第775話 連絡不行き届き

「割と大問題に聞こえるニャ」


アーリの言葉にキャスがため息をつきながら同意する。


「ああ。だが逆に言うと連中は本格的に攻城を行うのはもっと瘴気汚染が広がった後だ。その意味ではまだ若干の猶予があるとも言える」

「食料を搬入するチャンスって事かニャ」

「そうだ。そしてそれは先ほど言った通り我々クラスク市でないと成し得ない事だ」


魔族たちにより通信が封鎖され、下手に連絡すれば通信士が魅了されてしまう事態。

この時点ではまだアルザス王国王都にすら連絡がついていない。

すぐに行動できるのはクラスク市しかないのである。


「ええっとふと思ったんですけど、その結界は特定の人を選択し効果を受けないように調整できるんですよね?」

「ああ」

「なら王都から連絡してもらって私達を登録してもらえば…」

「無理だ」

「ふぇ?」


ミエの提案をキャスが一蹴する。


「姫様」

「あ、はい。なぁに、キャス」

「姫様はクラスク市に赴任する前に一通りの国情について説明を受けておいでですね」

「はい。一応は」

「ドルムの結界について伺ったことは?」

「…いえ。そうした対魔族の魔術的な防衛システムがあるとは聞いてはいましたが、具体的には……」

「何か大きな変更があれば姫様に一言あるはずだ。なので今は以前と変わっていない前提で話そう。我らを対象から除外できん理由は大きく二つ。まずドルムの結界の除外条件は当人を現地に連れてゆかんとできん。少なくとも結界の近くまで連れてゆく必要があるし、若干の時間もかかる。すぐには無理だ」

「でも時間をかければ…」

「今その結界の外側には魔族が詰めているのにか?」

「あ……」


キャスに言われてミエが思い浮かべたのは、オーク兵達が正座しながら除外登録が終わるのを待っていて、その周囲をいかつい魔族たちに十重に二十重に取り囲まれている光景であった。


「それは流石に自殺行為が過ぎますね……」

「第二に王都からドルムへの連絡がつかん。ゆえに我らが味方かどうかの判別がドルムの兵士にはつかんだろう」

「ええ……?」


ミエは今聞き捨てならぬことを耳にした気がした。


「ちょっと待ってください。今はそうかもしれませんがイエタさんの作戦が上手く行ったらアルザス王国王都とここで連絡が取り合えるようになるわけですよね!」

「ああ、そうなるな」

「ならそちらから同じ方法でドルムに連絡してもらって、通信士の方を瘴気に戻してもらえばいいんじゃ……?」

「同じ方法は取れん」

「ふぇ?」


キャスの言葉に、ミエは二、三度目をしばたたかせた。


「なんで!?」

「ドルムは対魔族絶対防衛線。詰めている聖職者は皆高位の者ばかりだ。王都の教会の聖職者たちでは

「あ……!」


そうだ。

ミエも言われて思い出した。

イエタが用いようとしている〈聖戦オーウェターグ)〉は己より下の信者に神の力を借りて号令を下す呪文なのだ。

己より格上の相手には使用できないのである。


「キャス」

「はい姫様」

「その理屈ならヴィフタになら可能なはずよね」

「ああ、あの羽の奴カ」


エィレの言葉にクラスクも鷹揚に頷き同意した。

城で面通しした時、確かに相当な実力がありそうに見えたからだ。


「無論大司教猊下であればドルムに詰めている聖職者たちよりは格上だろう。だがそれでも連絡はできん」

「ええ…? なんでです?」

の問題だ。大司教猊下は天翼教。つまり天翼族ユームズが主として信仰する宗派だ。だがドルムの主教は聖スロドフサグ、守護の神だな。またドルムには多くの冒険者を詰めているが、その中に『天翼教を信仰している天翼族』は殆どいないはずだ。彼らは冒険や戦いを好まないので冒険者になることが少ないからな。いたとしても複音教会ダーク・グファルグフの信徒だろう」

