第770話 奇妙な包囲戦
怪物どもの中には様々な特殊能力を行使できる者達がいる。
妖術もそんな特殊能力の類型のひとつだ、
。
妖術は魔術に似るが、呪文の詠唱が必要ない。
ただ念じるだけで十全に効果を発揮するのだ。
ただ多くの場合それらの能力は彼らの生存の役に立つものであったり狩りを有利にしたりするものであることが多い。
例えば姿を消した獲物の位置がわかるとか、風のように速く走れるようになるだとか、そういう類の妖術だ。
野生の生物が赤外線を感知したり周囲の環境に合わせて肌の色を変えたりするのと同様に、単にそれが魔力由来で魔術に類似した効果であるというだけなのである。
だが魔族の場合、魔導術から派生したそれらの能力は他の種族に比べより魔術的である。
例えば斥候用の、例えば戦闘用の、実践的な魔導術に似た効果を妖術として獲得している者が少なくないのだ。
例えば先刻ドルムへの包囲戦で使用されていた〈
通例このような妖術を使う種族はほとんどいない。
生存のため、或いは狩猟のためといった自然の規範の度を越えているからである。
だが魔族どもはそれらを平然と念じるだけで解き放つ。
彼らがどんなに警戒してもなお足りぬ危険な存在であると
さて、ともあれ魔族どもはなぜか遠巻きに城を囲んで攻撃魔術や妖術などを連発している。
彼らは高い魔力を誇り、大量の魔術を使ってもなお魔力には余裕がある。
仮に
もちろんドルムにはそうした備えもある。
人体の外部から魔力を補給するための魔具である。
魔族どもとの長い戦いに備えドルムにはそうした希少な魔具の備蓄も豊富なのだ。
ただ……魔力を供給する魔具は基本的にポーションなどの消耗品である。
使い続ければいずれは枯渇する。
そうならぬために食料品などと共に魔具を積んだ荷馬隊などが組まれ騎士団に護衛され定期的にドルムへと搬入されるのだけれど、現在それは魔族どもによって止められている。
つまり今城にある分を使い切ってしまえば、ドルムの防衛部隊はこの魔族どもの破壊魔術を防ぐ手立てを失ってしまうのだ。
なぜそこまでお膳立てされて、魔族どもは城攻め……いわゆる攻城戦を行わないのだろうか。
彼らの多くは羽が生えていたり、あるいは羽がなくとも自在に空を飛ぶ能力を備えており。城壁を上から急襲することだって容易いはずだ。
実際今でも羽を広げ空から城壁を越えて城の内部に破壊の魔術を打ち込まんとしている魔族どももいる。
ただそうした連中は少数だ。
これより少し前、もっと多くの魔族どもが同じような事をしていたのだが、城から飛ばされた魔術に幾体かの魔族が撃ち落され、その後はその数がぐっと減っていたのである。
空を飛べば当然標的になりやすい。
魔族どもにとっては城内を直接狙えるチャンスであると同時に、
魔術には様々なものがあり、特に魔導術は研究によって魔術を開発するというその特性上、望んだ効果を有した呪文を発見、或いは開発することができる。
……まあ口で言うだけならとても魅力的かつ強力そうに聞こえるけれど、実際のところその研究には相応の年月と莫大な費用がかかるが常であり、言うほど容易いものではない。
なけなしの生活費を全てつぎ込み生涯をかけてつまらない呪文をひとつ開発して終わり……などという悲しい結末を迎えた魔導師も少なくないのである。
だがそんなつまらない呪文も……学院に届けられ膨大な魔導書庫に保管されれば決して無駄とはならない。
他の呪文と異なる効果の異なる意味を持つ呪文であれば必ず適した使い道というものがあり、それがたとえどんな些細な効果であったとしても、次の世代の魔導師達の『選択肢』のひとつとなってくれる。
これが魔導術のもっともすぐれた点である。
