第784話 対魔族戦

「魔術的な通信を行うと……魔族どもに傍受された上に魅了される!? それも通信先に通信士も共に……!?」

「それでは通信室のケルヴィンは既に……?」


クラスクの告げた内容はかなりの衝撃で、城代ファーワムツと宮廷魔導師ヴィルゾグザイムの顔が蒼白となった。

まあ人類側の即時遠隔通信手段が狼煙などを除き封殺されたに等しいのだ。

それは青ざめるのも道理と言えよう。


「マア王都からノ援軍ガすぐに来ルダノもう出立シタダノ言っテタらそうダロウナ。俺がクラスク市を出タ時点デハ少なくともギャラグフは平穏そのものデ、この街の状態ハ何も伝わっテなかっタゾ」


クラスクの言葉に城代ファーワムツの総身に冷や汗が滲んだ。

情報戦でここまでしてやられるのは致命傷に等しい。

だがだとしてもすぐにでも状況を打破し挽回しなければ。


「急ぎザルヒュームに確認させよ」

「ハ!」

「魅了されているならケルヴィン自身が己に占術妨害を付与しているやもしれぬことは言い添えてくれ」

「ハハッ!」


ファーワムツとヴィルゾグザイムの言葉に兵士の一人が頷き宮廷を飛び出してゆく。


「壁状広範囲に展開させた通信傍受の結界に魅了の付与効果がついている、といったところでしょうか…厄介ですな。なにより術の構造的にこちら側が真似できないのが」

「でふね」


ううむと呻きながらドルムの宮廷魔導師ヴィルゾグザイムが呟き、ネッカが頷く。

互いに高位の魔導師同士であるからこそ事の重大さを肌身で感じでいるのだろう。


「ちなみにクラスク市とギャラグフの通信は行えたのですな? 魔族どものその結界が張られていなかったと言う事ですか」

「イヤ張られテタ」

「では一体どうやって……」


ヴィルゾグザイムの問いに、クラスクは人差し指で真上を指した。


「〈聖戦オーウェターグ〉で神様づてにギャラグフの聖職者に伝えタ。神ヲ介シテノ情報伝達ハ直進ジャナイラシイカラナ」

「な……っ」


クラスクの返事に目を丸くするドルムの城代と宮廷魔導師。


「いやはや、まさか大戦の契機となる〈聖戦オーウェターグ〉の大呪を連絡用途に使うとは……」

「だが確かに魔導術にはない強みですな。発想の転換の勝利と言ったところですか……」

「デ、ギャラグフのヴィフタ……ダッタカ? あの大司教。アイツの信者ガこの街にイナイから、ナら俺達で食料運ぶツイデニ報せルシカナイッテナッタ。ダから来タ」

「おおむねそんなかんじでふ」

「なるほど……確かに〈聖戦オーウェターグ〉を通信手段に用いるなら術を唱える者より下位の同じ宗派の聖職者が必要になりますが……」

「トりあえずこの城にも偉イ神の使イイルンダロ? ギャラグフにはそれでデ連絡取れルンジャナイカ」

「!!」


クラスクの言葉に魔導師ヴィルゾグザイムが目を剥いた。


「確かに……! 王都には多くの宗派の教会があります。向こうからの通信は難しいですがこちらの事情を伝える事は出来そうですね」

「あとはクラスク市からの連絡が王都にも届いてまふから。こちらの通信士を正気に戻せば通信自体は可能なはずでふ。その場合魔族にも内容を知られてしまう恐れがありまふが…」


その他、クラスク市で知り得たこと、推察したことなどを一通り伝える二人。

ドルムとの情報共有はこうして完了した。


「数々の御助言感謝します」

「気にすルナ。お前らが倒れられルト次ノ標的多分ウチダ。俺達は俺達の為にやっタダケダ」

「それでも魔族の包囲網を突破し食料をここまで運んでくださった事については感謝の念に堪えません。戻る目もないというのに……」


……そう。

そうなのだ。


クラスクとネッカは無事食糧の搬送に成功した。

たった二人、生物である馬に引かせるのではなく、クラスク市独自の乗用物である蒸気自動車に、中身が失われるリスクを負った上で『魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ フェムゥ フェポルテック』を幾つも抱え、それに食糧を満載した上で運び切った。


