第782話 防衛都市ドルム城代ファーワムツ
兵士達が集まってきた。
その山と積まれた食料……彼らがここのところずっと切望、いや渇望していたものが、そこにはあった。
兵士の後ろの方から彼らをかき分けるようにやってきたのは外見からするとこの城の料理人だろうか。
その男はその保存食の山と同時に転がっている生野菜や調味料などを目ざとく見つけては爛々と瞳を輝かせ、興奮のあまり声を荒げている。
彼らの背後で城門の守備兵たちが外から飛んで来る火の玉をを城門を遮蔽に防ぎながら急ぎ門を閉じている。
重々しい音と共に、クラスクを迎え入れてくれたその城門は再び閉じた。
さて視線を一身に集めているクラスクは、緊張する素振りもなく頭をぼりぼりと掻くと、そのまま己の身を掘り起こしよっこらせと食料の山の上に立った。
そして小さく咳ばらいをすると、そのまま自己紹介を始める。
「アー、まずハオーク族ト言ウ長イ間多くノ
おお、と兵士達がどよめいた。
朗々たる声。
漂う威風。
オークとは思えぬ落ち着き払った声。
だがそれよりなにより彼らが驚いたのは、クラスクが流暢な
クラスク市で暮らしていると麻痺しがちになるけれど、そもそもいきなり襲ってこない、即殺し合いに発展しないオーク族というだけでも十分驚きの範疇なのだ。
それが平和的な交渉をしてくる事も、それどころか彼らの言語で語り掛けてくることも、だからその場にいる皆に共通する驚きだったのである。
「…決まっタカ?」
「え?」
唐突に、そのオーク……アルザス王国の国土に勝手にオークの集落を打ち立てクラスク市を名乗っているそのオークが、兵士の一人に目を向け、尋ねた。
「決まったとは、何がだ」
「今の俺の演説。カッコよかっタカ?」
「それは……まあ」
「それナらイイ」
それを聞いて腕を組んでうんうんと頷いたクラスクは、そのまま食糧の山を滑り降りた。
そして手近にいる兵士に語り掛ける。
「城主ハ誰ダ。この城ノ援護に来タ。話し合イガシタイ。情報交換ト行こう」
× × ×
「この危難の時にあって我が城への食料搬送感謝の念に堪えぬ」
城門が閉じられ、魔族どもはふたたび城の破壊による結界の無効化を目論み攻撃を再開したようだ。
クラスクはこれ幸いとばかりにこの城の城主に面会を求め、彼が車ごと追突した城壁の内側、ドルム居館たるドルム城にて、無事この城の城主と面会を果たした。
「我が名はファーワムツ。このドルム城の護りを任されたドルム城代である」
「城代……つまり誰かの代わりカ」
「貴様ァ!」
クラスクの言葉に兵士の一部が色めきだって槍を構えるが、クラスクはまったく意に介さぬ。
そしてそんな彼らの憤りを城主は片手を上げて止めた。
「よい。事実である。我はこの城の本来のあるじたるデッスロの代わりにこの城の護りを任された者なのだから」
「デッスロ……アア王都にイタあの強イ奴カ」
「弟をご存じか」
途中まで言い差してから、城主ファーワムツは少しだけ目を細めた。
「そういえば以前弟からの手紙でお汝の事について触れていたのを思い出した。王都へと乗り込んできたそのオークの市長を名乗る男は端倪すべからざる腕の持ち主だと。弟にそう言わせるのは相当なものだと印象に残っていた」
「太守ダ」
「それは悪かった太守クラスク殿。ここに謝罪しよう」
城代を名乗るそのファーワムツという人物はだいぶ腰の低い男のようだ。
確かにクラスクはこの城、そして北部に広がる城下町の住人に対し枯渇している食料を届けてくれた恩人である。
だがクラスクは同時に王国内部に勝手に街を作り太守を名乗っているある意味無法を働いている相手でもある。
その相手にこうした態度を取ることはひいては相手に舐められる足元を見られることにもなりかねない。
なぜこうも腰が低いのだろう。
「……………………………」
「どうなされた」
