第778話 予測内と計算外

爆走する車。


蒸気エンジンから激しく蒸気を噴き出す蒸気自動車である。

クラスク市でしかお目にかかる事のない…まあ製法と動力を考えれば当たり前と言えば当たり前なのだが…その車両は、初めて見たドルムの兵士達の度肝を抜いた。


馬が引いているでもない荷台が勝手に走っている。

それもとんでもないスピードで。

彼らから見ればそうとしか映らない。


ただかつてミエが暮らしていた世界で初めて自動車を見た者達よりは、彼らの衝撃は少なかったはずだ。

魔法の品であればそうしたものは存在しないわけではないからだ。


だから当然というか、彼らとしてはその車を魔具の一種だと誤認した。

見たこともない自走式の、荷台のような魔具に乗った誰かが、魔族から集中砲火を浴びながら自分達の城に向かっているのだと。


普通に考えればどこかの国が援軍に来たようにも映る。

ただ問題はその搭乗者が明らかに援軍の姿ではなかったことだ。


オーク族である。

遠目に見てもすぐにそれとわかるほど巨躯のオークが、背後から襲い来る妖術魔術を右に左にその乗り物を操りながらギリギリで被弾を避けて城に突っ込んでくる。


魔族は敵だ。

だがオークも敵だ。

この近辺だと西の山脈に住んでいて、時折近くの村を襲撃に来る魔族ではないが厄介な連中だ。


しかも彼らには苦い苦い思い出がある。

1年以上前、この近くに出没した巨人族かと見紛うほどの巨大なオークによって巡回の兵団が幾つか壊滅の憂き目にあっていたのだ。

ゆえに彼らは巨躯のオーク族に強い抵抗感と拒否感をまず抱いてしまうのである。



……一見するとわけのわからない状況である。



本来どちらも敵であるはずのオーク族と魔族。

そのオーク族が、魔具どころか馬にすらろくに乗れぬはずのオーク族が、銀に煌めく馬の引かぬ馬車を操り、魔族どもの集中砲火を受けながらなおも必死に、全力で自分達の城へと向かっている。