ネッカは参加しないだろうという彼らの読みの裏をかき、彼女を小型化して忍ばせ、対抗魔術で隙を作って。


ちなみに小型化した状態で魔術を使用できるのか、という話だが、これは若干の問題があるもののおおむね使用できる。


巨人ズームスが唱えようが小人フィダスが唱えようが魔術式に変わりはない。

魔術を学ぶ学力と根気、それに魔力さえあれば誰でも等しく同じ効果が得られる。

だからこその魔導術なのだ。


なので彼我の体格差がいかにあろうと同じ手順、同じ呪文詠唱を行えば同じ魔導術の効果が発現する。

まあその効果に彼我の魔力量による威力の差などは発生し得るかもしれないが。

ゆえにポケットサイズに小さくなったネッカが唱えても、その呪文効果や威力が変わるわけではないのである。


だが…だからといって安易に小さくなればいいというわけでもない。


確かに小さくなれば見つかりにくくなるし、サイズ比の問題で遠距離からの弓矢などにはめっぽう強くなるだろう。

だが小さくなれば個人での移動力が激減してしまううえに意思疎通も難しくなる。

そもそもネッカのようにポケットサイズまで小さくなれる呪文を使える者は希少で、低位の魔術ではせいぜい人間族を小人族フィダスサイズまでにしかできないのだ。


なにより触媒が問題だ。

魔術には唱えるための触媒が必要となる。

例えばトカゲのしっぽだったり銀の粉だったり、呪文を唱えるためにそうした触媒を必要とし、唱えるたびに消耗する。


そしてこれらの触媒は術者のサイズが小さくなったからと言って消費が減るわけではない。

同じだけの分量が必要となるのだ。


超小型サイズに縮んでしまえばトカゲのしっぽ一本用意するだけでも大変だ。

普段は指先で摘まむだけの塩もえっちらおっちら運ばねばならぬ。


もちろんこれには対策がないではない。

魔術には呪文詠唱などの詠唱要素、身振り手振りなどの動作要素、呪文ごとの触媒要素などがあるが、全ての呪文に於いて常に全要素が必要とされているわけではない。


例えば動作要素がなく単に呪文を唱えるだけで効果を発揮する魔術もあれば、触媒を必要としない魔術もある。

そうしたそもそも触媒を消耗しない魔術だけを選んで用いるのであれば、超小型になっていても問題ない。


もう一つは≪詠唱修正≫スキルである。

≪詠唱修正≫スキルには≪詠唱修正(音声省略)≫の用に呪文の構成要素の一部を省略できるものがる。

地底軍との戦いなどで敵の黒エルフブレイが用いてきたこともあったはずだ。


これらの中には≪詠唱補正(触媒省略)≫などもあり、そうしったスキルを用いるならぽけっとサイズからでも自由に呪文を唱えることができるはずだ。


…少し話がそれた。


ともかく大事なのはネッカがドルムへ入城してしまったと言う事だ。


前述の通りドルムには魔族が目を光らせている。

周囲は完全に包囲されているし、城に入る時のような不意打ちはもう通用しない。


非魔法で高速移動できる蒸気自動車も破損し失われた。

転移魔法などを用いる方法もまた魔族によって阻まれている。

城から外へ出るのは事実上不可能と言っていいだろうだ。


つまり魔導学院の学院長と、街を治める太守自らが、この城の中に閉じ込められ、脱出できなくなってしまったのである。



理に聡い魔導師がこのような事態になるとわかっていて同道するはずがない、と魔族どもが見越したのも、ある意味当然と言えば当然なのである。







つまり二人は今、死地にいる。












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