第十七章 ドルム突入行

第769話 妖術

ぼー……ぼっぼっぼっ

排気音が、響く。


小さな林の中、はあった。


銀に輝く、奇妙な馬車。

その上から布がかけられている。

雨風をしのぐためのものだろうか。


それはちょうど幌を取り去った荷馬車の上に寸胴のようなものが搭載された奇怪な構造の乗り物だった。

その寸胴の上には煙突があって、その煙突部分だけは先ほどかけられた布がずらされ開放されている。

そしてそこから白煙が最初は小さく、だが見る間にもうもうと立ち昇ってゆく。


荷馬車と呼ぶには様々な機器がむき出しに載せられ固定されており、あまり荷物を積むようなスペースはないのだけれど、それでも幾つかの大荷物がそこに置かれている。


人間族よりは低く、だが小人族よりは高い……ちょうどドワーフ族の背丈ほどの筒が幾つか。

太さは人間の頭より一回りほど小さい程度で、だいぶ巨大な筒である。

それが幾つも縦に並べられている。


馬車の前方には椅子が取り付けてあって、どうやらそこに御者が座り御する構造らしい。

椅子の前には船の舵のようなものが取り付けられており、それで馬車を操作するようだ。


そして……その椅子にどっかと座り込み、ふてぶてしい表情で林の先の光景を眺めていた人物……

緑色の肌、巨躯な肉体をした……それはオーク族であった。


そのオークはなぜか真っ黒い眼鏡……サングラスだろうか……のようなものをかけており、一見するとガラの悪い不良のように見えなくもない。

まあオークはそもそもが大概ガラが悪いのだが。


「サテ……そろそろ気づかれル頃カナ」


そのオーク……クラスクは、その乗り物の上にかけられていた布を取り去り、その奇怪な馬車……蒸気自動車の姿を露わにして、エンジンを大きく噴かした。



×        ×        ×



防衛都市ドルムは魔族によって完全に包囲されていた。

魔族どもは大きなものから小さなものまで様々な姿をしている。

だが小さいものは小さいもので、或いは大きなものは大きなもので、それぞれ同じ姿の魔族が多数存在してる。

つまりひとくくりに魔族と言っても人型生物フェインミューブのようにその内にさらに個々の種族がいるのだ。


もっとも数が多いのは小鬼インプと呼ばれる魔族どもで、小人族フィダスよりさらに小さい。

全長2フース(約60cm)ほどの赤銅色の魔族で、その姿はやせ細った猿か人間に蝙蝠のような羽を生やし蠍のような鉤尾を生やしたものだ。


彼らは魔族の中でも低級の強さであり、魔族どもにとっては使いっ走りの伝令役や、或いは魔族から叡智を得ようと画策する魔導師の使い魔などとして供出される程度の存在である。


だがそんな彼らでも空を飛び、闇を自在に見通し、炎への強い抵抗や毒への完全耐性を有し、傷の自動修復、弱めの物理障壁、尾には猛毒を備え、さらには不潔な小動物へ姿を変えたり己の姿を消す妖術まで心得ている厄介者だ。

物理障壁が〈祝福ットード〉が付与されたり銀製の武器程度であれば簡単に貫通できる上に仮に障壁を貫けなくとも力いっぱいぶん殴ればそれなりにダメージが通る程度の弱めなものであるため魔族としては比較的対処しやすい方だし、魔族の中でも瘴気の中で実体を有する数少ない種であるため各国の城勤めの兵士程度であればなんとか相手ができる連中だけれど、それでも通常の軍の一般兵であれば三人から五人がかりで挑んで幾人生き残れるか、といったレベルでは苦戦する。


しかも彼らは魔族にとって最低限の雑兵でしかない。

人型生物フェインミューブたちはひとくくりに魔族と呼んでいるけれど、他の魔族どもにとって小鬼インプどもは訓練された獣程度の扱いでしかないのだ。

まあ小鬼インプども自体は並の人型生物フェインミューブ程度の知性を有しており、常に他者を蹴落とし成り上がろうと画策しているところは獣どもとは異なるけれど、魔族にとっては人型生物フェインミューブ『程度』の知性では低すぎて話にならないため、結局扱いとしては変わらないのである。


