第783話 ドルムの宮廷魔導師
「本題へ入る前に一つよろしいですかな」
「ム……オ前ハ? 誰ダ?」
クラスクが話を切り出そうとしたところで、城代ファーワムツの横から一人の人物が一歩前に進み出た。
杖をつきローブを被り三角帽子を被った老人…となればこれはもう言うまでもなく…
「魔導師カ。そこニイルからニハこの城の宮廷魔導師ノ長ダナ」
「御賢察」
クラスクの言葉に、その老人は短く返した。
「それがしは魔導師ヴィルゾグザイム。この城の宮廷魔導師長を務めておる者です」
「悪者ノ名前ミタイダナ」
「よく言われます」
クラスクの率直かつ不躾な感想にしれっと答える。
どうしてなかなかの曲者のようだ。
「そなた、先ほどの突入行にて魔族どもの攻撃…妖術や魔導術の呪文を対抗魔術によって打ち消しておりましたな」
「! ホウ。ドウシテそう思っタ」
「魔族には精神感応があります。情報は瞬く間に全員に共有されますしそれゆえタイミングを合わせた一斉攻撃なども得意です。先ほどの魔族達による魔術追撃戦、明らかに回避不能な瞬間が最低でも二度はありました。貴方か貴方の乗っていた…こう、そういえばあれはなんですか?」
「
「
唐突に脱線を始める魔導師ヴィルゾグザイム。
「
「
「……そノ話ハマタ後ダ」
クラスクに諫められようやく我に返る宮廷魔導師。
「ハハ申し訳ありませぬ。知的好奇心を刺激されるとつい」
「気持ちハワカルガナ。新シイ知識イツモワクワクすル」
「ほほうクラスク殿もそうした感覚がおありで……ゴホン」
再び脱線しそうになったその宮廷魔導師はややばつが悪そうに咳払いをすると改めて本題を切り出した。
「あのような対抗魔術、魔具で再現するのは不可能です。魔具には
ヴィルゾグザイムは強い確信を伴った瞳で告げる。
「なにより先ほどの対抗魔術は土煙に紛れつつも魔族どもを欺かんと致命的な術のみに標的を絞って為されておりました。それは自動的に魔術を防御するような魔術効果では決して成し得ぬこと。つまりクラスク殿以外に優れた魔導術の使い手がどこかにいたことになります」
「フム、俺がその対抗魔術を使っタ可能性ハ」
「ありませぬ。クラスク殿が魔導師であるという可能性…それはそれでとても興味深いですが…仮にあったとしても、あの蒸気自動車の運転をしつつあの奇妙な火筒を用いながら呪文詠唱はできんでしょう。両手が塞がっているあの状態では動作要素も触媒要素も満たせませんからな」
「ナルホド。道理ダナ」
クラスクはその老人の言葉に感心し、納得し、腰につけている小袋のボタンを外した。
「ト言うわけダ。モウ大丈夫ダロ」
「プウ! 疲レタデフー」
やけに小さく、そして甲高い声が聞こえた。
「む…これは…」
「コンニチハデフ! オハツニオ目ニカカルデフ!」
宮廷魔導師長ヴィルゾグザイムがその細い目を見開きまじまじと見つめると……
その小袋からぴょこんと顔を出した小さな小さなドワーフが、いた。
「エエット……クラサマ! 下ロシテ下サイデフ!」
「わカッタ」
「ワッ! 高イデフ高イデフ!」
クラスクはその小人をひょいと摘まみ上げ、そのまま膝をついてそっと床に降ろす。
クラスクが指を離した拍子にころりんと床の上を転がったその小人は、甲高い詠唱を唱えると……
次の瞬間、杖を持ったドワーフがそこに立っていた。
「改めましてこんにぢわでふドルム魔導学院学院長ヴィルゾグザイム様。こちらクラスク市魔導学院学院長ネカターエルと申しまふ」
「おお、お噂はかねがね……」
互いに手を取り合い、握手を交わす両学院長。
「ネッカ出テきタからつイデニ頼みタイ。俺達ここの結界の
「……確かに。危急の為すっかり忘れておりました。すに手配しましょう」
こんこん、と己の頭を叩くクラスクに目を丸くしながらヴィルゾグザイムが呟く。