一体何なのだろう。

歓迎すべきなのか。

それとも警戒すべきなのか。


敵なのか。

それとも味方なのか。


魔族に襲われているのなら味方ではないだろうか。

だが邪悪同士とはいえ魔族とオークでは主義も大義も性格もまるで異なる。

悪であるというだけで彼らは共存も共栄もしない。


そもそもオークだとて人型生物フェインミューブなのだから瘴気をまき散らす魔族は敵のはずだ。

だから彼ら同士が敵対していると言う事はなんらおかしくはない。


ゆえにこそ……兵士達にはそおオークが敵なのか味方なのかの判別がつかぬ。

善良だから魔族に追われているのか、それとも単に利害の一致せぬ邪悪同士で仲違いをしているのかわからないからだ。


だが……それでも。


「…がんばれ」


ぼそり、と城壁の上の兵士が一人、呟いた。


「がんばれ…」

「頑張れ」

「頑張れそこのオーク!」


一人、また一人。


「ああなにやってんだ危なっかしい!」

「そうじゃない! もっと右! 右!」

「左曲がれ! 違うそっちじゃあない!」

「ああクソっ! 援護許可はまだか援護許可は!!」


やがて全員で口々に喚きたてながら。


「早く……」

「早く」

「早く!!」

「「「早くこっちに来ーい!!」」」


不思議な事に、いつのまにやら全員でそのオークを応援してしまっていた。


そこにはオーク族がよく見せる陰惨で不機嫌そうな表情とはかけ離れた、驚きと焦りと安堵と猛りとが目まぐるしく入れ変わる百面相のような顔があった。

そんな彼の、そのオークの懸命さと必死さと、そしてなによりまっすぐな……遠くからでもわかるほどにまっすぐな目つきが、彼らの心を揺り動かしたのだ。


そうした、見ず知らずの相手すら己に声援を向けるようにしてしまう仕向けてしまう彼の在り方、人となり、そして破天荒のことを……スキル上こう定義されている。



≪カリスマ≫と。



そしてその声援は……、剣士オーツロの味方宣言により爆発した、




×        ×        ×



三方から同時に炎の球が飛び、交差する一転で次々に炎の爆発が起きた。


城から轟く叫び。

応援。

絶叫。

悲鳴。


だがその土煙の中から陽光に煌めく銀の車体が飛び出てきた時、その叫びはどっと歓声に変わった。


「………………………………ッ!」


魔族どもの目の色が変わる。

今の光景を目撃した魔族の幾体かがそれに気づき、そして精神感応によってほんの短い間に近くの魔族どもに共有された。


おかしい。

そのオークは、おかしい。


いや彼らはそのオーク族の正体をとっくに看破している。

というか、最初から

クラスク市太守クラスクが自ら乗り込んでくる可能性を。

なにせ彼らクラスク市の面々は魔族どもの予想上限ギリギリの速さで自分達の罠を看破し、最速でギャラグフとの通信を成功させてしまっている。


さらに彼らがドルムと連携を取ることができなかった場合(というか、そうであるはずだ)、城の結界を突破できる者が確保できず、結果結界に耐えうるだけの高い精神力を有しかつ最も高い戦闘力を誇る太守自らが少数精鋭で乗り込んでくるという可能性は選択肢として十分理に適っているからだ。


彼らはその予測結果を既に全員で共有している。

魔族の精神感応自体は射程距離があり、100フース(約30m)以上離れてしまうと届かない。

だが今彼らははドルムを包囲しており、近くには他の魔族どもが大量にいる。

そのため近隣の魔族に飛ばした精神感応は即座に他の魔族へと飛ばされて、結果としてほぼ同時に魔族全体への共有が完成する、という理屈だ。



そして……そんな彼らだからこそクラスクのおかしさをすぐに察する。



その銀の馬車……自動車は殆どの彼らには初見だったが、既にだいたいの挙動は見切った。

ある程度以上の速度は出せないことも、最高速で走っている今どれほどまで急角度で曲がれるかも把握できた。


ならばどんなに速度を上げようが、落とそうが。

そして右に曲がろうが左に曲がろうが。

絶対にかわせない波状攻撃をしかければよい。


結界の中に突入し、現在クラスクとその自動車の周囲には誰もいない。

結界の外からドルムを包囲している魔族どもからすればほぼ包囲網の半周分でクラスクを視認できることとなる。

そして一瞬にして情報共有できる彼らからすれば、同期を合わせて一斉攻撃することもまた余裕なのだ。


息の合ったコンビネーションなどというものは通常強大な個の敵に対し味方達が協力して行うものだけれど、魔族どもは強力な個が集団でそれを為すことができるのだ。


まあ味方陣営と違って魔族どもの場合個々の仲は非常に悪い。

それこそ隙あらば隣にいる魔族を突き殺しかねないほどに悪いのだけれど、まあその話は今回直接関係ないのでいったん置いておく。


ともあれ彼らが放った波状攻撃はクラスクとシャミル特製の蒸気自動車では絶対にかわせないものだったわけだ。

にもかかわらず、派手な爆発の中からその車両は宙に吹き飛ばされるような形で……けれど自走能力は残したまま……現れた。


それは、おかしい。


その車両の強度は予測がついている。

今の一撃をまともに喰らって無事である可能性は非常に低い。

先刻の攻撃が完全に効果を発揮していたなら、よしんば化物のような耐久力をこれまで記録してきたその太守が無事だったとしても、彼の搭乗しているその車両は完全に大破していたはずなのだ。


……予測される候補は幾つかある。

もっともあり得そうなのは、幾つかの火球がだ。


先程の波状攻撃の演算結果は全てが爆発することを前提に導かれたものである。

その内のいくつかが不発したのなら、爆発の中である地点だけは安全地帯……というか、になり得る。


大量の派手な爆発と土煙に紛れ視認自体は出来なかったけれど、そうして幾つかの火球を不発させることができたのなら、その車両が無事であることの説明はつく。


つまりクラスクは……派手な爆発と土煙と、さらには蒸気機関が放つ白煙に紛れて、魔族どもにわからぬ形でその猛攻の一部を無効化していたことになる。


そんな魔術が、いやがひとつある。

相手の魔術に応じ、相手の魔術を無効化する。






そう、かの赤竜戦でも使われた……

『対抗魔術』である。






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