そうして開発された呪文の中には魔術結界を有する怪物に有効に働くものもある。
魔術結界を無効化する…厳密には魔術結界が『反応しない』攻撃魔術なども幾つも開発されてきたのだ。
これらの魔術は対魔術結界用に多くのコストを割いているため威力が抑え気味なのが欠点なのだが、流石にドルムに配備されるような一流の術師達は己の高い魔力でそれを補っており、かつ数人で同じ魔族を狙うなどすることでその欠点を巧みに補っていた。
こうなると魔族どもには少々分が悪い。
一方の魔族どもにも治癒能力はある。
これは
この能力がある上に物理障壁持ちでもある魔族は、ゆえに簡単には倒れてくれず、たとえ瘴気の外であっても非常に厄介かつ強力な存在であると言える。
ただ……魔族のそれはあくまで非常に高速な自然治癒能力に過ぎない。
ゆえにその能力は死んでしまえば発動しない。
死亡した肉体は自然に治癒することがないからだ。
瘴気の外に出た魔族どもは実体を持ち、それゆえ殺されれば死んでしまう。
そして死んでしまえば
となれば
今空からの攻撃を画策している者は、どうやら自前で相手の攻撃魔術に対処できる者達だけのようだ。
城から飛んで来る稲妻や光の矢のうちの幾つかが、空を飛んでいる魔族どもの手前で掻き消すように消えてゆく。
魔族目がけて放たれているのは魔術結界を無視する類の攻撃魔術のはずだから、おそらく『魔術そのもの』を無効にする防御術などを使用しているのだろう。
特定の位階より下の攻撃魔術を無効にする系統の防御術だろうか。
無論それでも打ち消し切れない魔術はあって、そうした攻撃は喰らってしまうけれど、全ての魔術がフルヒットしなければその魔族は殺し切れないようで、手傷を追った彼はいったん地上に降りて他の連中を壁に傷口を高速で塞いでは再び空に舞い上がって城内を狙い打たんとしていた。
ただこれが距離が変わると話が変わって来る。
同じ位階で比較するなら、呪文の射程距離が短くなればなるほど攻撃魔術の威力やその副次効果は協力となってゆくからだ。
つまり下手に城に近づいて直接乗り込もうなどとした場合、現状と異なり強力な魔術一発での即死があり得るのだ。
傷を負うだけなら魔族は幾らでも治療できる。
だが死ぬのだけは駄目だ。
人型生物共と異なり、死ねば戦力としての頭数が明確に減ってしまうからである。
ゆえに魔族どもは近づかぬ。
ある程度の距離を保ったまま魔術による攻撃をひたすらその人類の築き上げた防衛都市に向けて解き放つ。
こうしてその包囲戦は、互いが致命傷を避けながら行っている持久戦のような様相を呈していた。
ただそうして呪文の撃ち合いをしている魔族どもの身体から、少しずつ少しずつ何かがにじみ出ている。
それは闇の如き霧。
目に見える臭気のような醜怪な澱。
彼ら自身の棲息圏を構成する、どす黒い瘴気だった。
この持久戦が長引けば、同じ場所に留まり続ける魔族どもが放つ瘴気が大地を汚す。
これだけの魔族がいれば、この近辺は遠からず……いや刻一刻と瘴気地へと変貌してゆくだろう。
そうなれば魔族どもにとってはほぼ敗北の目がなくなる。
瘴気の内であれば彼らは不死身に近い力が手に入るからだ。
仮に肉体を滅ぼされてもすぐに復活できるだろう。
このようなまどろっこしい持久戦などする必要もなく、堂々と攻城戦を挑めるようになるはずだ。
ただ……それにしても奇妙である。
なぜ彼らは、城を囲むように、城からきっかり300ウィーブル(約270m)の正確な円を描きながら、包囲網を敷いているのだろうか。
その理由を知るには、少し時間を遡る必要がある。
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