そう、ここは結界内。
例の対魔族用の結界の効果は今も彼らを苛んでいるのだ。
無論突入前に十分な防御魔術による支援を受けているのだろうけれど、それにしてもあまりに平気な顔で会話していたものだから完全に失念していたのである。
そのオークの精神力の高さに内心驚嘆しながら、急ぎ結界の対象外として設定する。
「助かっタ」
「ふう、これでようやく一息つけまふね…」
クラスクの表情はあまり変わらぬが、ネッカは明らかにほっとした風に胸をなでおろす。
魔術を使う彼女といしては相当な負担だったのだろう。
「しかしなるほど……〈
「はいでふ」
〈
対象のサイズを小さくする呪文だ。
これを用いれば、例えば人間族を
ネッカが用いたのはその上位版の術であり、対象を二段階以上小さくすることが可能だ。
それこそポケットサイズにまで小さくなって、小袋の中に隠れる事も出来るようになるのである。
「魔族は賢く、そして打算的でふ。それは魔導師にも通じるものがありまふ。そんな彼らからしたら研究熱心で研究資金がいくらでも入り用ででもお金だけ欲しがって危険は犯したくない魔導師がわざわざ命がけかつ一度城に入れば脱出困難であろうの救出行に同道するとは考えないと思ったんでふ。なのでこうして隠れて逆に連中の鼻をあかしてやろうと」
「ハハ。なるほどなるほど。それはなかなかに面白い!」
ヴィルゾグザイムが手を叩いて快哉を叫んだ。
ネッカの目論見通り、魔族どもは彼女が命がけでクラスクに同道しているとは想定していなかった。
厳密には可能性として考慮した上で、その選択はないと見込んでいた。
それは彼らの知能の高さを否定するものではない。
彼らの知性の性質の問題である。
この性質は魔族との戦いに於いて非常に重要なものとなる。
これについてはいずれまた詳しく述べることになるだろう。
ともあれ魔族どもにとってネッカが同道することは切り捨てた選択肢であって、結果彼らの不意を突きクラスク必敗の構図を覆してのけたわけだ。
「実に勇敢な行為だ……しかしそれほど小さくなって魔導術というのは使えるものなのか」
「御挨拶もせずにお話を伺って申し訳ありませんでした防衛都市ドルム城代ファーワムツ様。クラスク市魔導学院学院長ネカターエルと申しまふ。ドワーフ族としての正式な名乗りはこの火急の状況を鑑み辞退させていただきまふ」
「御配慮痛み入る」
クラスクの横に立ったネッカは壇上ファーワムツに恭しく一礼する。
城代が彼女の言に謝意を示したのはドワーフ族の正式な名乗りはとにかく非常に長く、他種族に不評な事を彼女が考慮してくれたからだ。
「ドルム魔導学院学院長たるヴィルゾグザイム様も援護魔術の行使及びその指揮、感謝しまふ。あれがなかったら城までもたなかったと思いまふから」
「なに、あの程度の魔力の消費で援軍が加わるなら安いものと判断したまでのこと。まさかに何の手土産もなく単身で魔族の中を突撃するはずはないと見込んでのことです」
「打算的ダナ」
「それはもう。魔導師ですから。お気に召しませんかな?」
ヴィルゾグザイムの言葉に、だがクラスクは首を振って牙を剥き出しにして笑った。
「イヤ、気に入っタ。
単に言葉を話すだけではない。
そのオークには高い教養まで備えているのだ。
これが驚かずにいられるだろうか。
「トりあえず本題ダ。さっきも言っタガ食料ハ一通り届けタ。幾つか〈
「御配慮痛み入ります」
「問題ハここからダ。アンタらの王都ギャラグフからの援軍ハ今日出立すル」
「!?」
そしてクラスクが…ドルムに起こっている事情、彼の知り得た話を語り始めた。
「今この城は、魔族ドモの罠に嵌っテルぞ」
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