「あ……そっか、信仰が違うから……!」


ミエの気づきにキャスが頷く。


「そうだ。無論本来であれば問題ないはずだった。宗派は違えど魔族を捨て置けぬという点に関してはどの聖職者も共通なはずだし、だからいかに宗派の異なろうと王国最高位かつアルザス王国の全宗派を統括される大司教猊下の御言葉であればドルムの聖職者たちも耳を傾けたことだろう。だが彼らは天翼教の信者ではない。信者に声を届かせる〈聖戦オーウェターグ)〉の声は届かないのだ」

「ということは…」

「そう言う事だ。我々だけで、今回の食料運搬任務をこなすしかないと言う事だ」


キャスの出した結論に皆が押し黙る。

思った以上に深刻な事態であることが理解できたからだ。


「王都に連絡が取れたらそこからドルムに連絡がつくものだと勝手に思い込んでました」

「思った以上に厄介だニャー連絡網が潰されるのは」

「わしらがやろうとしとること自体がかなりの裏技みたいなものじゃからな…」

「ナイモノねダりシテモ仕方ナイ」


皆が難しい顔をする中、クラスクが話を本題に引き戻す。


「俺達にデきル事をすル」

「……そうだな。クラスク殿の言う通りだ」


小さくため息をつきながら、キャスは気合を入れ直す。


「食料の輸送トなルトまず大量の食料が必要ダナ」

「それ自体はウチの商会が集めた商売用の備蓄を放出すればなんとかなるニャ。問題はどうやって運ぶかニャ」

「普通に考えると荷馬車に積んで運搬ですよね」

「魔族対策に騎兵を同道させることになるじゃろうな。普通であればじゃが」


テンプレートとしてとりあえず通常の食糧輸送について考える。


「でもそれだとドルムの結界に引っかかって…」

「うむ。兵隊がも御者も全員昏倒してしまうだろうな」

「魔術で精神抵抗を上げるのはどうでしょう」


ミエとキャスの話に挙手をしたエモニモが割って入る。


「そうでふね…抵抗力を上げること自体はできまふが…」

「ふえ? なんでみんなして私の方見るんです?」


ネッカだけでなく周囲の視線を一身に集めミエがきょとんとした表情を浮かべる。

なにせ彼女の≪応援≫のお陰で赤竜の恐怖の咆哮に耐えられたのだ。

今回も意識するのは当然と言えるだろう。

意味が分からずきょとんとまばたきしているのは新参のエィレのみである。


「抵抗を上げて完全に無視できるならいいのだがな…抵抗に成功してもせいぜい受ける衝撃が半減される程度で無効にはできんのだ」

「物理的なダメージと違って〈岩肌ヴォックツェック〉みたいにダメージを軽減する手段もないでふしね」

「ないんですか」

「……そうでふね」

「ネッカさんなんか含みがありません?」

「ええっとでふね、厳密には一部の上位職は持ってたりするんでふ、抵抗さえできればそうした半減ダメージを完全に無視でいるような特殊能力とか。ただうちの街にはそういう人はいないでふから…」

「旦那様の言う通りないものなだりしても仕方ありませんしねえ」


うう~んと一同で考え込む。


「……抵抗に成功シタトシテダ。半分の攻撃デ意識を失わなけれバイインダロ?」

「それはそうだが…」

「その呪文ネッカ使えルのカ」

「今は修得してないでふが……その結界の原形となった〈精神破損クォゥブキフ・フヴォグキャクス〉という心術ならうちの学院の巻物として保管されてまふ。学院に急行してネッカの魔導書に書き写して……魔具の助けを借りて強引に記憶すれば2時間後くらいには使用できると思いまふ」

「原形カ。ドコが違ウ」

「対象が『建造物1つ』ではなく『生物1体』ってとこでふね」

「威力ハ同じカ」

「はいでふ」


ガタ、と椅子から立ち上がったクラスクは、即座にネッカに指示を下す。


「ネッカ、急ぎその呪文を準備シロ。イエタの通信が成功シテ予定通りミエがクラスク新聞社ギャラグフ支部ト連絡取れタラ全員ここに再集合ダ」

「了解でふ!」

「ええっと…旦那様? 確かに再集合自体は必要だと思いますが一体何を……?」


ミエに問われたクラスクは、目を細め、さも当然のようにこう告げた。






「この場にイル全員にその呪文を当テル。意識保っテル奴が食料運搬役ダ」





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