第788話 城壁の意味

崩れた石の塊の前に座り込み、鑿を使ってザクザクと形を整える。

一見おおざっぱだが完成した石材はその先の補修現場にぴたりと嵌りそうな見事な出来栄えだった。


そのオークはそうして成形した大きな石材を当たり前のように肩に担ぎ一人で運んでゆく。

普通なら最低でも二人がかりかなんらかの道具が必要なレベルの大きさである。


あまりに軽々と運ぶので、それを見た者はついその石材が軽いしいのかと勘違いしてしまうほどだ。


「はいよ受け取……重いなこれ!」

「石ダからナ。当たり前ダ」

「よくこんなもん簡単に運べるなー。オーク族ならみんなできるのかい?」

「オークなら大体デきル」


そう言いながらそのオーク……クラスクはムキっとポーズを取って力こぶを造り上げた。


「デモ俺特にデきル」

「「「おおー」」」


クラスクの全身に盛り上がった筋肉を目の当たりにして周囲から歓声と拍手が湧き起こる。

気を良くしたクラスクがさらにムキキィとポーズを決めて、拍手喝采がより一層大きくなった。


「いや助かるよ。人手は幾らあっても足りないからさ」

「構わン。城直す大事」


クラスクは現在急ピッチで進められている崩れた城壁の補修作業を手伝っている。

城自体、あるいは街の上空などを守る結界魔術と呼ばれる大規模呪文はその対象を『目標:建物ひとつ』『目標:街ひとつ』として取っており、呪文の限界を越えて大きすぎるものでなければ建物まるごとだったり街そのものを守護することができる。

人類が万物の霊長でない世界に於ける貴重な防衛手段と言えるだろう。


ただ先述の通り目標型の呪文はその術がかけられている対象が目標としての条件を満たせなくなるとたとえ持続時間が残っていてもその効果を失ってしまう。

これが対象不適切による呪文消散ワトナットである。


城や街を護っている結界はその規模から〈解呪ソヒュー・キブコフ〉などで解除することは難しい。

解呪ソヒュー・キブコフ〉自体の目標は『呪文一つ』だが、その最大範囲はだいたい20フース(約6m)四方程度までであり、既に効果を発揮している呪文の場合、効果範囲が広すぎるものは解除対象にできないのだ。

呪文自体がまだ成立していない状態で対抗魔術として打ち消す分には問題ないのだが。


ゆえに魔族と言えどもドルムの結界を魔術一発で簡単に解除する事はできない。

だが建物を妖術や魔術によって破壊し、結果対象不適切にするのであれば現実的な手法で結界の消滅を目論むことができる。

それが現在彼らの取っている作戦である。


だいぶ悠長に聞こえるが、ネッカが推測したようにドルムを包囲しているのが魔族軍の主力ではなく、通信妨害と王都からの騎士団迎撃の為に主要な魔族を割き、魅了した通信士に救助がすぐに来ると匂わせておいてドルムの軍勢を固く門扉を閉ざし籠城させ、少ない兵力で時間稼ぎをしつつ彼らの領土たる瘴気地を広げんと企図しているとするのならだいぶ狡猾で有効な手であるとも言える。


ネッカの助言によりその危険性を知り、そうはさせじと城から打って出んとする城代ファーワムツが急ピッチで兵を整えている間、彼の下でもないクラスクは街の様子を見物しながらこうして城の修理を手伝っている、というわけだ。


修繕は城下町に住んでいる職人たち…破損した城の補修などをする専門集団…が受け持っているのだが、今回はとにかく魔族どもの数が多すぎ、攻撃がやまず城の破損個所が多すぎる。

彼らだけでは手が回らなくてほとほと困り果てていたところにクラスクがやってきた、というわけだ。


当初クラスクが助力を申し出た時、彼らは目の玉が飛び出そうなほど驚愕した。

まあ魔族と命がけの防衛戦をしているといってもここより西の山脈に住み着き近くの村々を襲っているオークだとて彼らにとっては十分脅威ではある。


そのオークが目の前に現れた。

それも並のオークでは考えれらない程の巨躯だ。


この巨大さは彼らにかつての苦いトラウマを呼び起こさせる。

かつてこの近くに出没していた巨大な野良オークの存在である。


そのオークに睨まれただけでまるで金縛りにあったように動けなくなり、どんなに優れた戦士でも術師でも、まるで赤子の手をひねるように殺された。

やがて噂は聞かなくなり、近隣の住民たちどこかで野垂れ死んだのだろうとはほっと胸を撫で下ろしたけれど、ともかくそんな化物オークがこのあたりにいたのである。


まあ実際にはそのオークはクラスクではなく彼の村の前族長ウッケ・ハヴシであり、この地で復讐のための爪を研ぎつつ近隣のオークの集落を襲っては彼らを屈服させ手勢を集めていたのだけれど、流石に石工たちもその関係性までは知らぬ。


わかっているのはとにかく目の前にトラウマを刺激する巨大なオークが現れた、ということだけだ。


こういう時クラスクは達者な共通語ギンニムで話しかけ、ずかずかと相手のテリトリーに踏み込んで仕事を手伝い始める。

その上で作業しながら率直な感想を述べつつ軽口を叩き、周囲の緊張を見る間に説いていってしまう。


人間が緊張や恐怖を感じるのは本能的に命の危険を覚えるときである。

そして命の危険は相手が強力であることでも感じるが、実はである方がより強く感じるのだ。


これは人が知る生き物であると同時にする生き物だからであり、強いとわかっている相手は何が強いからわかるため警戒もその強さに応じたものにすればいいけれど、未知の相手はどれだけ強いか、どれだけ危険かわからないため過剰に警戒してしまうのだ。


なのでクラスクはまず自分が言葉が通じる相手であることを示す。

無言で襲い掛かる相手は恐怖でしかないが、言葉が通じてかつ話しかけてくる相手なら少なくとも交渉が通じるため警戒度は大幅に下がる。

そこに本人の考えや人となりを示しつつ積極的に仕事の手伝いをすることで己に対する理解と共感を深めてゆくわけだ。


そうなってくると今度はオーク族であると言うのが強く働く。

人型生物フェインミューブの中でも特に人間族は好奇心が強く、また新しいものに対する忌避感が薄い。


砕けた口調で親しみやすく協力的でかつ仕事熱心な、それでいてよく知らぬ種族であるオーク族、というクラスクの存在は、だからたちまち彼らの興味の的となり、ほんのわずかな間にすっかり彼らの人気者となっていた。


ひょいひょいと石材を両肩に担ぎ、軽い足取りで崩れた場所まで運んでゆくクラスク。


人間なら数人がかりでやっと運べるような巨大な質量を一人でどんどん運ぶことで、その付近の城壁の補修を大いに援ける事となった。


「ここはめ込ム。俺やル」

「へー、鮮やかなもんだ。オーク族ってのは城壁の修繕もやんのかい?」

「うち以外ハ見タ事ナイナ。デモ俺達の街地底ノ連中に襲われタ。城壁造らナイト滅んデタ。オーク攻撃得意。守り苦手。デモそんな事言ってられナカッタ」

「はっはっは、そりゃそうだ。命かかってるもんなあ!」

「そうそう。命がけ。俺マダ死にタくナイ」

「俺達もだよー!」

「誰だってそうだろ!」






どっと笑いが広がる仕事現場。

クラスクがやってくると、だいたいどの現場でもこんな感じになる。

クラスク市太守たる者の面目躍如である。







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