第776話 体験!精神破損
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
あれから少々時間が経過し、無事イエタの〈
扉の外で番をしている兵士達はたまったものではないだろう。
扉の向こうから次々に男や女の絶叫が響いてくるのだから。
「死ヌ! 死ヌ! 死ヌノ嫌アアアアアアアアアアアアアア!! 死ヌノ怖イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
「しっかりしてください。もし、もし!」
「頑張ってくださいリーパグさん! リーパグさん!」
パタリ。
「リーパグさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」
部屋の中では今まさに阿鼻叫喚。
地獄絵図に等しい光景が彼ら自身の手によって繰り広げられていた。
「大丈夫ですか! すぐに治療します!」
イエタが慌てて駆け寄って気絶したリーパグに手をかざし意識を取り戻させる。
「ハッ!」
「目を覚まされましたか。もう心配ありません」
「ヒィィィィィィ」
がば、と床から身を起こしたリーパグは、目の前でこちらを覗き込んでいるイエタにひしとしがみつく。
「コワ、コワカッタアアアアアアアアアアアアアア!!」
「はい。もう大丈夫ですからね」
「ウウ……フニフニシテル」
「まあ」
「コノ感触ハナカナカ……アイタタタタタタタタタタタタ!!」
「随分と余裕があるようじゃのう、リーパグや」
「耳痛イ耳痛イ耳引ッ張ルノヤメテエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!?」
抱き着いたイエタの胸に顔をうずめ暫し悦に浸っていたリーパグは、額に青筋を立てたシャミルに耳を引っ張られ無理矢理己の席へと戻された。
「リーパグさんでもダメですか…とするとあと残ってるのは……」
「わしはやらんぞ。前線に出るつもりなぞないからの」
「ヒデー! オマエモ喰ラットケヨ!! アノマジナイ! マジデキッツイカラ!」
「やらん」
「ズリーズリー!!」
「ずるくないわ! 学者を対魔族の最前線に引き連れてどうとするつもりじゃ!!」
そう、現在彼らはドルムに張り巡らされているという対魔族用の結界に耐えられる者を選出すべく、同質の効果を持った呪文〈
ちなみに最初の被害者であるワッフの様子を見て、クラスクはミエを即座に対象から外した。
すっかり歴戦となったワッフが激しく取り乱し泣き喚いた後昏倒してしまったからだ。
先刻まで怯え震えていたワッフは、サフィナにあやされて今ではだいぶ落ち着いたようだ。
「ふむ、結局耐えられたのは術師系のみか……」
「アーリはギブアップニャ。あれは無理ニャ」
「キャスさんも耐えられましたよね」
「ギリギリだったがな。ただ気絶こそしなかったもののかなり朦朧とはした。魔族の前でそんな隙を晒すのははかなり危険だ。私は除外した方がいいだろう」
「とすると大丈夫そうだったのはネッカさんとイエタさんと……」
指さし確認するミエの前で、万歳するエルフが一人。
「おー」
「サフィナちゃん!」
「サフィナすごい?」
「すごいです! ほんとすごい! えらいっ!」
「おー…サフィナえらい……」
ミエに褒められ、万歳したまま幾度も伸びをするサフィナ。
正直かわいい。
「サフィナちゃん平気だったんですか? なんかラオさんたちの様子を見るとだいぶひどい呪文みたいだったですけど…」
「おー…ちょっとやな気分になった」
「ちょっとで済むんですか」
感心するミエ。
そして少し思案顔のキャス。
「ううむ……だが流石にサフィナを前線に出すのは危険な気がするな……
キャスが己の事を話題にしていると気づいたサフィナは、てとてと、と彼女の前まで進み出て、ふるふる、と首を振った。
「サフィナいかない」
「うむ、元よりそのつもりなのだが……何か見えたのか?」
ふるふる、と首を振ってそれを否定しつつも、サフィナは近くにいたイエタの袖を引っ張り己の横まで連れてくる。
「あのー……サフィナさん?」
「サフィナとイエタいかない」
「あら?」
「ふむ……見えたわけではないが何かの予感がする、そんなところか?」
「そう」
「なるほど……サフィナの意見なら尊重しよう」
「おー……」
「あらあら」
よくわからぬまま話題の渦中に巻き込まれたイエタは、けれど隣でサフィナが万歳するのを見てとりあえず同じように手を挙げてみた。
「ふむ、しかしそうすると対象がネッカしかいなくなってしまうが……」
キャスに目を剥けられたネッカは、眉根を寄せながらも頷いた。
「そうでふね。魔導術は魔術結界持ちの魔族には相性が悪いでふが、ネッカはドワーフ族でふので耐久力はある方だと思いまふ。それがこの街の、ひいてはクラ様の為になる事であれば、ネッカいつでも命を賭す覚悟はありまふ」
「しかしそうするとこの街の魔導防衛能力に懸念が出るな。副学院長殿は今使えないのだろう?」
「そうでふね。ネッカのかわりにかかりきりになってまふ。無理矢理止める事はできまふが、そうすると今までの時間が無駄になってしまいまふし」
なにやら含みのある言い回しをする二人。
「そうだな。できればあれは確認しておきたい。副学院長殿にはこれまで通り頑張ってもらうとしよう。だがそこで学院長であるネッカまでいなくなられるのはかなり痛手だな」
「学院には他にも魔導師がいっぱいいまふ」
「だがいかんせん小粒だ。先ほどのお前の弁ではないが実力の低い術師は魔族にとってカモだからな」
「でふね…」
「少し宜しいでしょうか」
二人の相談に挙手をして割って入ったのはエモニモである。
「なんだ、エモニモ」
「仮にネ……学院長殿を派遣するとしても、随伴を誰にするのかが問題です。現状オーク兵は同道不可能ですから」
エモニモの視線の先にはラオクィク、ワッフ、リーパグの三人がいて、三人はそれぞれ少しばつが悪そうに視線を逸らした。
オークとしては珍しい様子である。
「……ラオはオーク族の中ではだいぶ精神的にしっかりしている方だと思ったのですが」
「リーパグもそっち方面だけはマシに思えたんじゃがの」
「おー……わっふーだいじょうぶ?」
三人が三人とも妻の言葉に項垂れた。
先程の呪文、イエタから防御魔術をかけてもらいさらにはミエの≪応援≫を受けた上で、この三人は皆悲鳴を上げてそのまま気を失ってしまったのだ。
「ふむ。リーパグが耐えられんようではオーク兵は軒並み駄目じゃろな」
「そうですね。ラオが無理なら他でも無理でしょう」
「俺平気」
シャミルとエモニモの話し合いに、横からクラスクが挙手をして割って入る。
「衛兵はどうニャ? エモニモ」
「難しいでしょうね…魔術への対処法は学ばせていますが、彼らも非術師ですから」
「この街には騎士団とかもいませんものねえ」
「俺大丈夫ダッタ。俺平気」
ハイハイハイ! と幾度も手を挙げながらクラスクが自己主張する。
そう、オーク達の中で唯一、クラスクだけはネッカから〈
「そうすると一体誰を……」
「俺俺俺! 俺平気ダッタ! 俺大丈夫ー!」
必死に自己主張するクラスクに……ようやく全員の自然が集まった。
「そりゃそうじゃろ」
「知ってたニャ」
「旦那様ですもの」
「まあクラスク殿ならな」
「はい、クラスク様ですから」
さもありなんと当然の如く片づけられたクラスクは……
いつもの如く目を剥いて叫んだ。
「酷クナイ?!」
「「「ひどくない」」」
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