第781話 クラスクが運んだもの

赤竜の巣穴からの脱出……

クラスク達はそれに〈転移ルケビガー〉の呪文を選んだ。


けれど先述の通り〈転移ルケビガー〉の呪文は系統としては『召喚』である。

同じく召喚系統である魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ・フェムゥ・フェポルテックとは互いに干渉し、その中身が散逸する恐れがあった。


ただあの時はそのまま帰ると赤竜が魔術的に構築したセキュリティが失われた(かもしれない)のをいいことに火事場泥棒(それとも火山泥棒だろうか?)に財宝が奪われる危険があったし、赤竜の護りが失われた後火山の火口に置かれた財宝や国宝などが熱で痛み破損してしまう恐れもあった。

放っておけば時間経過と共に失われたり傷んでしまう可能性が加速度的に高まることを考えれば、散逸のリスクを冒してでも〈転移ルケビガー〉で持ち出す価値はある……と踏んであえてリスクを踏み抜いていたわけだ。


細かくは語らなかったけれど、アーリは明らかに高価そうなものは袋に入れず手で抱えていたし、まあ最悪袋のひとつや二つが散逸しても金貨自体は彼ら的にはそこまで重要ではないと考えての上での決断である。


とはいえあれは一回こっきりの大博打だったから成立した話だし、強運なクラスクが同道していたからこそチャレンジできたことでもある。

定期的に行われる食料搬送などで、一定確率で食料が消え失せるなどというリスクを犯せるはずがない。


国家事業の場合責任問題に発展してしまうからだ。


だが荷馬車で移送する食料はこの魔具に置き換える事はできないのだろうか。

荷馬車で運ぶ分には召喚術同士のゲートの干渉は起こらない。

魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ・フェムゥ・フェポルテックを何袋も積んだ荷馬車を運用すれば大量の食料が一度に運べるはずではないか。


…これに関しては、裕福な国や魔術が発展している国などであれば実際に行っていたることもある。

一度に運べる商品や食料の量が段違いに変わるからだ。


だが…そうした状態でも決してノーリスクというわけではない。

解呪ソヒュー・キブコフ〉される恐れがあるからだ。


円卓会議に於いて、魔具に〈解呪ソヒュー・キブコフ〉などがかけられた場合魔具の効果が一時的に抑止される、と語られていた。

魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ・フェムゥ・フェポルテックにそれがかけられた時、そして運悪く術が発動してしまった場合、一時的にアクセス先の異空間のアドレスを失ってしまう恐れがあるのだ。


解呪ソヒュー・キブコフ〉の影響が切れ、再び魔具が効果を取り戻し、異空間にまたアイテムを仕舞えるようになっても。以前のアドレスを忘れてしまったため前にしまったアイテムは取り出せない、などといった事例が低確率ながら発生し得るのである。

また場合によってはゲートの効果が打ち消されたことで袋に詰め込んだものが逆流し、一気に外に噴き出てくる、などといったケースも発生し得る。


国内の輸送などであれば襲ってくるのはせいぜい山賊やオーク程度なので問題なかろうが、魔族には術師もいれば妖術として〈解呪ソヒュー・キブコフ〉を念じるだけで使える者もいる。

つまり魔族相手の輸送にはこのアイテムはリスクが高くて持ち込めなかった、というわけだ。



…となればあとはもうおわかりだろう。

そう、クラスクが単独で蒸気自動車に乗り込みドルムへの突撃を敢行したのは、そうした諸々のリスクを背負った上で、あえてこの魔法の袋に食糧をたっぷりと詰め込んできたからである。



クラスクは砂利で車輪と取られながらも、大きく開かれた城門に跳ねるようにして突っ込んだ。

この時、除外対象として登録されていなかったクラスクと彼が操る車両に、正門にかけられていた〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉の魔術罠が作動する。


彼が抱え、或いは車に詰め込んでいた大量の魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ・フェムゥ・フェポルテック…その全てに〈解呪ソヒュー・キブコフ〉の効果が適用された。


クラスクがいかに豪運とはいえそのうちのいくつかが魔力を打ち消され、魔具としての効果を短時間抑止される。


銀の自動車は止まらない。

その蒸気が噴き出す馬なし馬車は止められない。


跳ね飛んだ勢いのまま城内を高速で突っ切って、そのまま内側の城壁……ドルム居館の堅固な壁へと激突しそうになる。

慌ててブレーキを力強く踏みつけたクラスクは……足元でバツンと何かを踏み抜く音を聞いた。



「ア……」



クラスクは己の足元を確認し、その力いっぱい踏み込んだ右足がブレーキペダルをものの見事に踏み抜いた事に気づく。


止まらぬ車。

そして目の前に迫る石の壁。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


クラスクが目をまん丸く見開いて大声で叫んだ。




…ちょうど、そのとき。




ぼこん、と音がした。

ぼここん、と音がした。


それはクラスクの右から左から、そして車両から何かがもこもこと湧き出る音だった。


ぼここん、と音がした。

ぼこここん、と音がした。


クラスクの周囲に、みるみると湧いて出たもの……それは食料だった。

彼が魔導師ベルナデットのなんでも袋ベルナデッツ・フェムゥ・フェポルテックに詰め込んだ大量の食料……その多くはかさばらない保存食だったが、中には新鮮な野菜やら調味料なども含まれていた……が、魔具の効果が抑止されたことにより袋から逆流し、みるみると溢れ出し、周囲の空間を埋め尽くしてゆく。



ずどん! と音がした。

大量の食料に飲み込まれた蒸気自動車が壁に激突した音だ。

だがそこにクラスクの姿はない。



兵士達は呆然とその光景を見守っていた。

彼らが待ち望んだ、待ちに待った食料が、そこにある。


山のように喰いたい。

いくらでも食べたい。

腹が裂けてもいいとまで欲していた食料が、彼らの切望した通り、字の如く山と積まれている。



そして……その山の頂点の方が僅かに揺れて、そこからぬっとオークの顔がにょっきり生えた。

彼の体積に押し出された食料の一部が、ごろごろと小さな雪崩を引き起こし、地面に広がる。


ぬぼっと顔を出しきょろきょろと左右を見回したそのオーク……クラスクの頭上に、空に舞い上がった保存食がひとつ降って来てごんと命中する。


魔族どもと戦う最前線。

命を賭けた緊張感の満ちる防衛都市ドルム。

しかも現状魔族どもに包囲され、食料搬送を封じられ、絶体絶命の籠城戦の真っ最中である。


にもかかわらず……そんな緊迫した戦場のただ中で、そのあまりに場違いかつコミカルな彼の姿に、兵士達は思わず小さく噴き出してしまう。


それはこの城にここしばらくずっと欠けていた、些細な……けれどとても重要なもの。







それは……笑い。

クラスクが城に運び込んだものは、大量の食料と……彼らの笑顔だった






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