が多くなって。そうすっとこうどいつを討伐しろだの軍隊についてきて遊撃部隊に入ってくれだの戦闘メインの仕事が増えてきてなあ。あいつだいぶ気にしてたみたいなんだよな。ろくに役に立ってないのに分け前だけもらうのは間違ってる……的な?」
「アア……ナルホド」
アーリは金にうるさく、小銭一枚だろうと疎かにしない。
だがそれは決して吝嗇という意味ではない。
もし彼女が金にがめつい性格だったらクラスク市はここまで発展しなかっただろう。
或いは発展するにしてもこれほど急速な成長は遂げなかったはずだ。
クラスク市の発展に関してはひとえにアーリンツ商会の尽力によるところが大きい。
アーリが必要な時に十分なだけの巨額の資金を運用してくれたからこそあの街はあれほどの発展を遂げたのだと言っても過言ではないのだ。
だからアーリが金に煩いのは決してケチだからではなく、誰よりも金の価値を正確に理解しているからである。
そんな彼女の感覚からすれば、戦闘ばかりの仕事はさぞかし心苦しかっただろう。
戦闘を忌避する彼女は戦闘任務ではほとんど役に立つことがない。
にもかかわらずパーティの一員として分け前分の報酬を受け取ってしまう。
彼女自身の認識としては己はその金を受け取るだけの価値のある仕事をしていないにも関わらず、だ。
報酬が多すぎる。
適価を旨とする彼女にとって、それは随分と辛いことだったのだろう。
だから皆が止めるのもきかずパーティを抜けたのだ。
「ナルホドナ……ナントナくわかっタ」
「こっちも良かったぜ。アイツの近況が聞けてさ。元気そうならなによりだ」
「凄く元気。毎日商売に余念ナイ」
「商人かー。昔しか知らねえ俺からするとなんつーか意外だなー」
「意外ナノカ」
「まーな。あまり金勘定とかするの見たことねえしなあ」
それはクラスクには少々意外な発言だった。
確かに思い立って商人を始めたと言っていたし、彼らから離れたことで皆が手のひらを返し散々苦労したとも聞いていたけれど、それ以前にはまったく商人を標榜していなかったと言う事だろうか。
商人としての彼女しか知らなかったクラスクからすると、商人になるもっと前からそうした傾向があるものだと勝手に思っていたのでだけれど。
「それよりさっきの奴だよ。クルマだよクルマ! 誰が造ったんだあれ」
「…うちの街の錬金術師ダ」
「へえ! 錬金術! 種族は!?」
「ノーム族ダ」
「ええ……?!」
そこまで食い気味だったその男は、そこで明らかに失意の表情を浮かべた。
おそらく彼はこういう答えを期待していたのだろう。
「人間族だ」と。
彼からすればクラスクが操っていた(そして大破させた)乗り物はかつて彼の故郷でとても親しみのあったものにその構造などが酷似しており、だからクラスクにそれを提供した人物は同郷の者なのではないか…と思ったのだろう。
そんな風にクラスクは推測した。
「ノームかあ……おっかしいなあ。てっきり同じ……」
頭を掻きながら困惑顔で天を仰ぐオーツロ。
その髪色は黒。
この地方の人間族としてはかなり珍しい。
そして肌の色はこの地方の白いそれに比べてやや濃く、薄い
黄色、と言ってもいいかもしれない。
己の知っているそれよりはもう少し濃い目だけれど、目の前の男の肌の色にクラスクは心当たりがあった。
そしてその髪の色も。
……ミエに、似ているのである。
「お前ノ故郷、ドコダ」
「え? 故郷?! えー……ずっと遠いところ、かな」
クラスクに聞かれたオーツロは、ぼり、と頭を掻きながら少し遠い目をした、
ミエには聞けなかったことだ。
なぜだかわからないが、そこをはっきりさせてしまうとミエが目の前から消え失せてしまいそうな気がしていたからである。
「ソウカ」
「あーそいやオークって言えばさあこう……有名じゃん?」
「ナニガダ」
「ほらほらあれだよあれ。性欲っつーかこう……女とかさ! ほら! いるじゃん?」
「イル」
「お、やっぱいるのかー」
「結婚モシテル」
「結婚すんの!? オークが!?」
「スル。嫁も四人イル」
「四人も!? ぐああああああああああああああ! うらやましいいいいいいいいいい!!」
頭を抱えてのたうち回るオーツロ。
”竜殺し”クラスクが驚嘆するレベルの実力者で容貌もそれなりに整っているように見えるのだが、その反応からするとどうも女性にはあまり良縁がないようだ。
「なあなあ、今度俺にも誰か紹介してくれよ」
「嫁欲シイノカ」
「嫁! いや嫁っつうかこう心に潤いが欲しいっつーか、いやアンタの嫁さんでもいいぜ。ああいや嫁にってわけじゃなくてほら話し相手とか! もしかしたらウマが合うかもしれんし」
「ダメダ」
オーツロの軽い頼みを、だが珍しくクラスクはきっぱりと否定した。
「え? なんだよ。俺なんか気に障るようなこと言ったか?」
「イヤ。全然」
「じゃあ嫁さんと話するくらいはさあ。別に付き合いたいとかそういうんじゃないんだし…」
「ヤダ(プン」
「またきっぱりと否定すんな!?」
「ヤダ(フイッ」
「おいいいいいいいい!?」
オーツロの言葉を重ねて拒絶する。
クラスクの反応としてはあまり見ない類のものだ。
クラスクが嫌がったのは彼に己の嫁を紹介したくなかったわけではない。
ミエに会わせたくなかったのだ。
どうやらだいぶ遠方にあるらしきオーツロの故郷。
外見的な特徴やその反応から、どうやら彼の故郷はクラスクの第一夫人、ミエのそれと同じ地域ではなかろうかと推測できる。
もし同郷の者と会ったなら、きっとミエとオーツロの話は弾むだろう。
クラスクはそれがあまり面白くなかったのである。
要は嫉妬心を覚えたわけだ。
まあ実際この二人が出会ったなら、すぐに打ち解けて砕けた会話をするに違いない。
なにせ同じ世界の、同じ国の、それも同じ時代の異境の者同士が同じ世界で相まみえることなど、そうそうあることではないのだから。
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