第780話 とある不自然
大歓声の中城内に突入する銀の馬車。
引いている馬はいない。
ただオークが一人御者台に座るのみだ。
だがなぜ彼はたった一人でこんな無謀な突撃を敢行したのだろう。
いやこれまでの経緯からどこかにネッカもいるはずなのだが、だとしてもたった二人である。
無論先に述べた通り許可なくドルムの周囲の結界を越える事は難しい。
幾ら頭数を用意したところで結界に突入した瞬間皆昏倒し、魔族どもに餌を与えるだけだ。
だから少数精鋭で突入する、というのは選択肢として決して間違ってはいない。
ないけれど……彼の目的は食糧支援だったはずだ。
いったい餓えている城中の兵と冒険者とドルムの街の住人、さらには避難した村人たちのための食料はどこにあるのだろう。
…さて、これまでの話の流れで、あえて語っていなかった事がある。
無論円卓会議でも議題として出されてはいたが、あえて描写しなかったのだ。
なぜならその話に触れてしまうと、そもそもこれまでの話の前提が覆ってしまいかねない『あるもの』が、ひとつだけ存在するのである。
それが『
これは一見すると紐状の綴じ口のついた大き目な布の袋に過ぎないが、袋の開け口に入るサイズのアイテムならなんでも放り込める優れもので、小さな袋でも100kgほど、大きな袋なら半トンほどの重量を中に収納できる。
それでいてフルに詰め込んだ際の重量はそれぞれ5kgと25kg程度しかなく、内容物に比べると破格に軽い。
ある程度レベルの上がった冒険者などが
赤竜退治の際巣穴にあった大量の金貨をこれで運び出した事を思い出された方もいるかもしれない。
だが……それだけのものを詰め込めるなら、そこに食糧を詰め込んで運べばいいのでは? という疑問が出てきてもおかしくはない。
というか、出てきて当然である。
例えばこの袋に食糧を詰めるだけ詰め込んで、その袋を大量に用意して、それをさらに別の袋に放り込めば、それこそ騎士団が食料を満載した荷馬車を護衛する必要などなくなるだろう。
それどころかこの袋を抱えた魔導師が〈
そういう疑問が出て然るべきである。
だが実際のところそうはなっていない。
食糧は相も変わらずかさばるし、それを荷馬車に満載して騎士団の精鋭が護衛しながら街道をちんたら護送している。
一体なぜなのだろう。
これに関しては、少し魔術の『系統』に関わる知識が必要だ。
『召喚』と呼ばれる系統の呪文がある。
パっと思い浮かぶのは強力な魔物や英雄などを呼び出して戦わせるタイプの呪文で、ゲームなどをやったことのある方ならお馴染みの呪文群であろう。
この召喚と呼ばれる系統は、簡単に言えば『離れた場所と場所とを繋ぐゲートを構築する』術系統である。
呼び出したい魔物がいる場所…それは時に異世界であるかもしれないが…と自身の目の前とを繋ぎ、そのゲートを通じて相手をこちらに連れてくる、それがすなわち召喚魔術というわけだ。
この時呼び出す対象の実体をそのまま連れてくるものを『招請』、実体は向こうに残したまま影法師のようなものを呼び出し操るものを『召喚』と呼び分けたりもするが、これに関しては今回の趣旨ではないので割愛する。
そして
単純に考えると袋の中が外側より異様に広くなってなんでも放り込める…といったように思えるが、実際には袋の内側は異空間と繋がっており、魔力によって囲ったその空間にアイテムを放り込んでいるわけである。
魔具を作成する際に唱えた呪文によってランダムな異空間…コインロッカーのように通番が降られてあると考えるとイメージしやすいだろうか…と繋がり、以後袋を開け閉めするたびにその特定の番号が振られた異空間へとアクセスしているわけだ。
これも離れた場所と場所とをゲートで繋ぐ、という意味に於いて立派な召喚術なのである。
問題は、このゲートが非常に不安定な事だ。
まあ離れた場所と場所とを無理矢理繋いでいるわけだから不安定なのはむしろ当たり前の話で、もしいつでも安定してゲートが開きっぱなしにできるなら離れた場所からモンスターをぞろぞろわらわらと呼び放題となってしまう(とはいえその場合モンスターたちは単にやってくるだけなので言う事を聞かせるためにはまた別の呪文が必要になるだろうが)。
魔術式で安定させておけるのはせいぜい単独かつ単体のゲート、それもほんの一瞬だったりごくごく短い時間に限られる。
ゲームの召喚呪文なども消費が大きくて呼び出せるのが一回だけだったり、せいぜい戦闘中のみ有効だったりといったことが多いのではないだろうか。
このように召喚ゲートはとても不安定であるため、ゲートとゲートを干渉させるのは高いリスクが伴う。
これも赤竜討伐の際に少し述べたが
これはゲート同士が干渉してしまった結果異空間が不安定となり、袋の中身が術で定義した空間から押し流されてしまったり、或いは全く別の異空間への入口が中に発生してしまいこんだアイテムが全て吸い出されたりしてしまうためである。
そして……〈
瞬間移動が召喚と言われると若干違和感があるかもしれない。
だがこれは術の構造を分解してみればよくわかる。
モンスターのいる離れた場所と術者の近くとをゲートで繋ぎ、ゲートの向こうからモンスターを連れてくる召喚魔法。
一方で目的地と術者のいる場所とをゲートで繋ぎ、ゲートの向こう側へと術者が移動する瞬間移動。
『ゲートを用いて』『一瞬で』『遠方に』『何かを移送する』という点に於いて、この両者はまったく同質なのだ。
つまり瞬間移動とは魔術的には『術者自身を目的地へと召喚する召喚呪文』であると言い換えることができるだろう。
となると、
どちらも召喚系統であり、ゲート同士が干渉してしまうからだ。
袋の中身が次元の彼方に散逸してしまう恐れがあるからである。
そう、アーリ自身が黙っていたためあの時あの場にいた誰も気づいていなかったけれど、実はあの時金貨を袋に詰め込んで〈
ただ……あの時はそうしたリスクを負ってでもそうせざるを得ない理由があったのだ。
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