そして当然ながらそれ以外のも魔族どもはたくさんいる。


全身を黒光りする鎧に覆われた巨人のような大きさの魔族がいる。

体中に包帯のようなものを巻きつけた魔族がいる。

全身に棘を生やした魔族がいる。

人型の、恐ろしい程の美しさを備えた魔族がいる。

巨大な尻尾を生やした骸骨のような魔族がいる。


彼らは皆魔族どもの兵士であると同時に住人であり、高い知性と物理障壁や魔術結界を備えた危険極まりない化物どもだ。


そして……彼らの間に、妙に色の黒い、奇妙な連中がいた。

魔族ではない、だが明らかに危険な空気を纏った連中が、魔族どもの間に紛れている。



そんな連中が、幾重にも、にドルムの城を包囲している。



だがそれは少し奇妙な構図ではなかろうか。

彼らは周囲の衛星村を次々に襲い、農民たちを大量に城へと押し込んだ。

ドルムにはひと月近く前から食料が搬入されておらず、矢のような最速をするも『急ぎ送った。すぐに着くはずだ』との返事があるのみで梨の礫のまま…まあこれは通信士が魔族の罠によって魅了されありもしない情報を信じ込まされているので当然なのだが…であり、たちまち城内の食料は枯渇した。


確かにそれだけ考えれば城を包囲し内側の連中が弱まるのを待てばいい。

遠巻きに囲み疲弊を待つのは決してない策ではない。


だが人型生物フェインミューブは、群れる。

集団で襲い掛かって来る。

普段はいがみ合い争い合っている分際で、こと対魔族となると一致団結して襲撃してくる。


確かに魔族たちは自分達で編み出した新たな魔術によって結界を構築し、人型生物フェインミューブどもが行う魔術通信に割り込んでその情報を傍受し、通信士たちの心を精神性の罠に落とし込んだ。

彼ら通信士どもは喜んで機密情報を話し、こちらのありもしない(だが実にもっともらしい)偽の情報を信じ込んでいる。


だが罠はいつか見破られる。

どこかに抜け道があるやもしれない。

人型生物フェインミューブどもが信じる神々が介入し、こちらの計画を信者に漏らす危険もゼロではない。

そうなれば五十年前のように人型生物フェインミューブどもの連合軍が押し寄せて、今回の命を失う危険まで冒した計画が頓挫しかねない。


……と、そこまで考えるなら、弱り切る前に、今の時点でも既に十分に弱っているはずのドルムを攻め滅ぼすべく攻城戦を仕掛けるべきではないのだろうか。

なぜ彼らは遠巻きに囲んでいるのみなのだろう。


いや、厳密には囲んでいるだけではない。

彼らはドルムの砦目掛けて大量の攻撃魔術を浴びせかけている。


それは炎が爆発する〈火炎球カップ・イクォッド〉であったり、指先から稲妻を放つ〈電撃ルケップ・フヴォヴルゴーク)〉であったり、あるいは吹雪を呼び寄せる〈凍嵐ウクァーサイソ〉であったりした。


もちろん城内には多くの魔導師や聖職者がおり、対抗呪文や防御呪文などでそれを防いでいる。

けれど防ぎきれずその幾つかが城壁に直撃し、その一部を崩落させていた。


魔族どもは高い知性を有し、中には魔導術を修得する者もいる。

魔導術とはこの世界の法則性そのものの発見と利用であり、高い知性でそれを解き明かせばたとえ誰であろうと利用できる。

そう、魔族でもだ。


神を信仰しなければならぬ神聖魔術や精霊と心を通わせねば扱えぬ精霊魔術と異なり、のである。

それゆえ魔族どもとは相性がいいのである。


そして魔導術の研鑽を続けた彼らの仲には……やがて魔導術そのものを自身の特性として身に着ける者達も現れた。






これが魔族どもが操る『妖術』である。








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