第789話 ドルムと冒険者

城壁の修復と簡単に言うけれど、実のところ彼ら職人も命がけである。

なにせ壁が破損したと言う事はその場所は魔族どもの妖術や魔術の射程内にあるということであり、そして魔族たちは今現在もこの城を包囲しながら次々に破壊をもたらす魔術を雨のように浴びせかけているからである。


城にかけられた結界は魔術に対する護りも提供してくれる。

年の内側を調査せんと唱えられた占術や都市を破壊せんとした攻撃魔術などを防ぎ、打ち消してしまうものだ。

無論完全に防ぎきれるわけではなく、魔力が高い術であれば結界を突破してくるものもあるし、さらに高すぎる魔力で放たれた術ならそのまま貫通されてしまうけれど、それでもこれだけの魔族からの波状攻撃を浴びながら城が未だにその形を保っていられるのはこの強大な結界術のお陰である。


無論すべての街でここまでの備えをしているわけではない。

街や城塞、砦、或いは広範囲のエリアをカバーする呪文などを『結界術』と呼ぶが、これは強大な魔術であるため術の位階と詠唱時間が膨大となり、必要な触媒なども高価かつ莫大なものとなる。

結果多くの結界術は≪儀式魔術≫でもない限り実現はほぼ不可能で、ほとんどの街では簡易な結界術のみか、或いは魔術的守りを持たぬことも多い。

魔族の侵攻を防ぎ護るドルムだからこその高度な魔術セキュリティと言えるだろう。


実は後ろ盾もない新興の街であるクラスク市があのレベルの魔術セキュリティを備えているのはとても先進的なことなのだ。

まあだからこそ王都の宮廷魔導師たるネザグエンが傾倒してしまったわけだが。


≪儀式魔術≫についてはいずれまた詳しく述べる機会があるだろうがが、簡単に言えば強力で高度な呪文を複数の術師が集まって共同で詠唱する、というタイプの呪文のことだ。

これにより非常に高度かつ大規模な呪文が詠唱可能になる反面、強力な術師を複数用意しなければならぬというハードルが高く、なかなかに誰でもどの街でも実現できるという類のものではない。


ともあれ強力な結界に護られたこのドルムの城だが、それでも城の周りを取り囲む魔族たちから放たれる攻撃魔術の雨の中にはその結界を突破するものが散発的に発生する。

強力な冒険者などであればともかく、市井の石工などが喰らえば余波だけで死にかねない威力の術ばかりだ。

そんな中で彼らは作業しているのである。


だが実際には彼らの作業している地点に攻撃魔術が着弾し大爆発などを引き起こしたりはしていない。

たまたま魔族どもの攻撃対象から外れているのだろうか?


否。

そのような事は決してあり得ない。


職人たちが作業している以上そこは魔族たちによって破壊させられた場所だ。

今だ形を保っている場所より破損している箇所の方が

ならばその場所が優先的に狙われるのは当然である。

当然今も集中砲火を受けている真っ最中だ。


だがその砲撃は今のところ一度たりとも職人たちには届いていない。


それは単にこの街の結界が優れているからだけではなく、また彼らの運がいいからでもない。

人為的に彼らを護っている者達がいるからだ。


「私の占術によりますと一時間以内はまだ『危険』ですね」

「とすると気は抜けないなあ」

「! 来ます! 右斜め前方!」

「こっちも! 正面!」

「右は俺が止める!」

「なら私が正面のを!」

「頼んだ!」


矢継ぎ早に指示が飛び、次々と声が応じる。


城壁の上には兵士達が巡回し、魔族どもへの警戒を怠っていない。

遠くから魔術を飛ばしてくるだけでなく、隙をついて城攻めしてくる可能性も捨てきれないからだ。


そして兵士達に混じって城壁の上を巡回している者達がいる。



…魔導師達である。



魔導師が哨戒の兵士などと組みながら結界の見張りをしており、城の魔術防護を抜けてきそうな術を素早く特定、早期に発見できたなら対抗魔術で打ち消し、術が放たれたなら攻撃魔術を放って威力を相殺、それもできぬ時は防御魔術で城や人を護る、といった迎撃を行っているのである。

