第777話 もうひとつの懸念

「クラスク殿。わかっているのか。貴方はこの街の太守だぞ」

「そうダガそのドルムっテノ守ルノモこの街ノ為ダ」

「それはそうだが…」


ドルムが落ちれば次に狙われるのはクラスク市だという。

逆に言えばドルムが彼らを引き付けている間はクラスク市への総攻撃が行われることはないはずだ。

だからクラスク市防衛のためにドルムを全力で支援する……というのは確かに理屈ではある。


「でもその結界で倒れちゃうなら兵士の皆さんは同道できないんですよね。じゃあ荷馬車を旦那様とネッカさんが守りながら魔族さんたちの包囲網を突破するってことですか? あれ? いえ違いますねこれ。旦那様が御者をするしかない……?」


荷馬車に食糧を満載し、それを魔導師ネッカが護衛しつつドルムへ突入する。

だがその御者もまた結界に耐えられる者でなくば意味がない。

となるとそれをクラスクが務めるのが自然な流れになる…とミエは考えたのだが。


「それは駄目だな」

「ふえ? なんでですキャスさん?」

「ああー!!」


指摘されてから今更それに気づき、ミエは愕然とした。

言われてみれば当然のことであるのにすぐに気づけなかったのは、相手の足を引っ張ったり邪魔をしたり、といった発想自体が根本的に苦手だからだろう。


「え? ちょっとまってください、え?」


ミエはこれまでの情報から状況を整理する。


「ええっと防御魔術でバフかけても兵隊さんは結界内に入れない。馬もダメだから馬車は使えない。現地に出向けてドルムに突入できるのは旦那様とネッカさんだけ……あれ?」


腕を組み、くびをぐぐいと傾けて、ミエが呟いた。


「どうするんですかこれ」

「詰んでるんじゃないかニャ?」


求められているのは食料支援。

餓えた兵士と避難した村人たちを救うには相当な量の食料が必要だ。


だがドルム自身が魔族を防ぐべく張り巡らせた結界によってこちらのほどんどの戦闘員が城に辿り着けない。

それでは荷馬車が積み荷を安全に運搬できぬ。

いやそもそも馬車自体が結界のせいで機能しない。


「イッソノコト兄貴ガ荷車ヲ引イテ……」

「俺モ考えタガ少シ速度ガ足りンナ」

「考えはしたんですね…」


リーパグの意見にクラスクが肩をすくめ、ミエが脱力しつつも感心する。

この期に及んでクラスクは全く諦めていないのだ。


「飛行呪文で運搬するのは重量的に難しいですか?」

「不可能ではないと思いまふが……」


エモニモの問いにネッカがしばし思案する。


「ネッカの〈落垂翔カッディード〉は指定した方向を重力上の『下』にする呪文でふ。ネッカが自力で持てるだけ、という制限こそありまふがそれさえ満たせば重量による速度低下は起こらないでふね」

「選択肢としてはあり、ということでしょうか」

「う~~ん……ただ飛行呪文で城に突入、というのは敵がやってもおかしくない戦術なので、城に無許可でのそうした行為に対するセキュリティが敷かれてないとは考えにくいでふ。特に防衛拠点の砦には」

