第791話 英雄を知る

「アンタが…!?」

赤竜を……?」

「あの赤蛇山の主を倒したっていう……!?」


石工職人たちが見開いていた目玉を嫌が応にも大きくさせてその巨躯のオークを凝視した。


ドルムの北部には魔族どもが潜む闇の森ベルク・ヒロツがある。

だが同時にその西部に広がっているものがあるのだ。

それが赤竜がかつて支配していた赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムトである。


魔族どもを北に追いやって、彼らからの毎夜の襲撃に耐え、幾多の犠牲を出しながらもこの地に堅固な城塞を建造した。

それがこの防衛都市ドルムである。


だが設立当初からこの街には魔族以外にもひとつ大きな懸念材料があった。

西にそびえる赤蛇山脈ロビリン・ニアムゼムト

その最も高き頂たる赤蛇山ニアムズ・ロビリンの火口のはるか下に眠る伝説の赤竜イクスク・ヴェクヲクスである。


ドルムが建造された当時、その赤竜は休眠期にあった。

だが竜は定期的に休眠から明けて活動期に入る。

以前眠りについた時期を記録から紐解けば、ドルム誕生から百年以内にその赤竜が目覚める可能性は十分にあった。


ドルムは魔族どもを押し留める最前線ではあるけれど、同時にその立地上赤竜の休眠が明けた際彼の標的とされるリスクも少なくなかったのである。


ゆえににドルムに住んでいる者達は皆覚悟を決めていた。

魔族との戦いで命の危険にさらされるのと同時に、いつか自分の子孫たちが赤竜に蹂躙されるからもしれぬ、という事を。


もし赤竜が襲撃してきたらドルムの全兵力でそれを討てないか。

いやそんなことをすれば疲弊した我らに魔族が群がるだけだ。

などといった議論もこれまで散々交わされてきたほどなのだ。


その赤竜が討たれた。

報告を聞いた時、城主も住民も全員耳を疑ったものだ。


しかもそれを成し遂げたのがオークの混じったパーティだという。

冗談にしても随分な……と思っていたところに、目の前に当人が現れたのだ。


だが彼らは今や以前聞いたその話をただの与太話と笑い飛ばせなくなっていた。

彼の身体から醸し出される雰囲気……風格。

そしてオーツロとのやり取り。

明らかに只者でないことが知ろうと目にもわかったからだ。


オーツロダから荒鷲団ナノカ」

「あー違う違う。逆だ逆。オーツロってのはパーティ内での呼び名みたいなもんさ。うちのパーティは魔導師ヘルギム、聖職者のフェイック、盗賊のスラックス、それにエルフの魔法剣士ヴォムドスィ、それに俺。これでわかるだろ?」

「ナルホド。ヘルギムフェイックスラックス、それに禿鷹ヴォムドスィカ」


どうやらパーティ内の通り名として鳥の名を付けているようだ。


「そうそう。全部猛禽類。しかし鳥の名前なんてよく知ってるな。だとバードウォッチングとか全然見かけねえけど」

「ばあどうおっちんぐ」


意味のわからぬ単語を耳にしてクラスクは首をひねった。

だがその語感はどこかで聞いたことがあるような気がする。


「それにしても俺らの団のこと知ってたんだな。クラスク市でも有名なのかー」


さりげなさを装いつつその実まんざらでもなさそうな口調でオーツロが呟く。

クラスクには彼が内心だいぶ嬉しそうに見えた。


「街ノ連中ハよくわからン。俺はアーリから聞イタ」

「アーリ? ああか」


先程パーティーメンバーで同じ呼称の人物がいた気がする。

クラスクは少し考えてすぐに解に辿り着いた。


「……オ前達の団ノ名前ハカ」

「そうそう。うちらのパーティーに入った盗賊は全員スラックス。だからつい本名を呼び忘れちゃったりするんだよな」

「フム……」


なかなかに個性的で面白いルールである。

だがそうなると当然気になるところも出てきた。

常に知的好奇心旺盛なのがクラスク流である。


「トナルトお前ノも襲名式カ」


それを聞かれたオーツロは、なぜか嬉しそうには顔した。


「そうそう! すげえ先輩がいてさー! 冒険者のイロハなんかもすげえたくさん仕込んでくれたんだ!」

「ほう」

「強くって! カッコよくって! 憧れだったなあ……」


瞳を輝かせ、まるで少年のように。

オーツロはどこか遠くを見るような目つきでその人物を語る。


だがクラスクはその言葉に僅かな不穏を感じた。


だって彼の言葉は過去形で。

そしてその強い憧憬は二度と手に入らぬものに対するものに感じられたからだ。


常に危険に身を置いている冒険者。

今はもういない憧れの先輩。

仲間内の名は襲名式。

そして先輩の名は彼が継いでいる。

それの意味するところは、つまり……


「ソウカ。お前ガそう言ウナラきットスゴイ冒険者ダッタンダナ」

「そりゃもう! ホント凄かったんだぜ! こう俺がドジして……!」


嬉々としてその人物について語るオーツロの顔は少し子供っぽくて。

自分に助けられた子供が瞳を輝かせ己を見つめるそれとクラスクには重なって見えた。


「…っと、悪い悪い。なんか俺の事ばっかり語っちまった」

「イイ。面白かっタ」

「そっかーそう言ってもらえると有難いっつーか……あー!」


途中まで頭を下げそう言いかけたオーツロが慌てて顔を上げる。


「忘れてた! クラスク! お前さっきのあれなんだよ!?」

「アレ?」

「あれだよあれ! クルマ! 四輪で走る馬のいない馬車みたいなやつ!」

「!!」


クラスクは目を見開いてオーツロを見た。


「アンタは強い。強いけど勝算のない喧嘩は売らないタイプと見た。魔族の包囲網があると知ってここに来たんだろ? なら当然あれが魔具ってことは考えられねえ。〈解呪〉されたらおしまいだしな」


オーツロの言葉に内心憮然としながら、だが口にせず耳を傾けるクラスク。

彼とて勝ち目のない命がけの戦いをしたことはある。

かつての族長ウッケ・ハヴシに挑んだ戦いがそれだった。


あの時は自分ではどう足掻いても勝てない相手だと思っていたけれど、ミエを護るためにとにかく必死に戦った。

今の彼の漲る自信も、人の上に立つ者としての責任感も、あの時の戦いと勝利で構築されたものと言っていい。


けれどクラスクは口を挟んで彼の話に水を差すような真似はせず、そのまま黙って話を聞き続けた。

オーツロの語る内容に非常に興味をそそられたからだ。


「ってことは当然んあのクルマは非魔法で、それでいてあれだけの速力が出るならなんらかの動力があるってことになる。白い煙を噴いてたってことは蒸気機関? つまり蒸気自動車ってことだよな? すげーなー。スチームパンクでもないとお目にかかれねえと思ってたのにこんなとこで! つーか蒸気を動かす熱はどうやって作ってるんだ。量産されてるのか? 俺達にも売ってくれよ!」


まくし立てるその男は……幾つか明らかに聞き捨てのならぬことを言った。


まず彼はクルマを知っている。

馬車のような生物由来でない動力で動く乗り物について知っている。


次に動力。

彼はについての知識がある。

蒸気で動く自動車についての知識がある。


さらに量産についても触れていた。

それはつまりの特性と強みをよく理解知っていると言う事だ。


この世界の殆どの者が理解できなかったそのを……彼は知っている。。



クラスクはそれまでより強く、警戒を強めた瞳でその男を見下ろした。






この男は、誰だ。







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