彼らのお陰で職人たちはこのような最前線で城の修繕を行えていると言っても過言ではない。


だが魔導師とは金に煩く危険に弱くすぐに逃げ出すような連中だとこれまで散々語られてきたはずである。

なぜ彼らはそんな危険な任務に就いているのだろうか。


これについては、ドルム独特の事情が関係している。


ドルムにも魔導学院は存在しているが、その規模はだいぶ小さめだ。

魔導学院の前身たる魔導会議所に近い規模のものである。


これは魔族と戦う最前線にあまり規模の大きなものを造ってしまうと希少なものを多く収蔵している魔導学院はそれだけ彼らの略奪や破壊の的にされやすいという懸念があったことと、ドルムの城の建造費と魔術的なセキュリティに莫大な費用がかかり、大規模な魔導学院を建てるだけの予算が捻出できなかったからだ。


意外な事に魔族との最前線で身の危険もあるというのに、この街の魔導学院はかなりの人気であった。

別の学院の卒業生や生徒である魔導師やそのタマゴたちのそれなりの者が、この街の学院への移籍を希望したのである。


これは竜種と並んで魔族という種族が魔導術と親和性がとても高く、彼らの死体などから新たな魔術を開発したり、あるいは要な触媒の材料を収集できたりすることと、何よりドルムで魔導師の雇用コストが非常に高かったからだ。

言ってみれば金が稼げてレア素材が獲得できるチャンスがある場所なのである。

それは多少リスクがあろうと人気にもなろうというものだ。


ただし当然だがドルムに雇われると言う事は命がけの仕事に従事する、という意味でもある。

研究肌の魔導師がのこのこやってきても命を落とすだけだ。


なので自然この街の魔導学院に編入希望する魔導師は戦闘経験のある者ばかりとなった。

といっても従軍魔導師などは各国とも貴重な戦力として手放してはくれぬ。


軍隊に所属する魔導師ではなく、それでいて戦闘経験のある魔導師、となると…

この街に集まってくるのは冒険者経験のある魔導師、それも腕に覚えのある者ばかり、という事になる。


そして冒険者の一員である魔導師がこの街にやって来ると言う事は、その冒険者仲間である戦士や聖職者、それに盗族といったパーティーの面々もそれに同行する、ということになる。

これまたパーティーの貴重な術師枠を手放したくないからだ。


冒険者達はパーティ単位で行動し、軍務経験がなく軍隊での行軍や指示に従わぬことも多いため、多くの街や国では軍と共に行動させることは少ない。

いたずらに混乱を招きかねないからである。


戦争で冒険者を雇う際は普通戦場とまるで関係ない場所での仕事……例えば斥候や暗殺などの任務に就けるのが一般的だ。

パーティ単位での行動であれば彼らの強みを最大限に生かすことができるからである。


だが防衛線が主であるドルムには恒常的にそうした任務があるとは限らず、それに対し魔導師と一緒に集まった冒険者たちはかなりの数にのぼった。


危険なドルムにあえて来ようという魔導師は先述の通り腕に覚えがある者が多い。

これは己の実力に自身があるから魔族相手でも戦える……というだけでは決してなく、以前に述べた通り自分程度の実力があれば戦況が厳しくなった時魔導術ですぐに逃げ出せるから、という後ろ向きな打算もあるのだけれど、ともかく貴重な術師がドルムに次々に集結したわけである。


さらに冒険者たちが集まった場合、普段戦場に来たがらぬ魔導師だけでなく、セットで聖職者がやって来ることも大きかった。

一流の冒険者のパーティであれば回復役は必須であるからだ。


そこでドルムは通常の軍事制度を大幅に変更した。

冒険者を大幅に雇い入れ、彼らには大まかな指示のみ与え、同時に自分達の軍隊の指揮系統や戦場での指揮系統などを伝え、戦場に駆り出すようにしたのだ。

言うなればである。


冒険者は一攫千金を求めた連中であり、防衛戦だろうと仕事があって金がもらえるなら文句がない者も多い。

仲間の魔導師がドルムの魔導学院に所属し、そしてそこでの研究に金を欲しがる状態では、彼らもドルムに雇われ給金をもらっていた方が都合がいいのである。


こうしてドルムには多くの冒険者があつまって…






そして現在、城壁の上で彼らが魔族どもの呪文を次々に打ち消して回り、こうして城壁の修復が進められているというわけだ。






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