「たしかに」

「ふむ」


ネッカとミエの会話を聞きながらキャスが顎に指を当て少し考える。


「そのあたり姫様は何か伺っておりますか?」

「そうですね…確か侵入者の魔術を解除する罠があるとか聞いたような…」

「〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉でふね。十分あり得ると思いまふ」


ネッカはそう呟きながら黒板の前に立ち、何やら面倒な計算を始める。


「ええと……ネッカの高速落下中に術が解除された場合、飛行している勢いだけは残りまふから自身を衝撃から護る緩衝効果だけがなくなって…こうでふから…」


そしてぽむと手を叩きながら、導き出された結論に満足げに頷いた。


「水平に高速落下してる途中で魔術が解除されて壁に叩きつけられて衝撃でミンチになりまふね!」

「ダメじゃないですかー!」


話が元に戻って再び行き詰まる一同。

ミエは深くため息をつきながらゴンと円卓に頭をぶつけた。


「う~~~~~ん……難しいですねえ」

「そうでふね」


ネッカとしては何気ない返事。

だがミエはその返事で脳の中に何かが刺激された。


「ふね……のりもの……」

「ミエ様?」

「あ、そだ! 魔具の乗り物ってないんですか?! こう例えば空飛ぶ魔法のカーペットみたいな!」

空飛ぶ絨毯フルワムツ・ゲルヴォスでふか?」

「「あるんですか!?」」


ミエと同時に反応したのはエィレだった。

物語や絵本が大好きだった彼女もまた、そうした魔法の乗り物などに憧れていたからだ。


「あるにはありまふね。他にも荷物運搬には向かないでふが魔法の箒とか」

「わー! 魔女っぽい!」

「いいですね!」


瞳を輝かせたミエとエィレの二人がきゃいきゃいとはしゃぐ。


「で、そういう魔具ってずっと起動しっぱなしの奴ですよね? お高くなるってさっき聞きましたけど」」

「そうでふね。一日四鐘楼程度とか時間制限系のものもありまうけど、基本的には常時稼働型と考えていいと思いまふ」

「常時発動してるって事はこう……さっき〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉とか言ってた奴も突破できるのでは……?」

「それは難しいでふね」


ミエのアイデアを、けれどネッカは静かに否定した。


「なんでです? もしかして魔具って〈解呪〉されたら効果失っちゃうんですか?」

「ミエさまはどう思われまふか?」

「ええっと……普通の呪文って言うのは術者の魔力とかで魔術式をなんとか維持してる状態だから持続時間があってー、それが切れると効果をなくしちゃう。そこに〈解呪ソヒュー・キブコフ〉とかで式を乱してあげると、通常よりもっと早く式が壊れて結果的に術が解除されちゃう……んですよね?」

「そうでふね。通常の呪文ならその理屈で合ってまふ」

「でも魔具はこう……なんでしょう。呪文をアイテムとかに込めるわけじゃないですか。それで式もずっとそこにあるままだから……〈解呪ソヒュー・キブコフ〉とかされても魔具が壊れるわけじゃない……と思うんですけど」

「そうでふ。正解でふ。魔具は〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で破壊できないでふ」

「おおー」


ネッカに太鼓判を押されほっとしたミエは、けれどすぐに先ほどのネッカの言葉と矛盾に気づく。


「あれ? でもさっき空飛ぶカーペットとかじゃ〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉みたいなのは突破できないって……」

「それも合ってまふ」

「ふえ?」


理解が追いつかず、ミエが首をひねる。


「ミエ様の仰る通り魔具は通常の魔術よりも魔術式がしっかりと固定されてまふ。時間と手間をかけてしっかり対象に魔術式を固着させるからでふね。なので〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で式を乱してもまた元に戻りまふ。なので〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で魔具そのものを解除する事はできないでふ」

「はい」


逸れに関しては想像した通りである。

ミエは納得して国利と肯いた。


「でふが〈解呪ソヒュー・キブコフ〉を使えば式を乱す事自体は可能でふ。そしてんでふ。時間的には数十秒から数分程度でふが」

「あ……ってことはその間その魔具の効果は……」

「はいでふ。発動も発現もしないでふ。つまり魔法の絨毯で〈解呪壁カッム・フヴォッキブコフ〉に突っ込んだ場合……」

「ええっと〈解呪ソヒュー・キブコフ〉の効果で魔具が効果を失って、そのまま乗ってる人は地面に投げ出されるか壁に叩きつけられて……」

「その後で魔法の絨毯が再び浮き上がりまふ」

「だめですね!」


がくんと肩を落としたミエが、ため息をつきながらぼやく。


「あー、こう魔術で移動しようとするから色々と対策されちゃうんですよ。こう魔術じゃなくても稼働する、人を乗せて運べるような、こう車みたいな乗り物が……」



そこまで言い差して、ミエの動きが止まった。

そしてぎちぎちを首を回しながら、ある方向に向ける。


他の会議の参加者たちも……それに釣られるようにしてある人物の方に視線を集中させた。


「なんじゃ」

「……ありましたね、そういえば。そんな乗り物」


なぜここに至るまで思いつかなかったのだろう。

あるではないか。


非魔法なので解除されず、人や荷物を載せて走ることが可能で、それでいて無生物なので精神攻撃など効きようがない、そんな乗り物が。







シャミルの造った、蓄熱池式蒸気自動車である。







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