「面白イ強さダナ」
クラスクの言葉に、城主ファーワムツは少し意表を突かれたように言葉を止めて、だがしばらくしてその口の端をわずかにほころばせる。
「魔族に対抗すべく各地各国から戦力を集めたこの城は種族も職業も雑多な者達が多く集っております。様々な主義と性質の者達をひとつところに留め置くには礼儀と謙虚が必要であるというのが私の考えなのです」
「ナルホド」
ふむ、とクラスクは顎に手を当て改めてその城代を見上げた。
彼は巨躯であったが、相手は数段高い段差の上、それも大きめの椅子に座っているためクラスクがやや見上げる形となっているのだ。
ただ他の者達に比べるとその首の角度は微々たるものでしかないが。
「色ンナ種族ノ色ンナ奴ガ群れ集まっテル。ウチト同ジダナ」
「それは面白い。これまで私と共通の悩みを持つ方にはついぞ会ったことがありません。正直とても興味深いですね」
「苦労がわからント共感モデきンからナ」
「そうそう。それです」
うんうん、と互いに頷き合う城代ファーワムツと彼の前に立つ自称太守のオーク。
そんな二人のやり取りに兵士達は目を丸くする。
「合点ガいっタ。確かにアノデカイ城にイタ弟の方が強イ……ガ、それデモこの城に残ルノハアンタのガ適任ダ。適材適所ッテ奴カ」
「そうですね。私も攻めるより守りの方が性に合っておりますれば」
クラスクの言葉に頷いた城代ファーワムツは、そこで逆に質問を返す。
「そういえばクラスク殿、貴方が初めてかもしれません」
「オークガ城に入っタ事カ?」
「無論それもですが、弟であるデッスロが家督を継いで兄である私が城代となっている事に疑問を呈されなかった事です。無論思い浮かべるだけで口には出さぬ方も多かったですが、そういう方はだいたい目を見ればわかりますので」
ファーワムツの言葉を聞いたクラスクは、少し不思議そうに首を傾げた。
「強イ奴ガ上に立つノハオーク族トシテハ当然ノ事ダ。喩え自分ノ息子ダロウト孫ダロウト負ければ従ウ。少し先に生まれタくらいナンテ事ナイ」
そう言いながら、クラスクは己の右腕を曲げ、めきめき、と大きな力こぶを造った。
一瞬兵士共が色めき立って槍を構えかけるが、すんでのところで自ら止めた。
そのオークから殺気の欠片も漏れ出ていなかったからだ。
クラスクは己の背後で漂ったそんな気配を目も向けずに肌で感じ、この城の兵卒の練度の高さに感心した。
おそらく各国から多種の雑多な連中が集まっている関係で、中には城代に向かい相当無礼な口を叩く者もいたのだろう。
そんな彼らとも協力しつつ魔族と相対せねばならぬこの城は、だから他種族の振舞や彼らとの軋轢に寛容であることが求められる。
それがしっかりと一兵卒まで浸透しているわけだ。
おそらくこの城代ファーワムツの教育と薫陶の賜物なのだろう。
クラスクは大いに感心するとともに共にこの城に親近感を抱いた。
要はこの城とここの連中は、戦力として役に立ちさえすればオーク族を受け入れる素地がある、ということだ。
それはクラスクにとって非常に重要な事であり、その点を心の奥にしっかと刻んでおいた。
「サテ、ジャアまず報告ダ。当初ノ目的ダッタ食料ハ無事運び込めタハズダ。城壁に備えテあっタ〈
「それは得難い資質ですな」
城代の素直な称賛の言葉に深く頷いたクラスクを、兵士達が驚きで目を丸くしながら見つめている。
わざわざこの城に食糧を届けてくれようという相手である。
当然この城についてリサーチしていて叱るべきだ。
だがだとしても、城門に付与されている魔術罠をピンポイントで知っていたり、魔導術の呪文をすらすら口にできるオークなどというものは、彼らにとって驚愕以外の何物でもなかったのである。
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